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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「直ぐに治したいのはやまやまだが、この傷を一度に治せば君の体力が保たない。判ってくれるな?」
 ソルティーの言葉に男は頷いて答えにした。
「女の子の方も大丈夫だからね、安心して」
 途中から男の治療に参加した須臾が男の顔を覗き込みながら言うと、男は微かに安堵した様子を浮かべた。
「それはそうと、あんた達一体誰? どうして……」
「須臾、理由は後で良い。この状態で余計な体力を使わせるな」
「はーいはい」
「君も、私達を直ぐに信頼出来ないかも知れないが、少なくとも敵じゃない。だから少しでも眠れるなら眠った方が良い。殆ど体力を失っているのだから」
 真っ直ぐに男はソルティーを見つめ、何かを考えた後ゆっくりと頷き、そして目を閉じる。その様子にソルティーと須臾は隠していた緊張を解き、顔を見合わせて微かに笑みを浮かべた。
「さてこれからどうするの?」
 須臾が床に広げていた治療道具や、血で染まった布の切れ端等を拾い集めるソルティーを手伝いながら部屋の様子に目をやる。
 二つあるベッドは女が使って、もう一つは使える布を全部剥がしている。
「交代で見張るしかないだろ。彼女の方は兎も角として、彼はこれから熱が出る筈だ。誰か一人が看てあげるしかない」
「はぁぁぁ〜〜〜、やっぱりぃ〜〜。女の子の看病なら嬉しいけど、男の寝顔なんて見たくないよ」
「その意見には同意するが、ここまで面倒を見て今更放り出すなんて出来ないだろ。それに彼女が何時目を覚ますか判らないんだ、我慢して看病してくれ」
「はぁぁぁい、判りましたぁぁ」
 露骨に嫌そうな顔をする須臾の肩を叩き、使い物にならない物を纏めて部屋の隅に置く。
 それからソルティーは水桶を持って外へと向かい、後ろからは恒河沙が追い掛けてきて、自然に隣を歩いて階段を降りる。
「お前は私の部屋で寝てて良いよ。後は私と須臾がするから」
 深夜も過ぎ治療の途中から口数もかなり減っている様子を見れば、かなり眠くなっているのだろう。しかも野宿続きでやっとと言う時にこれでは、流石の恒河沙でも疲労が浮かんでも仕方ない。
 しかし恒河沙は眠そうな顔のまま首を振った。
「いい、どうせ寝れないから。それよりさあ、ソルティー凄いな。なんでも出来ちゃうんだな」
「まさか。昔一通りの事は教えられていたから、それでなんとか出来たとは思っているが。しかし、彼処まで酷い傷を手当したのは、実は初めてだ」
「俺も初めて見た、あんな酷いの。誰がしたんだろ? 酷い奴が居るよなぁ」
 普通の者なら目を背けたくなる酷い拷問の爪痕に、沸き上がってくる憤りが恒河沙の肩を震わす。
――盗みを失敗して捕まったのか。
 ソルティーは忘れかけていた彼等の生業を思いだし、話を聞き出す前にそれなりの答えを用意しようとした。しかしそうは考えても、彼等がどうして此処に、自分達の前に姿を現したのかが理解できない。

 一階に降りて宿の裏に設置されている井戸へ裏口から向かうと、其処にはハーパーが待っていた。
「何が有ったのだ? 恒河沙が怪我人が出たと申して居ったが、もしや須臾が」
「いや、怪我人が二人も突然部屋に降ってきた」
「突然とは如何なる事であるか」
「詳しくは明日…じゃないか、朝になってから話す。今は彼等の看病の方が重要だ」
 ソルティーは井戸の水を汲み上げながら、極力ハーパーとの話を避けた。
 状況を説明すれば長くなるのもあるが、やはり部屋の様子が気になる。
「もし何か有れば呼びに来るかも知れないが、取り敢えずは此処に居てくれ。宿の者達に大事とは思われたくない」
「御意」
 ソルティーの言葉に丁寧な仕種で応じるハーパーを見て、恒河沙は昼間のやり取りがまるで嘘に思える二人の、どっちが本当なのかを考えた。
――そう言えば俺、何にも知らないんだ。
 今までソルティーの色々な姿を見てきたが、結局の所、彼の素性も二人の関係も何も教えられていない。
 聞こうと思った事は何度か有る。しかし聞きたい事が山ほど有って、どれを聞こうかと思っている間に、何を悩んで居たのかを忘れ、結局は今の彼を知っていれば良いのだと結論を出していた。
「何ぼーっとして居るんだ? 部屋に戻るぞ」
「あ、うん」
 恒河沙は桶を片手に裏口の前で待つソルティーの後を追い、一緒に宿の中に入ったが、珍しく浮かんだ疑問を忘れなかった。
「なあ、ソルティーとハーパーってどういう関係? ハーパー、ソルティーの部下なんだろ? なのにどうしてソルティーの事怒るんだ?」
 シャツの後ろを掴みながら上目遣いに聞いてくる恒河沙に視線を合わせてソルティーは少しだけ考えた後、笑みを交えながら口を開いた。
「ハーパーは部下なんかじゃないよ。私を育ててくれたから親みたいな存在だ。でも同時に兄弟だと思う時もあるし、師だと思う時もある。そう言う事を総て纏めて、私にとって大事な存在だよ。だから彼が私を怒るのは、全て私の事を考えての事で、それを嫌だと思った事はないな」
「………ふ〜ん、じゃあ……俺は?」
 ぽつりと呟かれた言葉に、ソルティーは思わず立ち止まった。
 シャツから手を放した恒河沙を振り返れば、そこには不安そうな表情が浮かべられていた。それを見たソルティーには驚きが一瞬表れ、直ぐにそれは困惑へと変わる。
「俺は……ソルティーの大事の中に、ちょっとでも入ってる?」
 恒河沙は片手を上げて、少しだけ開いた親指と人差し指の間隔をソルティーに見せた。
 「これ位は」と見せられたその小ささが、彼なりの一生懸命さなのだろう。
 何も考えていない訳ではないのだ。傭兵が金銭と能力以外の事で価値を求めるなど愚かな事で、それを判っているから彼らしく無い臆病さで問い掛けている。
 だからこそソルティーも直ぐに返事が出来なかった。
 答えは決まっている。しかしそれを口にした後どうなるのかが恐れを呼んだ。
「ソルティ……?」
「………入ってるよ」
 曖昧な関係だ。
 契約書がある限り、決して仲間とは言えない。自分達の事を語り合う事もせずに友情を口にも出来ない。勿論ハーパーのように家族と思う事もない。
 ただいつの日か、ハッキリとした関係を口に出来る様になれればとも思う。
 そんな希望的な気持ちから、ソルティーは誤魔化す事だけは止めた。
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「嘘じゃないよな?」
「……じゃあ嘘にしておく」
 ソルティーが終わりそうにない恒河沙の追求に呆れ、さっさと階段を上り始めると、慌てて恒河沙が追い掛けて彼の腕にまとわりつく。
「こら、水が零れるだろ」
「えへへ」
 たとえ一寸でも、自分がソルティーの大事の中に入っているのが素直に嬉しかった。
「俺もソルティーの事大事だぞ。いっぱいいっぱい大事なんだ、嘘じゃないぞ」
「はいはい、それはどうもありがとうございます」
 些か変な恒河沙の量り方に、ソルティーは嘆声を漏らしながらその意味を考える。
 恒河沙が嘘を言っていないのが判りすぎる位に判っているから、彼のいっぱいがどれ程なのか、彼の大事が一体どんな形をしているのかが、知りたくもあり、また知りたくないと思う。
――勘違いで済めば良いのだが。
 そう考える傍らでは、