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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 結構言われた事に自覚が芽生えているのか、ソルティーは引きつった笑いを浮かべる。
「誰がお父さんだ、誰が」
「ソルティーと言う偉大なほどに寛容な依頼主様」
 間髪入れない須臾の言葉にソルティーは思いっきり肩を落としたが、それでも既に体は恒河沙へと向いていた。
「……判った」
 疲れた呟きと共に去っていくソルティーの背中を、脂下がった微笑みで見つめていると、急にソルティーが立ち止まってズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「ああそうだ、ほら」
「へ? えっ、わぁ!」
 振り返りながら放り投げられた小さな何かを、須臾は慌てて両手で受け取り、それに視線が釘付けになった。
 手の中には二つの宝玉。
 先日泣く泣く使ってしまった物と同じ、深紅の力に満ちた宝玉だった。
「一つは使った分の代わり、もう一つは助けて貰った礼だ」
 そう簡単にソルティーは言うと、また恒河沙に向かって歩き出し、須臾はその背中を今度は呆然と見つめた。
「……礼って、あんた傭兵に向かって礼も何も。王様の考えって判らないなぁ、儲けたけど……」
 手持ちの宝玉を使ったのは須臾の判断で、もとよりその分の請求は最後に入れる予定だった。それをわざわざ倍返しをするソルティーの感覚が理解できない。
 須臾から見ても彼は、そうと知っていても、王と言い切るには些か抵抗が有る。しかし、この金銭感覚の欠損状態は、やっぱりそうなのかなと思うには充分の効力を発揮していた。



 泉から更に半月東に歩き続け、一行は漸く大凡四月にも渡る森の旅の終わりを見た。
 森を抜けるとアジストラ公国に出る。
 森の中からでも外の光が見え、後はそれを目指すだけの所でソルティー達はイニスフィス達と別れる事になった。
「俺達は此処から南にある見張りの塔に一度立ち寄ってから、城に戻るとする。結構長い間の旅で、出来れば外まで見送りたいが、俺達はそれを許されていないからな」
 照れ臭そうにそっぽを向きながらテレンが話すのを、全員がそれぞれの思いを胸に聞いていた。
 他の森とは違い、外の者の来訪など殆ど皆無に近いこの森に、案内人等の使命を持つ者は居ない。テレン達は見張りの塔の巡回人。だからのその序でに、ソルティー達の案内を言い渡されただけに過ぎない。
「いや、此処で充分だ。謝ったからと言って、許される程度では無かったと思うが、色々と巻き込んで済まなかった。今までありがとう」
「ああそう言う事も有ったな。しかし、俺達はあんた等より寿命が短いんでな、そんな事を一々気にしてたら、人生が勿体ないから忘れたよ。なあテレン?」
「んん、まあ、そう言う事だな」
 ソルティーの差し出した手を握り返しながら、二人は互いの顔を見ながら大きな声を出し笑った。
 人生の長さから言えば四月なんて短すぎるかも知れないが、二人にとっては今までもこれからも二度とはない経験が詰まった、忘れる事の出来ない旅だった筈だ。
 城に帰ってから、周りに話せる事は幾らでも有る。まずはそれが楽しみで仕方がない。
「おいイニスフィス、貴様何か忘れてないか?」
 一頻り笑い終わった後、テレンがイニスフィスの脇腹を肘で叩きながら、彼の荷を顎で指す。
「ああ、すっかり忘れてた。お前に言われたのは腹立たしいが、気が付いてくれて感謝する。ソルティー、あんたに渡す物があった。出すから少し待っててくれ」
 背負った荷を降ろし、諸々の道具を地面に広げる。
 テレンはそんなイニスフィスの行動に呆れていると、後ろから服を引っ張られ振り向いた。
「なんじゃい」
 何時も通りのぶっきらぼうなテレンの前には、殆ど同じ身長の恒河沙が、此方も少々ふてくされた顔付きで立っていた。
「これ、あげる」
「んん?」
 目の前に突き出された恒河沙の手には、短剣が握られていた。
「テレンにあげる」
「これをか? どうしてだ、まさか俺の持ってる奴が古いんで哀れんだか」
 森では鉱石が採掘される事は無く、戦も無ければ武器を使う事も無い。それ故にアスタートの持つ得物は総て代々受け継がれ、打ち直された年季の入った古びた物だ。
 テレンの使っていた短剣も既に刃こぼれが酷く、未だにそれを平気で使っている彼等が恒河沙達には不思議に見えていた。
「違う。持ってて欲しいから、あげるんだ」
 卑屈に考えるテレンに恒河沙は首を振りながら言った。
「俺、すっごく悪い事したから。木斬っちゃったし、怪我させたし、………殺そうとしたし」
 だんだん声の小さくなっていく恒河沙に、テレンはばつの悪そうな顔で頭を掻いた。
 怒らせさえしなければ本当に子供の様な彼を、今は自分が虐めている様な気分になってしまい、悪態を続ける気も失せる。
 言葉が出なくなって俯きだした恒河沙に、テレンは横を向きながら手を出した。
「ほらよ、貰ってやるから寄越せ」
「ほんと?」
「ああ……」
「んじゃあ、はい」
 恒河沙は、はたはたと動かす手に短剣を乗せ、それがしっかりと握られるのを嬉しそうに見つめた。
「じゃあこれはイニスフィスに……」
「ん? 何じゃ、そっちの方が良さそうだぞ?」
 自分が貰った方と、イニスフィスに渡されようとしている分とを見比べ、テレンはこれっぽっちも遠慮のない不平を口にした。
 確かにイニスフィスに恒河沙が用意した方は、外見的に綺麗な装飾が施されていたが、見掛けはどうで有れテレンに渡した方が使い易いし高価な物だった。
「そう? そっちのが良い奴だよ」
 恒河沙がそう言い聞かせてもテレンは余程外見が気になるのか、なかなか見比べるのを止めようとしない。
「……他のも見る?」
「あ、有るのか?」
 恒河沙は日頃見られない期待に満ちたテレンに頷き、腰やブーツや鎧の中や荷物の中から、次々と短剣を取り出し、計十二本を地面に並べた。
 どれもこれも形も装飾も違うそれらに、テレンは地面に這い蹲って感嘆の息を何度も吐き出した。
 自分の使っている物に愛着は有るが、新しい物が欲しくないわけではない。はっきり言って喉から手が出るほど欲しい。
 一本一本を手に取り、鞘から抜いて刃の美しさにくらくらする。
「はあ……決めかねるのぉ」
 自分の分も一緒に並べ、最後には腕を組んで頭を悩ませる。
「そんなに気に入ったんなら、全部あげる」
「何っ!! 本当かっ? ……いや、それではお前が困る」
「いい。俺、困んないから、全部あげる。でも、テレンとイニスフィスだけだからな。他の奴にあげたら許さないから」
「お前……。判った、その気持ちに甘えさせて貰う。他の誰にも渡さずに、大切に使わせて貰う。……ありがとよ」
 テレンは立ち上がりながら最初に貰った短剣を腰に差し、嬉しそうな恒河沙に初めての感謝の言葉を言いにくそうに言った。

 恒河沙とテレンのやり取りが終わる頃には、ソルティーとイニスフィスの話も済んでいた。
「それじゃあ、別れを惜しむのもあまり似合わないんでね、俺達から失礼させて貰うよ」
「ああ、イニスフィス、テレン、気を付けて。それと先刻の事は必ずニーニアニーに伝えてくれ」
「判ってる。何があってもそれだけは伝えるさ。じゃあな、そっちも気を付けて旅を続けろよ」