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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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――多分、ハーパーとは違った意味で、大きく私の中を占めているのは事実かも知れない。
 確信的な気持ちもあった。
 だがどちらにしてもどうにもならない事であり、腕から離れそうもない感触に重さを感じながら、三階へ到着する前に一度だけ溜息を漏らした。



 ソルティーの予想通り、男は深夜に傷から来る高熱を出した。
 何度も水を入れ換えながらの看病は朝まで続き、結局誰も寝る事は出来なかった。
「氷まだ要りそう? これで最後だけど」
 明るくなった部屋で全身に滲み出た男の汗を抜き取るソルティーに、手にした水の封呪石を須臾が見せる。
「ああ、用意してくれ。それが終わったら、もう店も開けだしているかも知れないから、足りなくなった物を買ってきてくれないか。封呪石と包帯は出来るだけ多目に」
「了解」
「なあ、俺も行ってきて良い?」
「ああ良いよ。こっちは一人で大丈夫だから、序でに朝食も買っておいで」
 そう言ってソルティーは財布と宝玉一個を恒河沙に渡し、また男の背中に乗せていた布に手を掛けた。
 爛れて熱を発する男の背中を、冷やした水で濡らした布で慎重に拭い、その凄惨さに眉を顰める。
――体力が保ってくれれば良いが……。
 こうまで酷くなると男の生命力に期待するしかなく、だが熱によっても体力は確実に奪われ続け、次第に息遣いが精彩を欠いてきている様にも聞こえた。
「……う…ぅ」
 背後の小さな声にソルティーが振り返ると、女が頭を振りながら起きようとしているのが見えた。
「気が付いたのか」
「…だ…れよ…あんた」
「まだ起きない方が良い。昨夜治癒呪法を施して居るんだ、体力が戻るまでまだ時間が掛かる」
 無理に起きようとする女の肩を抑え、もう一度ベッドに横になる様に奨めたが、その手は振り払われた。
「さわんないで…あ、あんた……」
 男と違って女の方はまさしく手負いの獣の如く拒絶を露わにしたが、直ぐに見覚えのある顔に隠せない驚きを示した。
「一応覚えていてくれたようだな。しかし今は喧嘩をしている場合じゃない。君の連れが大変な怪我を負っていて、その手当をして居るんだ。だから暫く大人しく寝ていてくれないか?」
「怪我……ベリザッ!!」
 床に横たわっている男を目にした途端、女は完全に目が覚めたらしく、ソルティーを押しのけて男に近寄ろうとし、ソルティーがそれを止めた。
「君はまだ動ける状態じゃないんだ。彼の事は心配しなくても良い、今は自分の体の事を心配しろ」
「うるさいっ! そんな話信じられるかっ!」
 力の入っていない腕を振り上げて暴れる女を、ソルティーは片手でベッドに沈めた。
「信じようが信じまいが、私達が君達の治療に一晩費やしたのは事実だ! 君を説得する時間が有れば、彼の治療に専念したいんだ。余計な手間を掛けさせないでくれ」
「………」
 自分を押さえ付けるソルティーを悔しそうに女は睨み付けたが、起き上がろうとする力を抜き、ソルティーはそれを了承と受け取った。
 全身で警戒を発する女から離れ、ソルティーはまた男、ベリザの元へ戻った。

 桶に張った氷を砕き、適当な大きさの氷を布で包みベリザの腋に置き終わる頃、須臾達が両手に袋を抱えて部屋に戻ってきた。
「ただいまっと。で、どう?」
 須臾はソルティーに買ってきたばかりの包帯を差し出し、期待していない答えを求めた。
「彼女の方は目が覚めたよ」
「えっ、そう」
 言葉にするよりも先に須臾の顔が嬉々としたものへ変わり、袋を床に置くと女の方へと向かった。
「君大丈夫? 何処か痛む所とか無い?」
「………」
「あ…そう、無いの。でも痛む様だったら、僕に言ってね」
 特に“僕に”を強調して須臾は微笑みを保ったまま、疑いの眼差しを向ける女の前を去った。
 どう見ても少しでも手を伸ばせば噛み千切るくらいはしそうな女に、これ以上何を言っても無駄だろう。
 自分も相手も傷付かず、が須臾の主義なのである。
 そんな女性第一の須臾を余所に、ソルティーは買い揃えられた物を袋から取り出し床に並べていき、恒河沙はその横に腰を降ろして自分の持っていた袋から、ソルティーの頼んでいない物を次々と取り出し自分の前に並べていった。
「それは、なんだ?」
 恒河沙が取り出したのは両手大の擂り鉢と、連木。そして見た事のない草や枝の束だ。
 恒河沙が食べ物以外を買ってきたのは驚くべき事で、ソルティーは興味深げに首を傾げた。
「ええっと、これが化膿を止める奴で、こっちが火傷に効く奴。それと熱を下げるのがこれで、あと促進作用のあるのがこれ」
 どう見てもただの枝にしか見えない物まで説明し、恒河沙はなんの躊躇もなく擂り鉢の中に放り込んでいく。
「大丈夫なのか?」
 どうやら薬を作ろうとしているらしい。
 須臾の入れ知恵か、それとも恒河沙なりに怪我人の事を思いやったのかして、こうして薬草などを買ってきたのだろう。
 しかし作ろうとしているのが恒河沙というのが、不安を誘発させる。
「うん、大丈夫」
「ああ、ソルティー、大丈夫だよこいつ一応煎薬師の資格持ってるから」
 疑問を抱えるソルティーに自信たっぷりに答えたのは、後ろで様子を見守っている須臾だった。
「煎薬師……? 恒河沙が?」
 思わず目を見開いて、手つきの良い姿を見てしまった。
 煎薬師とは薬草の調合師の事で、医術師の居ない田舎では医師の代わりに治療を施し、今の様な呪法の出来ない者を治療する。
 確かに他の事は兎も角として、これまでの旅の中で恒河沙は手当の手際が良かった。もっとも手当を受けるのも彼自身なのが多かったが。
 人は見掛けによらないとはこの事だと、失礼な事を考えている間に恒河沙の作業は手順良く進められていく。
 粉末状にまで砕かれた薬草の状態を確かめると、その中にどろっとした液を少しだけ入れて、更に入念に掻き混ぜる。
「ん、出ぇ来た。塗っていい?」
「え……あ……」
 差し出された鉢の中身を見てソルティーは戸惑った。
 どう見ても人に害を与えそうな腐った木の汁の様な色した、しかもかなり強烈な臭いのする液体を前にして、「はいどうぞ」とはとても言えない。
 しかし恒河沙の方は余程の自信があるのか、その得体の知れない鉢の中身をさっさとベリザの背中にぶちまけた。
「どぼーん」
「………」
「そう心配しないでも、これだけは大丈夫だから。こいつの唯一役に立つ取り柄なんだからさ」
 須臾の目には可哀想なほどに不安と恐怖を感じているソルティーの背中が見え、そんな彼のソルティーの肩にのし掛かると、あまり説得している感じではない言葉で語りかけた。
「冗談だと思うなら、今度道端の植物の名前でも聞いてみたらいいよ。紫翠にもある物なら、こいつ全部言えるから。効能まで」
「それは凄いな……」
「うん、それは僕も思う。だけどきっとその所為で、こいつの他に記憶できる容量が小さくなってるんじゃないかって考えると、ちょっとした悩みになるね」
「ハハハ、確かにそれは……いや、何でもない」
 そうこうしている間に恒河沙は包帯の切れ端でぶちまけた物を延ばし、ベリザの背中全体にそれを塗り込んでいった。
「あとは包帯当てて終わり」
「……本当に効くんだな?」
「うん」