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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 ディゾウヌが語ったように、人と人の繋がりの中に存在する。過去との繋がりでさえも、ニーニアニーがしっかりと繋いでいてくれた。
 また過去のように保身の為に踏み止まれば、確実にベリザとミシャールの背中を見てしまう。そして増えるのは後悔だけだ。
 絶対の力に抗えなかった、抗おうとしなかった過去の自分と対峙する為に、今を全力を尽くして抗おうとする彼等に力を貸す。
 それが今生きている事の証だと感じ、今のソルティーにはそれを受け入れるだけの強さがあった。





「詳しい話は道々でも良いだろうが、一つだけ先に聞きたい事がある。君の兄さんが何処に居るかだ」
 部屋に須臾と恒河沙が揃ってから行われた話は、ソルティーのこの質問だけに留まった。
 それは、ミシャールがこの後口にした言葉が非常に重要で、危険な言葉だったからだ。
「神殿、レス・フィラムス教団の本殿だよ」
 ミシャールが忌々しげに吐き捨てた言葉に、ベリザは慎重に頷く。
 須臾と恒河沙は聞き覚えのない名前に顔を見合わせ、ソルティーはその新興宗教の名前に表情を曇らせた。
 街で買い物をしている時に度々目にした、国の紋章とは違う旗印。
 大凡宗教団体には似つかわしくない、天秤を喰らう炎の番犬が描かれたそれには、確かにミシャールの口にした名前が縫い込まれていた。
 質問をしたものの黙り込んでしまったソルティーの代わりに、その後は須臾が引き継いだ。
「ああ、そのレスなんとか教団って何? それに神殿なんかどこも同じでしょ、どうして其処だって判るわけ? 何か証拠でも有るの?」
「見ての通り、持ち帰った証拠なんか無いよ。でも、あたし達は今まで何度かあの神殿に忍び込んでる。一度でも見聞きした事を、あたし達は忘れない。彼処は絶対にレス・フィラムスの神殿だ」
「はあ、で、其処は何処に在って、何者の集まりな訳? んーー宗教者の集まりって答えは無しね、教えがヤバいかヤバくないかが重要」
「ツァラトストゥラ神を奉っている頭のいかれた奴等の集まりで、戦が大好きなおヤバい連中。まあ今はこの国全体がそうだけど。本殿はガバウィ、この国の王都だ」
 ミシャールの話を聞きながら広げた地図に須臾は目を降ろし、現在地とガバウィとの距離を確認し、指先で額を掻いた。
「一寸、此処からガバウィまでどう進んでも一月以上はかかるよ。……その、こう言ったら可哀想だけど、そんなに長く盗賊を生かしておくとは僕は思えない。それにどこか別の場所に移されている可能性とかもあるでしょう?」
 正直な憶測を言う須臾にミシャールは瞬間だが顔を強張らせたが、直ぐにいつもの強気の顔に戻り、
「兄さんを彼奴等は戦に利用したいんだ。だからわざわざあたし達を捕まえて、兄さんを誘き寄せた。兄さんは馬鹿じゃない、あたし達が助けに行くまでに殺される様なへまは絶対にしないし、そうなったら兄さんを言う事聞かす為に、あたし達を人質にする必要がある。だから殺されてもいなければ、場所も移していない」
 真っ向から言い返す言葉の裏の、自分に言い聞かせている感がヒシヒシと伝わってくる。
 自分がそう信じなくては駄目なのだと言う彼女の気迫が伝わり、須臾もこれ以上何かを言うつもりは無くなった。
 そして此処まで須臾が話しを進めた後を、またソルティーが引き継いだ。
「それでは今日中にこの街を離れる事にするが、その前に須臾」
「何?」
「彼女を連れて、彼女の服を買ってきてくれ、それとベリザの服も。出来るだけ二人の印象を変える様な服だ」
「了解。出来るだけ可愛いのだね」
 どこに隠し持っていたのか、ミシャールに投げられた石を須臾は軽々と受け取り、嬉しそうに彼女に笑い掛ける。
「なんだよそれ! どうしてあたしが」
 可愛い服と言うのが気に障って怒り出す彼女の腕を、須臾は嬉々とした表情で掴むと、「変装だよ変装」と言いくるめて部屋から引きずり出した。それなりに前回の攻防でコツを掴んだらしい。
 その様子をじっと見つめるベリザは何も言わなかったが、両手で力一杯シーツを握り締めて、そんな彼にソルティーは恒河沙を連れて近寄った。
「問題は君の体だが、恒河沙は動かせると思うか?」
 ベリザに確認しないのは、彼が必ず無理をすると思っているからだ。
 恒河沙はベリザの背中に回り、彼の体に巻き付けた包帯を外した。
 傷の全てを薄皮が綺麗に覆っていたが、内側の筋肉を押さえ切れていないのは、その盛り上がり方で判る。そうした状態を恒河沙は丹念に調べてから、ハッキリと首を横に振った。
「自分で歩くのはまだ駄目。無理すると折角張った皮が破れるし、そしたら治りが遅くなるし、痕ももっと汚くなる。それに折れた足も添え木当ててるけど、この足で歩いてばっきーーんってなったら骨がグチャグチャになる」
「ばっきん……ね。――そうか、しかしもう少し安全な場所に移したい。多少無理をしてでも運んだ方が良いだろう」
「俺、大丈夫。歩ける」
「そう言う奴が一番大丈夫じゃない。なあ恒河沙?」
「うん!」
「私とハーパーの背中では居心地は悪いかも知れないが、もう少し小さな村まではそうさせて貰う。その頃にはなんとか呪法が出来る体にはなるだろう」
「?!」
 突然一人で驚いている恒河沙を余所に、ソルティーは簡単にこれからの手順をベリザに言い聞かせていった。
 その間ずっと、恒河沙はベリザを睨み付けて、ベリザは訳の判らない視線に内心戸惑い続けた。
――俺だって一回しかおぶって貰った事無いのにぃ!!
 そんな言葉が恒河沙の胸に渦巻いていたのは言うまでもなく、その後須臾が戻ってくるまで必死の形相でソルティーにへばりついていたのだった。


 須臾がミシャールに見立てた服は、お嬢様風の旅装束になった。
 ゆったりとした風で直ぐに捲れ上がる様な仕立ての良いスカートや、鍔広の帽子に、ミシャールは心底疲れ切った表情を浮かべていた。
 ベリザの服はそのお嬢様に付き従う従者と言った所か。
 そう言う服を何着か購入してきた須臾を、彼に行かせて良かったとソルティーは胸を撫で下ろした。
 ある意味、これ以上彼女の印象を変える服は無いだろう。
 それ程、似合っていなかった。
「旅先で怪我をした従者を気遣うお嬢様ってね。差詰め僕達は、たまたま宿で二人と知り合って、可哀想だからと彼等を家に送り届ける心優しい旅人って所かな」
「すっげぇ陳腐! へぼ演出!!」
 自分に酔いしれる須臾に吐き捨て、気持ちの悪いスカートのひらひらを捲り上げて足を高く組んでベッドに腰掛ける。
「そんな格好お嬢様しないよ。それに始終微笑んでいないと怪しまれるよ? もしかしたら手配書が回ってるかも知れないんだから、優しくお淑やかにしとかないと、変装にならないじゃないか」
「そんなの出来る訳無いだろ! 産まれてこの方ずっとあたしはこうなんだ。金持ちになった事も、なりたいとも思ったとこなんか無い! 出来るか馬鹿野郎!」
 今にも着ている服を破りそうな彼女を抑え込み、溜息混じりに宿を後にしたのは昼を少し過ぎた辺りだった。
 初めて眼前で見上げる竜族の大きさに、目を大きくする二人を落ち着かせ、ベリザをソルティーが背負っての旅が始まった。