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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 しかし、それは須臾の顔を見ない為にだった。
「但し、次に私が帰ってくれと言った時は、素直に恒河沙を連れてシスルに帰って欲しい。ここから先に在るかも知れない危険は、きっと二人が体験した事のない危険となるはずだから」
 慎重な声音に須臾は微かに眉をひそめ、彼の言葉の裏を想像した。
 今までの彼の言動や、ハーパーとニーニアニーの話。
 まだはっきりと確証も無ければ、真実も見えては来ないが、彼の抱え込んでいる問題が自分には手に負えない事だけははっきりした。
――でも、恒河沙は……。彼奴が最初に感じた共感?
 何かと言葉に表せない引っかかりを感じる。
「了解しました」
 そう約束しながらも、心の何処かではそれを否定する。
 恒河沙は何が在ったとしてもソルティーから離れない予感がある。
『俺な、これからもっとソルティーの役に立つ傭兵になるんだ。そしたらソルティーは俺をずっと側に置いててくれるだろ? えへへ、俺いっぱい頑張るんだ』
 森から戻ってきた日の夜、恒河沙は本当に嬉しそうに語っていた。
 人として命を賭しても護りたいと思える様な者に出会えた事は、それだけで人生の宝になるだろう。ソルティーがそれに相応しいかどうかは、まだ須臾には決められないが、少なくとも恒河沙はそう感じ、それを否定するつもりはない。
 だが恒河沙が産まれた時から知っている者として、どうしても二人の出会いがただの偶然には思えなかった。
 例えその瞬間が偶然だとしても、振り返った道には必然だけが残されている。彼等が出会った時には、もう既に何かが決まっていたのかも知れないと、須臾の胸の内には浮かんでいた。
 問題は、それを仕掛けた誰かが居るかも知れない、と言う予測までが、はっきりと浮かんできた事だった。
「……ァリ」
 思わず口にしてしまった言葉に須臾は首を振って、自分の馬鹿馬鹿しい考えを吹き飛ばそうとした。
――そんな筈無いよね。そんな筈は……。
 思い浮かぶのは最後の瞬間に見せた儚げな微笑み。
 そして小さく開いた唇は、音を成さなかった。





 そして更に三日経過した夕刻、ソルティーの元へニーニアニーからの吉報が、彼自身の手によって運ばれてきた。
「今より暫く、誰もこの部屋へ入れるではない」
 廊下に立つ兵士二人にそう命じ、部屋に入る彼の傍らには、自然に寄り添う幼い女の子が居る。ソルティー達が助け出したミルーファだ。
 ニーニアニーとは対照的な静かな印象が、これから先の成長を期待させ、背中に当たる位まで伸ばされた髪は薄桃色で、軽く巻かれたそれが歩く度にふわふわと揺れていた。
「申し訳ないが、少し時間を貰いたい」
「どうぞ。此処の間借りの私に、わざわざ許可を求める必要も無いだろうに」
 多少堅苦しさを感じるニーニアニーに呆れるが、彼は至って神妙な顔付きで、開け放たれたままのバルコニーへの窓を閉め、それからやっとソルティーの方に向かう。
「礼儀だ。――ミルーファ頼む」
「はい」
 ニーニアニーの言葉に小さく頷くと、今度はミルーファが窓に向かって手を翳す。
「言霊を伝える者よ、一時の沈黙を」
 呪文には聞こえない、お願いを言う様な彼女の言葉は、部屋全体に広がった。
「人に聞かれてはまずい話なのか?」
 他の呪法とは違いそれらしい変化は部屋に無かったが、ミルーファの言葉でこの部屋からの音は一切外に漏れなくなったのは、自分の声の伝わりで判る。
 ニーニアニーはテーブルを挟みソルティーの前に座り、その間にミルーファを座らせると、漸く一息ついた風に安堵の表情を浮かべる。
「紹介が遅れたな、彼女がミルーファ・タランタス、余の妃となる者だ」
 微かに頬を染めたミルーファはソルティーに向かって頭を下げ、矢張りニーニアニー同様の子供らしくはない微笑みを見せた。
「先日は私の為にご足労頂きまして、ありがとう御座いました。もっと早くにお伺いしなければならなかったのに……」
「ミルーファは元々体が丈夫ではない。だから眠りの呪法でも回復するのに時間が掛かった」
 未だミルーファの体を心配しているのが手に取る様に判る彼に、ソルティーは嬉しくて目を細める。
 二人とも外見は子供だが、どちらも王として長としての生を受け入れ、それ以上にお互いを必要としている。先日彼が語った言葉が嘘でなかったのが嬉しく、それを素直に受け取っているミルーファに心の中で感謝した。
「いや、結局私は何もしなかったんだ。礼なら恒河沙にしてくれないか」
 その言葉にミルーファは一度首を傾げた後、何かを思いだしたのか、可愛らしく両手を合わせた。
「昨日お散歩に行く際にお見掛けしました、あのお方でしょうか? お庭で蝶を追い掛けてそのまま小池に……」
 最後は思い出し笑いに言葉を失う彼女に、自然とソルティーは目を覆った。
「多分、いや、確実にその子だ」
――元気なのも程が在るぞ恒河沙……。
「承知致しました、今度は是非あの方にお礼を言います」
 まだ若干笑いを引きずったままで言い、ニーニアニーはそれが収まるまで待ってから、テーブルに一枚の羊皮紙を取り出し置く。
 紙はあまり質の良い物ではなく、その紙もニーニアニーは自分のベルトの隙間から出した。明らかにそれは、人目を避けた行為だった。
「これは?」
「以前言っていた吉報だ。カラの次なる王が決まり、お前の手配は打ち切られた。その知らせだ」
 しかし、ニーニアニーは多少言葉を選んでいる感があり、ソルティーはその言葉自体にも表情を曇らせる。
「早過ぎる、何をした?」
「もっと喜ぶと思っていたのだが」
「冗談は止してくれ!」
 無表情に自分を見つめるニーニアニーをソルティーは見据え、テーブルに両手をついて立ち上がる。
「次の王が決まったからと言って、私の罪が消える事が在る筈がない。それにその王の選出自体が早過ぎる。……君が後ろから手を廻したんだな?」
 通常、王の死去から二月は喪に入り、選出はそれからになる。
 実際問題、王の死が突然の物であれば、その二月間は熾烈な争いは繰り広げられるのが常だ。そして他国に公表されるのも、喪の期間を過ぎてからだと決まっていた。
 何より翌日にはアストアにさえ廻された手配が、こうも容易く打ち切られるなど、誰にも考えられる筈がない。
「あれは私だけの責任だ。君がどうこうする必要は無かった事だ」
「今の余は、これ位の事でしかお前の役に立てぬのだ。同じ過去を知る王で在りながら、余は此処を出る事が出来ぬ。お前が本当に辛い時に、余は何一つとして力を貸せぬのだ」
 ソルティーから目を逸らし、膝の上で握った拳を震わせる。その姿は真に己を恥じる姿だった。
「ニーニアニー……いや、アストアの王よ、私はもう昔の事に拘っていない。だからもう、これ以上罪滅ぼしなど考えないで欲しい。今は此処が無事ならそれで良いんだ、私の為にこんな無理はしないで欲しい」
 ニーニアニーが、カラに対して如何なる手を使ったかは判らない。しかし不可侵である故に、この国は他国に関しても殆ど干渉しなかった。
 アストアは外交を必要としない。