刻の流狼第三部 刻の流狼編
勿論、彼等の後ろには未だ見張りの兵が存在し、その為にソルティー達は一度王都とは逆の進路を選んだ。そこで何故か突然の霧が追跡者の視界を奪い、彼等は為す術もなくソルティー達を見失ってしまう出来事があった。
「赤竜って火系が得意だったよね、それなのにハーパーって水系使うの多いよね? それって珍しくない?」
「何事も日々の鍛錬の賜物である。我等とて苦手は在る、しかし故に修練するのであろう」
「うへ、ご高説耳が痛いよ」
「ああそう言えば、私が子供の頃に虹が見たいと我が儘を言って、ハーパーを困らせた事があったな。その時は無理だったが、その後に綺麗な虹を見せてくれた。もしかしてあれが水系を覚えるきっかけだったのか? だったらすまない」
「う…うむ。まあ良いではないか、あれは良ききっかけであった」
「へぇ〜〜ハーパーでも出来ない事あったんだな」
「如何に我等であろうと――」
「そりゃあね。あの時も、『雨さえ降らせられれば良いのだ』って雨乞いの踊りで雨を呼ぼうとしたくらいだから」
「あっ主っ?!」
「ハーパーが踊りっ?!」
「俺それ見てえーーーーーーー!! なあハーパー見せてなあなあなあ、俺すっげぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜見たい!!」
「僕も見たい見たい、クククク」
「うぬぬぬ……、主が余計な事を仰らねば……」
「ハハハ、良いじゃないか、素晴らしい踊りだったよ。雨は降らなかったけど」
「主!! う〜〜〜〜ぬ〜〜〜〜〜〜〜」
「見せて見せて見せ――あっ、どこ行くんだよハーパー!!」
「逃げ出すとは、余程恥ずかしい踊りだったんだねぇ〜〜。しかし逃げて戻ってくる方が、よっぽど恥ずかしいのに」
「良い踊りだって褒めたのに」
「………………あんたら、やる気あんの?」
「竜族の踊り見たい」
「ちょっとベリザッ、あんたまで此奴らに感化されるのは止めてよっ!!」
「ハーパー戻ってきて踊れーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
こんな長閑な様子で始まった旅の翌日には、途中の農家で荷車とパパドゥと言う運搬用の家畜を買い取り、ベリザとミシャールをそれに乗せた。
旅の間ずっとミシャールは顔の筋肉を酷使し、嘗て出した事の無い汗を出しながら引きつった微笑みを見せ、ソルティーと須臾が笑いを堪えるのに必死にさせられていた事も、雰囲気を軽くさせる要因になっていただろう。
街を出てから九日目に経由した二つ目の小さな村が、ベリザの最終地点となったのは、村に医術師が居たからだ。
「都に住んでいる祖父の大病の知らせを受け、急いで旅をしてきたのですが、旅慣れない私を庇って従者が怪我をしてしまいました。なんとか此処までやってきましたが、これ以上この者に無理をさせては、たとえ祖父の死に目に会えたとしても……きっと私は後悔いたします。無理を承知で貴方様方にお縋りするしか、私には術が在りません。どうかお願いです、この者の体が良くなるまで、このお宅で御世話戴けないでしょうか」
宿ではなく人の良さそうな農家の夫婦に、予め示し合わせていた嘘をミシャールが迫真の演技で頼み込み、僅かばかりと大金を掴ませ、快く引き受けさせた。
老夫婦の手を握り締め、涙まで浮かべたミシャール。離れて様子を伺っていた須臾は腹を抱えて笑おうとし、ソルティーが彼の臑を思いっきり蹴飛ばして止めさせた。
「ではベ……ウィット、この方達の言う事を良く聞き、迷惑を掛けないようにするのですよ。私は先に御爺様の元へ行き、貴方が来るのを待ってます。それでは、何分急ぎの身ですので、私はこれで失礼させて戴きますが、どうかウィットの事を宜しくお願いいたします」
「へぇ、お嬢さんも呉々も怪我をしないように」
「お爺様の病気が治る事を祈ってますよ」
「あ…ありがとうございます。このご恩は生涯忘れません!!」
最後に一泣きして、ミシャールは何かを断ち切る様にその場から逃げた。
「凄いじゃん、あれだったら盗賊止めても食べていけるって」
走って自分達の所に戻ってきた彼女に須臾が感心して声を上げ、その言葉に彼女の方は、止める筈だった脚を跳び蹴りに変えて須臾に突進した。
「ふざけんなっ! このあたしにこんな事させて、ただで済むと思うなよっ!!」
蹴られた股間を押さえて悶絶する須臾は、もう既にただで済まされていない。
仁王立ちで腕を組んだミシャールと、男の苦しみを盛大に表現する須臾とを交互に見比べ、ソルティーと恒河沙は想像できる痛みに目を閉じた。
パパドゥの引く荷車にベリザの代わりに乗ったのは、村で新たに購入した恒河沙の食料である。
パパドゥの背に清楚な座り方をさせられ、怒りをそこら中に振りまくミシャールに誰も近づけない結果だ。
ベリザが居なくなった状態で、彼女の辛抱も底をついたのだろう。
それに徐々に近付いてくるガバウィへの警戒心が、彼女の苛立ちを増大させる原因でもあった。
王都まで残り十日を切る頃には、街道の様子も様変わりを始め、恒河沙の嫌う石畳が立ち寄る街を覆いだす。
この頃には、国の状況はわざわざ聞き出さなくともソルティー達の耳に入り始め、それがあまり良い話ではない事にソルティーは表情を曇らせた。
レス・フィラムスによるツァラトストゥラ神以外の宗教への弾圧。
アジストラへの侵攻もその一環だと言われていたが、その内容を国民の殆どは知らないだろう。
今滞在している街を出ると次が王都と言う所になって、漸くソルティーはミシャールから詳しい話を聞き出す事にしたのは、ハーパーも泊まれる部屋がやっと見つかったからだ。
「どうしてレス・フィラムスは君の兄さんを利用したがった? いや、それは多分彼の力だとは思うが、話せる所までで構わないから、もう少し詳しく話してくれないか?」
部屋に用意して貰った食事を囲みながらのソルティーの言葉に、ミシャールは間を取ってから口を開いた。
「狙われ出したのは二年前。もっとも盗人だからね、もっと前から賞金が掛けられてるし、あたし達がオレアディスの信仰者だから、他の盗賊連中よりも扱いが酷いのは当たり前」
溜息を吐き出しながら呟く彼女に須臾が一瞬だけ緊張した顔になった。
「あたし達は元々はこの国の生まれだった。兄さんは迫害をずっと受け続けて、だから国を捨てて、生きていく為に盗賊になった」
「………」
「最初はただ生きていく為だったけど、途中からこの国のやり方が嫌になって、レス・フィラムスだけじゃなく、ツァラトストゥラ関係の教団を中心に盗みをした。ツァラトストゥラ信仰の他宗教弾圧は、今に始まった事じゃない。ずっと前からどの神殿でも行われていた事」
いくら国家的な信仰があったとしても、民衆にはそれぞれの生業に関係する神が存在する。精霊の持つ理の力に大きく影響を受ける者達には、他の神であっても決して疎かには出来ず、大半の国はそれを認めていた。
だがジギトールでは違う。しかもそれは宗教上の代理戦争ではなく、他の神殿が蓄えた財を奪う事が目的で行われていた。
「この国でオレアディス様を崇めるなんて、自分で死刑宣告するようなものだよ。だから、彼奴等が汚い手で奪った物を、あたし達は奪い返しているだけだ」
「それには聖聚理教は関係なかったと思うが?」
作品名:刻の流狼第三部 刻の流狼編 作家名:へぐい