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　そんなソルティーの行動にミシャールは気が付かないまま、ベリザに真っ赤な顔を向けて約束の破棄を言い、ベリザは平然と退けた。
「兄さんも兄さんだ！　可愛い妹をなんだと思ってんだ？！」
「可愛い、だから俺欲しい。だから俺ずっと努力した。俺じゃ駄目か」
「あ……あた…あたしはっ、兄さん以外の男なんて……」
　真っ直ぐに自分を見つめてくるベリザにミシャールはしどろもどろになり、今度は怒りからではなく恥ずかしさに頬を染めた。
　顔や言葉に感情が無い分だけ、ベリザの灰色の瞳は彼女に対する気持ちで溢れ、気持ちを伝える事だけに輝いていた。
「俺、ミシャールの為なら、なんでもする。死んでも良い。ミシャールは俺嫌いか」
「……そんな聞き方、卑怯だ」
　ベリザから視線を逸らし唇を噛み締める。
　彼女には似合わない思い詰めた表情から、酷く彼の言葉に動揺し、悩んでいる事も読みとれる。それだけベリザの言葉は重い一言だった。
「あたしはベリザの事好きだよ。でもそれは仲間としてだ。ずっと一緒に居た兄弟としてしか考えてない。なのにどうしてこんな時に言うんだよ。兄さんが大変な時に……」
「こんな時だから、シャリノ居るとミシャール俺見ない。俺一度もミシャールを兄弟として見ていない。俺を男として見て欲しい」
「……いつもはなんにも喋らないくせに……」
「今シャリノ居ない。シャリノ、ミシャールくれると約束したのに、仕事以外で近付くと怒る。今なら邪魔されない」
　もう一度ベリザはミシャールに手を伸ばし、今度は手を握り締めた。
「シャリノと比べられるのは構わない、それは仕方ない。でも他の男とミシャールが一緒になるのは、俺、許せない。質問変える、シャリノ以外、俺より好きな奴居るか」
　子供の頃からの事を今になって語ると言う事は、それだけ妹を見張る兄の用心深さは、ベリザにとっては酷い物だったのだろう。
　もしかするとこれが最初で最後かも知れない機会を、みすみす逃す事は出来ない。そんな真剣さで躊躇う彼女に答えを求め、自分を視界に入れない為に閉じてしまった瞳を見つめた。
　その見えなくても感じる視線を受けながら、ミシャールは振り解けない熱いベリザの手を感じていた。彼女にとって一番は兄であり兄が総て。
　なのに手が振り解けない。
「卑怯者……ベリザの卑怯者…」
「ミシャール」
「………判った。お兄ちゃんを助けて、お兄ちゃんがほんとにあたしをあんたにやったって言ったら、それであんたの事認めたら、考えてやる」
　ミシャールは握られた手を握り返し、ふてくされた風にベリザを睨み付け、聞こえるか聞こえないか程度の小さな呟きでそう言った。
「でも、考えるだけだからな！　ほんとに本当に、考えるだけだし、お兄ちゃんが駄目だって言ったら、その時は絶対に駄目だからな！」
「それでいい。絶対大丈夫だから」
　もし彼に表情があるなら、誰もが赤面する程の笑顔を彼は浮かべただろう。実際には、彼の顔はずっと変化を見せなかったが、それでもしっかりと握り締めた手はミシャールを離さない。
「じゃ、じゃあ、さっさとお兄ちゃん助け出さないと。あ〜あ事も有ろうに世界に名だたる盗賊団ランスが、他人の力を頼らなくてはならないとは焼きが回ったよ」
　態と大袈裟に肩を落として溜息混じりにミシャールは言い、口元にうっすらと笑みを見せた。
「でも言って置くけど、あたしが彼奴等を案内するけど、あんたは留守番だからね！」
　その言葉にベリザの瞳に怒気が宿るがミシャールは彼の手を振り払い、びしっと人差し指を彼の眼前に突き付けた。
「怪我人の足手まといは御免だ。あんたの回復まで待つ気は、これっぽっちも無い。あんたはあたしが兄さんを連れ戻すまで、彼奴等の面倒を見て貰わないと駄目なんだ。それともあたしに逆らうつもり？　だったらあんたの格付け下げるよ」
　ミシャールは早口で一気に捲し立て、最後の一言だけはゆっくりと強調してベリザに突き付けた。
　一応ベリザを気遣っての言葉だったが、強気に言わなければ彼に退けられる恐れがある。口にした言葉は事実だが、その裏には隠そうとしている照れもあった。
「ベリザ、返事は？」
「判った」
　非常に納得しかねると言いたげな瞳に、ミシャールは満足そうに頷いた。
　彼女がベリザに抱いている感情は、男と女の感情ではない。血を分けた兄弟としての絆も無いが、過ごしてきた時間が兄妹としての絆を育ててきた。
　その絆が強ければ強いほど、そう簡単に気持ちは変えられないだろう。
　それでも、共に居ても良いと思える。
　これから先の人生を、一緒にしても必ず後悔は無いと思う。
　だからそれは、愛よりももっと確かな、変わらない最高の感情だと信じた。



　ミシャール達の話から退避していたソルティーが向かった先は、宿の裏でひたすら暇つぶしの瞑想をしていたハーパーの所だった。
　彼に今まで決まった事を説明し終え、そろそろかと感じてまた部屋に戻った。
　そんなソルティーに、ミシャールが開口一番に切り出したのは、「力を貸して貰うよ」だった。
　頭を下げるわけでも、感謝しての言葉でも無かったが、彼女なりの譲歩とも思える言葉にソルティーは何も言わず頷いた。
　先程裏でハーパーに事情を話したが、特には反対も賛同もせず、「主がそう決めたのなら従うだけだ」と言われている。

　間違いなくハーパーの本心を探れば、どの様な理由であっても盗賊に手を貸す事は反対しているはずだ。
　竜族の本来あるべき生き方を考えるなら、決して許される行為ではない。
　しかしそんな本質をねじ曲げても、ハーパーはソルティーに従い、これまでに何度となく主の為に自分の信念を捨ててきた。
　どれ程感謝を重ねても、決して追い付く事が出来ない彼の気持ちが重い。
　自分さえ居なければと何度も考えた。
　彼の思い描く道と自分の辿る道は違いすぎ、期待に添えなかった自分が許せない。
　今でも思うのは、本当に過去の自分は総てに全力を尽くしたのか、後悔の無い様な人生を歩もうとしたのかだ。
　だからソルティーはベリザの言葉を拒否できなかった。――いや、もしかすると彼等が助けを求めなくとも、ソルティーは自ら助けの手を差し出していたかも知れない。そう感じさせる迷いのない言葉だからこそ、ハーパーは何も言わなかったのだろう。

　仲間を助ける為。何かを成し遂げる為には、死すらも恐れずに進んでいく。
　そんな姿をソルティーはこれまでに何度も目にしてきた。目にしながらも脳裏に浮かぶのは、しっかりと足を踏み出していく後ろ姿だけだ。

　相手の気持ちを尊重すると言う大義名分で、端雅梛と苑爲を戦地へと帰してしまった。
　相手の気持ちを受け入れる事を恐れるが故に、ミルナリスを非道な場所へ行かせてしまった。

　その時は決して間違っていないと信じていた事が、結局は自分を守る為だけに行われていたと感じる。
　勿論今でも端雅梛達が生きていると信じている。しかしあの時止めていれば、確実に彼等は新しい何かを見つけ出せたはずだろう。ミルナリスの事にしても、結果はどうであれ、彼女を殺したのは自分だと判っている。
　ソルティー・グルーナは、今此処に存在するのだ。