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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 自分が歩かなければならない理由を問いかけながら、ソルティーは最後の疑問を口にした。


「私……そうだ、私は、誰だ?」





「須臾?!」
「恒河沙っ、お前絶対其処を離れるな。イニスフィスはテレンと成る可く一緒に居て。畜生っ、なんなんだよあいつはぁ」
 戻った途端須臾は声を張り上げて指示を出し、自分は腰にぶら下げていた槍を取り出し左手に備える。
「どうしたんだよ」
「敵だよ敵! それも、この前なんかとは比べもんになんない感じだよ。探知飛ばしたら、それ簡単に見切りやがって、しかも跳ね返してきやがったぁぁーー」
 悔しいのと恐ろしいのが一緒になっている須臾の慌て振りに、恒河沙ははっきりと敵の強さを把握した。
 それでもまだ恒河沙から見て須臾の口振りは、まだ悔しさの方が上回り、それ以上に良い緊張感が伺えたので、内心大丈夫だと確信する。
「須臾、封呪石使ったんだよな?」
「当たり前じゃん、僕、魔法使いじゃありませーん」
「そうか、道理で稚拙な呪法だった」
 須臾の軽口に応えたのは、聞き覚えのない声だった。
 全員が一斉にその方角を見た。
「ビューンビュールの気配が消えたからどれ程のと思いきや、矢張りあいつでは弱すぎただけか。しかし今のような呪法では、とてもとても私をどうにかしようなど思うほうが間違いだ」
 気味の悪い青白さと、血の色の様な真っ赤な口を見せる男の出現に、全員が身構える。
「お前か、ソルティーを眠らせた奴はっ!!」
「まあそうですね、死という甘美な眠りですが、どうも思い描いていた様には運ばないのが運命と言うやつでしょうか。ビューンビュールの二の鉄は踏みたくないと、時間を掛けたのですが、余程思い残す事があるのか、簡単に自己崩壊をしてくれない」
 人とは明らかに違う、細く異様に長い指を頬に宛い、口と同じ血の色の瞳をソルティーに向けた。
 その異質な視線からソルティーを遮るように、恒河沙が大剣を手に間に入る。
「てめぇっ、ソルティーが死ぬはずないだろっ!」
「ええ、だから、見付けられた良い機会ですから、自ら出向いてきたんですよ。肉体的な死を届けにね」
「ーーっっ!」
 両手を広げ、男はゆっくりと指を動かした。
「私の名はジェリ」
「このやろうぉーーっ!」
「止めろ恒河沙っ」
 須臾の制止も届かず、恒河沙は大剣を振り上げジェリに向かっていった。
「……えっ!」
 振り下ろされた剣の場所にはジェリの姿は無く、少し離れた所へと姿を現した。
「私の名が、夢から覚める事のない君達への最後の餞の言葉だ」
「くそっ“我が右手に宿りし力……」
「遅いのだよ」
 ジェリの長い指が緩やかに蠢いた瞬間、須臾の意識が途切れた。
「須臾っ?!」
「ほら、君達もだ」
 邪悪な笑みを見せるジェリの指が蠢く。
 堪えても堪えきれない何かに、恒河沙の意識は吸い込まれていった。地面に倒れる恒河沙に続いて、イニスフィスとテレンさえも呻き声一つで地面に伏し、ジェリの周囲には静寂だけが広がった。
「クク…。ビューンビュールの時既に、君達は私の毒を体に溜め込んでいたのだというのに、それに全く気が付かないとは、人と言う生き物は本当に下等な生き物だ」
 それが唯一浸透しなかったソルティーにだけ、ジェリは時間を掛け毒を送り込んだ。眠りへの誘発剤となる毒を、気配に乗せ大気に融け込ませながら。
 そう、ソルティーにだけだ。
 恒河沙にもビューンビュールの力の効果は及んでいた。それなのに変化を見せなかったのは、単純な性格の持ち主故に、長時間訳の分からない苛立ちを持続する事が出来なかっただけである。
 ジェリにとっては、ソルティーの体に毒が満ちた時が、即ち勝利を確信する時だった。





 須臾の耳に泣いている子供の声が聞こえた。
 その声は何故か懐かしく、そしてかなり嫌悪感の湧く泣き声だった。
「なんだよ此処は……」
 須臾がいつの間にか立っていたのは、見覚えのある質素な村の外れだった。
 村の名前は臥譲(がじょう)。名前は素晴らしいが、中身の伴わない寂れた村だというのが、正直な須臾の評価だった。
 貧弱な土地に、貧相な作物だけが実り、貧困な生活の中、貧窮に喘ぐ。そんな貧乏のどん底の様な人達が、見窄らしく肩を寄せ合って暮らしていた。
 それでもみんな笑って暮らしていたのは、心の中まで乏しくなっていなかったからだろうか。だからこそ須臾は未だにこの村を故郷だと思い、思い出すたびに腹立たしく感じながらも、やはり此処が帰る場所だと感じていた。
 そんな懐かしい故郷の景色の中に、泣き声だけが響き渡っている。
 耳障りに感じる声を無視したいと思って、どうしてもそうする事が出来ずに、須臾はゆっくりとその声に近付いていった。
「おねがぁい、お家に入れてぇ!」
 小屋と言えそうな粗末な家の扉を、三歳位の少年が泣き叫びながら叩いていた。
 それが誰かと気付いた瞬間、須臾の両手が強く握り締められた。
「……っそんな扉叩くなよっ! どうせ入れて貰えないんだからっ!!」
 質の悪い夢だと感じながら、気が付けば須臾は子供に向かって怒鳴っていた。
 親から言われ、切る事の許されなかった少年の髪は長く、まるで女の子の様な子供。
 それは間違いなく、曾ての自分自身。
「どうせお前は家を捨てるんだっ! ガキだからって甘えてないで、とっとと捨てちまえっ!」
「お母ちゃん、お父ちゃん、入れてよぉ。お婆ちゃん言い付け守るからぁ!」
 須臾の声が届かない少年はささくれた扉で手を傷付けても、其処を叩くのを止めなかった。
「なんだって言うんだよ、此処はさぁ」
 どうしてか胸が締め付けられて苦しくなる。
 顔を両手で覆い隠しても、その耳にはあの日の自分の声が響いて消えない。
 忘れ去ろうとした過去が、急に目の前に現れ、須臾の傷をえぐり取ろうとする。
「入れてぇーー」
「須臾ちゃん、どうしたの?」
 優しく少年に掛けられたその声に、須臾は顔から両手を離す。
「あ、宮奈(くな)お姉ちゃん!」
 先刻まで泣いていた少年がその女性を見た途端笑顔になる。
 少年と十五も離れた実の姉。
 美人で、優しくて、それでいて頼りになる宮奈を、少年は気持ちいっぱい大好きだった。
 どれだけ月日が流れても、決して薄れない程に。
「どうしたの? またおいたしたんでしょう、駄目よ悪戯は」
 宮奈は弟の前にしゃがみ込んで、彼の額を人差し指で優しく弾くと、小さな体が威勢良く胸を張った。
「違うもん。今日は悪戯じゃないよ」
「じゃあ何?」
「その……、お婆ちゃんがしてなさいって言った事、しなかっただけ」
「まあ呆れた。駄目じゃない、お婆ちゃんの言い付けを守らなかったら、ご飯抜きだって何時もお父さん達が言ってたでしょ?」
「でも、僕お婆ちゃんみたいなのしたくないもん! 僕は、みんなと一緒に外で遊びたいんだもん!」
 そうしてまた泣き出した弟を、宮奈は優しく抱き締めた。
「今日はお姉ちゃんと一緒にお外で寝ようね。明日はお姉ちゃんが一緒に謝ってあげる。お外でみんなと遊べる様にお願いもしてあげるから、須臾ちゃん、泣きやんで?」
「……ほんと?」
「うん、約束するよ。だって、お姉ちゃんは須臾ちゃんの味方なんだよ」