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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「本当にお前は帰らないで良いのか?」
「恒河沙も連れていって良いの? 言って置くけど、僕は一人じゃ帰らないよ。帰るときは彼奴も一緒」
「それが私の一番の望みだ」
 手放したくないと思っていても、須臾が責任を持って恒河沙をシスルに連れ帰るなら、それを止めるつもりはない。それが自分にとっても恒河沙にとっても最善の道だと信じている。
「無理しちゃって」
 ソルティーと同じ様に空を見上げ、皮肉を含んだ言葉を須臾は言い、ソルティーは表情を曇らせながら顔を須臾に向けた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りだよ。ただ僕は、恒河沙が帰るのを奨めるソルティーは、思いっきり無理をしていると思っただけ。恒河沙って特別でしょ?」
「……そうだな、特別だ。だから今の内に帰したい」
 意外と素直に肯定するソルティーに須臾は顔を戻し、複雑な表情の彼を見る。
「どうしてさ。傍に置いておきたかったら、素直に置けば良いじゃない。僕達みたいにお買い得な傭兵を今から捜すなんて、かなり大変だと思うし。それに恒河沙だって、かなり懐いちゃってるし」
「懐いている、か。とても仕事中の台詞ではないな」
「端からそう言う関係だったと、あんた自身は思ってるわけ? あんたは僕達を雇った、だけどその前にあんたは幕巌に僕達を頼まれている。今更仕事だとか言うけど、ソルティーにとって、幕巌と僕達のどっちの意味が強かったか、ちゃんと言ってくれないかな?」
「痛い所を突いてくるな。……確かに彼に頼まれた方が影響力は多い。それに対して否定はしない。しかし仕事を抜いた話だとしても、一つや二つ位は人と相容れられない気持ちは、須臾、お前にも有る筈だろう?」
 問われた意味を測ってから、須臾は露骨に不服そうな顔になった。
「干渉するなって事? 一寸その言い方は、僕は納得できない。仕事とか関係なく、あんたは僕達の前に現れ、此処まで一緒に旅を続けてきた。その中であんたはずっと僕達に対して、完璧な依頼者だったって言えるわけ?」
 もちろん傭兵の仕事と個人的な関わりは別の物であり、そこを完全に割り切れなかった責任は、間違いなく自分達にも有ると思う。
 それでも須臾はソルティーへの責任を追及した。
「もう充分、僕達はあんた達に関わり過ぎている。それは僕達の目から見た事かも知れないけど、少なくとも恒河沙はあんた自身に関わった。彼奴が元々傭兵としての自覚がないのは、あんただって知っていた筈だ。ガキだって教えた筈だよ。優しくして、喜ばして、そんな事されて懐かないガキは居ないだろ。それって全然ソルティーには関係の無い事? 僕はそう思わないけど」
 ソルティーの鼻先に人差し指を突きつけ、鋭い眼差しで自分の主張に声を高める。
 このまま四人で旅を続けるべきかの迷いは、恒河沙を除く全員が同じに抱えている問題だろう。しかも全員が自分の為ではなく、誰かの為に悩んでいる。
 ありのままに前を向いて生きるのは、数え切れない勇気と強さが必要で、総てを一人で背負えないから誰かと分けようと思う。支えて欲しいと、支えたいと思う。それが人と人を強く繋ぐきっかけなのかも知れないと感じつつも、必要以上に相手に迷惑を掛けたくないとも感じてしまう。
 そんな板挟みの状態だからこそ、此処で逃げ出すわけにはいかない。それこそ須臾は、恒河沙の為に強く感じていた。
――腹立たしいけど、今の彼奴に必要なのは僕じゃないんだよね。
 どれだけ大切に思っていても、家族と他人とは違う。恒河沙が初めて自分から興味を持ち、そして自分の足で歩み寄ったのがソルティーだった。
「今まで誰かの為に何かをしようと思った事も無い彼奴が、あんたの為に何かをしたいって思ってるんだよ。あんたからしたら、幕巌との約束が叶えばそれで良いかもしれないけど、彼奴はそんな事も知らないんだ。最初から中途半端に終わらせるつもりなら、あんな子供に優しくするなよ。彼奴を変えたのはあんたの責任なんだから、最後まで責任持って面倒見るのが筋の通った大人だろ」
 自分の背負えない責任をソルティーに押し付け、楽をしたい訳ではない。
 ただ自分達に何一つ事情を話さずに、一人で気負う彼が納得出来なかった。
 そんな自分でも珍しいと感じる程の厳しくも優しい台詞を、ソルティーは冷淡な言葉で返した。
「須臾の言う中途半端ではない筋の通し方とは、どういう物だ? 少なくとも私は、今まで契約違反をしたつもりは無い。恒河沙に優しくしたと言うが、それに甘んじたのは彼の責任でもあるだろ。私が変えたんじゃない、彼が変わっただけだ」
「それ、本気で言ってるの?」
 微かに怒りを露わにした須臾に、ソルティーは口元に笑みを造りだし、首を振って否定する。
「いや、そう思い込む事が出来たなら、どれ程楽だったかと思っているだけだ」
「……なんだよそれはぁ」
 冗談にならない言葉だと、目を覆いながら須臾は項垂れた。
「あの子は、良い子だと思うよ。あの真っ直ぐな所に、何度も救われた」
 自分が傷付き血を流せば、己も同じだけの傷を負い血を流すと、何の躊躇いもなく言って貰えた事。その気持ちの深さが、闇への縁に自ら足をかけた自分を、後ろから引き戻してくれたのだと思う。
 意図せず込められた心からの感謝の声に、上げられた須臾の顔は自然と綻んでいた。
「でしょ? 彼奴の良い所は、僕達みたいに我慢しない所なんだよね。まだガキだからってのもあると思うけど、彼奴は僕達に出来ない事をするし、考えられない事を考える。……そう言うのに救われるよね」
 誰にでも心に一つや二つの傷はあるだろう。
 大人になればなるほど口に出来なくなり、無意識に胸の奥底へと追いやり、癒す事も出来なくなってしまう傷が。だから余計に恒河沙のような真っ直ぐな素直さを羨み、同時にそれによって癒される。
 須臾の心にも特別な何かが有るのか、珍しく内心を吐露する様な言葉が漏らされた。
 その何かが気にならないと言えば嘘になるが、やはり恒河沙のようには振る舞えない愚かな大人は、気付かないふりをするしか出来ない。
「それで須臾、お前自身はどうなんだ? シスルに戻りたくないのか?」
「え、僕? ……うーん、正直どっちでも良いんだけど。奔霞出る時に彼女達の清算は済ませてるし、ツケも払い終わってるし。待ってるわって泣いて手を振ってくれた女の子が十人位居たら良かったんだけど、生憎そうしてくれたの四人だけだったからさ」
「……やっぱり女が基準なのか」
「当たり前じゃない。それと金ね。世界は理の力で回ってても、僕の世界は金とお姉さんで回ってるのさ。潤いのある今後の生活の為にも、もうちょっとあんたから金を搾り取りたいし、それに出来ればこっちであと二十人位は、美人なお姉さん達と身も心も仲良くなりたいじゃない。そんなわけで、これからもよろしくお願いしますよご主人様〜」
 卑屈な商人のような揉み手を見せる須臾の目付きは、冗談ではなく本気だった。
 理由は兎も角、残ると決めたのは彼自身の意志でも有るという事だ。
「そうか、なら仕方ないな。責任を持てと言われると辛いが、もう暫くは二人に付き合って貰うよ」
 態と諦めたように告げたあと、ソルティーはまた顔を上げ、上空の闇を視界に入れる。