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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「……なあ、飯食えるかなぁ?」
 一応恒河沙なりにこの街の雰囲気を“腹”で感じ取ったのだろう。
 空腹感に弱り切った声を出す彼に、二人は息を合わせて肩を落とした。
「無理だろうな」
「無理でしょ」
 こればっかりはどうにも出来ないと、ソルティー達は涙ぐむ恒河沙を置いて酒場に顔を向けた。下手に同情してこの街の食料に壊滅的打撃を与えれば、それこそ自分達は住民の敵になってしまう。それだけは何としても避けなければならないのだ。
「…お腹…空いた……」
 後ろから聞こえる呟きに決死の覚悟で無視を決め、二人は一路寂れた酒場を目指して足を進めたのだった。


「余所者に飲ませる酒は無い」
 こう言われるのは予想通りだったが、まさか店の扉を開けた瞬間言われるとは。
 まるで入ってくるのを知っていた様で、険の籠もった言葉は熟練された言い方だった。
 言われた方は扉を開けた腕をどうしようかと迷い、短時間だがその場に釘付けにされた。
「いや、確かに余所者だけどさ、そんないきなり切り捨てなくても」
 項垂れながら、この店の店主らしい年老いた男に須臾は呟きを漏らす。
 誰も客の居ない開店休業中の店の奥でグラスを磨く、頑固を絵に描いた様なその男は、それ以上話す気は無いらしい。
「戦でもあったのか?」
 せめてそれだけでも聞こうと、酒場の入り口からソルティーが話を切りだし、老人はその言葉に露骨に怒りを現した。
「戦があっただと? 何をぬけぬけと。何を調べに来たかは知らんが、此処には何もない」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、僕達は先刻この国に来て、何があったか知りたいだけなんだよ」
「馬鹿を言うなっ、あの戦を知らずにどうやって此処に来れると思ってる。嘘を吐くなら、もっとましなやつにしろ」
「あのねえ、僕達は先刻まで森に居たんだから、知る筈ないでしょぉ」
 床に唸りながらしゃがんだ須臾の言葉に、老人の顔付きは強張った。
 端から余所者の話を信用するつもりはないが、森と言う言葉に自然と体が反応したのだろう。
 そんな老人の姿に、ある種の期待を持ったのはソルティーだった。
「私達は東部からアストアを経由して此処に着いたばかりだ。それを証明する物も持っている。勿論貴方に迷惑を掛けるつもりもない。だから、一つだけ教えてくれないか、この国は何処と戦をしたんだ?」
 到底アスタートではない自分達が、森を抜けて此処へ来たなど信じて貰えるとは思っていない話だが、此処で他の嘘を言った所で不自然さは拭えない。
 ならば真実を言い、受け入れて貰えないまでも、興味を抱かせる方法が最善で、取り敢えずそれは正しい選択となった。
「この国は半年前からジギトールと戦が続いとる。判ったらさっさと出て行け」
 ソルティーの真剣な態度を信じたかどうかは謎だが、老人はそれだけを口にし、これ以上の関わり合いを拒絶する様に三人から視線を逸らした。
「判った。二人とも行くぞ」
「へーいへい」
 頑なな老人を説得するのを諦め、三人は彼の要求を聞き入れ店の扉を閉めた。
 相変わらず街の住民はソルティー達を遠巻きに監視し、中には身を隠しながら手に武器を持つ者も居る。
 何かに対して怯えきった住民達の様子を見れば、とても今夜中に宿を見付ける事は不可能だと須臾は溜息を吐き出した。
 宿どころか食事さえもありつけない状況に、三人はそれぞれ別の気疲れを感じながら、ひとまずこの街を出る事に決めた。


 ハバリ全域を示した地図を広げ、老人が言ったジギトールを確認したのが、蒼陽が昇って野宿先を街道沿いの平地に決めた後だった。
 カンテラに火を点し、地図を挟んで話をするのはソルティーと須臾だけで、恒河沙は鳴き止まない腹の虫をなんとか沈めようと藻掻いていた。
「どうするの? このまま西に行くの? それとも……」
「そうだな、一端西隣のコミューに出て、それから改めて北への進路を取った方が安全だが、しかしどう進んでも、この国を通らなくてはならなさそうだ」
 ジギトールはアジストラの北に位置する。
 自分の目的とする場所へ向かう最短経路に位置する二国が、かなり大規模な戦をしているのだ、その道はどう考えても楽な道筋にはならないだろう。
 ソルティーは、北東部への道を遮るアジストラを指でなぞりながら、思案を深める。
「それにしても、この地図では信仰国と書かれているが、一体どうして戦を……」
 ラバサの様子を見れば、その姿が侵攻を受けている側だというのは判る。しかし、信仰を重んじる国が戦を仕掛けているとは考えたくないのが、ソルティーの正直な気持ちだ。
 シスルの擣巓にしても今回のアジストラにしても、信仰国が戦の中心だと言うのは、人の歴史の中でもそう度々起こる事ではない。
 その起こる筈のない事が続いている現実が、非常に危険だと警笛を発している。
「一端、この国境を目指そう。この国から入れるかどうか、まずはそれを確かめたい」
 擣巓の時の様に、予め予備知識を仕入れてからの旅ではない分、慎重に事を運ばなくては先に進む事も出来ない。
「了解。それじゃあ僕は彼奴をさっさと寝かして、この騒音をどうにしかしますか」
「……どうしようもない」
 地の底から響く様な恒河沙の呻きと腹の虫を聞きながら、須臾の努力が実る事を祈ってソルティーは地図を畳んだ。
 久しぶりに見た空の広さを実感する様に天上を見上げ、明日からの食料をどう調達するかと、近付いてきている筈のハーパーの事を頭に浮かべる。



 翌朝早くに須臾が目覚めたきっかけは、案の定恒河沙の腹の虫だった。
「寝てても鳴るか……」
 額を押さえながら起きあがる須臾の視界にソルティーの姿も映り、矢張り自分と同様に乾いた笑みを造っているのに気付く。
 騒音とも轟音とも言える響きに気付いていないのは、それを奏でている本人だけだった。

 ジギトールへの国境まで三人の足で大凡二日半の道のりと計算し、恒河沙が起きた時点で出発となった。
 近隣の詳しい地図を手に入れたいが、余所者に対するこの国の対応はラバサと変わりがなく、道で見かけた者に声を掛ける雰囲気でもない。それでも大まかな位置は把握でき、国境までの街道はほぼ一本で困窮するとまではならなかった。
 困窮したのは食料だ。
 戦の為に住民自身も日々の生活に飢えを感じている中、余所者に分け与える食料は存在しない。金を積めばいいと思っていた須臾も、そうする事で余計に自分達が怪しまれる事を知った。
 ソルティーはそれでも構わず、須臾も三日は我慢出来る自信があった。
 しかし恒河沙だけはどんなに我慢しても、体は持ち主の意志に反し、徐々に元気が無くなっていった。
「しゅぅゆう〜〜、鳥ぃ呼んでぇ〜〜」
 歩き出してから半日経過した時点で、最終手段を須臾に縋り付いて口にする始末だ。
「恒河沙……僕の友達はお前の食料じゃない」
 砂綬を前にした時の様な冷たい何かを背中に走らせながら、須臾はなんとか恒河沙の涙ながらの訴えを退けた。