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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「一緒に居るよ、アルスティーナ。もう何処にも行きはしない」
「だから……ソルティアス様も此方にいらして」
「此方? アルスティーナ、何を言っているんだ? 私は此処に居るじゃないか」
 その言葉に、胸の中で彼女は首を振った。そして、彼女の指が信じられない強さで背中を締め上げる。
「アルス…ティーナ……」
「だって、此処は私達の国ですもの」
「アルス…っ…」
 ソルティーの腕が彼女の背中から肩へと移り、彼女の顔を見ようとした。だがそこにはもう、さっきまでの美しい微笑みは浮かんでいなかった。
「此処はそう、私達が死んだ国。ソルティアス様が置き去りにした、滅びた国ですもの」
「!!」
 ザァーーーッ
 響きをあげて風が吹き荒れる。
 色とりどりの花が波打ち、地平線から色が枯れ果てていく。
「ほら、見て下さい。これが私達の国。こんなに見事な、石の国」
「止めろっ!!」
 色枯れはソルティー達を通り抜け、世界を覆い尽くす。
 足下に揺れていた柔らかな花は、堅い灰色の石へと姿を変え、身じろぎするソルティーの脚を容赦なく切り裂いた。
 遠くに見えていた美しい城も、澄み切った青空も、総てが灰色の石へと姿を変えていった。
「さあ、ソルティアス様も、私と、一緒に…石……に……」
 ソルティーの目の前で、足下から徐々に彼女の体は石へと姿を変えていく。
「あ…ああ……アルス…嫌だ…アルスティーナ……」
 首から顔へと進む石の浸食に、思わず彼女の頬に手を当てたが、それは止まることなく彼女をただの石像へと変えた。
「アルスティーナァッッ!!」
 ソルティーの絶叫が灰色の世界にこだまする。
 そして、石の世界はソルティーの前で砕け散った。
 手の中の彼女と共に。





 ひとまず一日目は何も起こらずに過ぎていった。
 二日目に入ってもそれは変わらなかった。
 足跡もなければ、他に情報を手に入れられた訳でもない。現状維持がやっとの状況の中で、恒河沙だけが疲労を募らせていた。
――あんな事言うんじゃなかったかな。
 須臾が言った通り、恒河沙はずっとソルティーの側に居た。
 声を掛け、手を握り、ずっと僅かな動きも見せないソルティーを見守っていた。
 夜も満足に眠っていない彼の様子に、須臾は溜息をつく。
――いい加減目を覚まさないと、僕が呪い殺しちゃうよ?
 馬鹿馬鹿しい考えだが、それが自分にとって一番ではないかと、恒河沙を見ていると考えてしまう。そしてまた大きな溜息をつくと、自分の荷物をひっくり返し、中から封呪石の入った小袋を選び出した。
 そして次に靴を脱ぎ、中敷きを外して中を覗き込んだ。
――これだけは使いたくなかったのになぁ。
 鞄の底に縫いつけていた布を剥がし、其処に納めていた前金代わりの宝玉を取り出す。
 これだけは使うまいと、頂戴した時から堅く決心していたのに、こんな事で使用するとは!……と、手にした宝玉を見つめて、須臾はさめざめと涙を流した。
 これ程力が強ければ、少しくらい無理な使い方をしてもそうそう破裂する事はないだろうが、使えば使うだけ理の力は減っていく。当然理の力が減ればそれだけ価値が下がり、この色艶も失われてしまう。
――帰って村のみんなに自慢するつもりだったのに。
 換金すれば大金持ちとなるのは間違いないのだが、それよりもこれ自体を自慢の種にしたかったのだ。金を見る事は出来ても、こんなに珍しい宝玉を見る事は、多分須臾の村では決して有り得ない話だから。
「この借りは必ずっ!!」
 恒河沙を医師に診せる為に既に一つは換金し、残っているのはこれ一つだけだった。
 宝玉を握り締め、一度だけ眠り続けるソルティーに恨みがましい視線を送り、須臾は思いきって立ち上がった。





 暗闇で追われているような気がして走り出す。
 追い掛けてくるのが誰かは、はっきりとしない。一人かも知れないし、大勢かも知れない。
 ただどうしてか恐くて、悲しくて、寂しくて……。
「いやだ、いやだよ。どうしてぼくがおうさまなんかにならなければならないの?」
 小さな体ではどうしても逃げ切る事が出来ない。
 何度も転びながら、何度も大きな壁にぶつかりながら、それでも逃げる事しか思い浮かばない。
「ソルティアス様は、ユイディウス様の正統なるお世継ぎで在らせられる。さぞや利発な、賢いお子であろう」
「ちがうよ、ぼくはかしこくなんかないよ」
 何処からともなく響きわたる声は、まるで何かを讃える様に、声高に、そして卑下した笑いを撒き散らす。
「ソルティアス様は、レビオナ様に大層お顔立ちが似ていらっしゃりますわ。さぞかし民衆に慕われる事でしょう」
「ちがうよっ! ぼくはぜんぜんおかあさまににていない」
 耳を塞いでも聞こえてくる賛美の言葉は、幼心を平気で傷付ける。
「ソルティアス様はお一人で、何でもお出来になられて、私の子も見習わせたいものですわ」
「なにも、ぼくはなにもできないんだ。ワァがいないと、ぼくはなんにもできないんだ」
 走っても走っても、追い掛けてくる声が責め立てる。
 期待し、持ち上げ、出来なければ無視をする。
 怒られる方がまだ心が保たれる。
「ソルティアス様は何れ父王の後を継がれるお方。父王ユイディウス様は賢王と呼ばれた偉大な王です。ですからソルティアス様ももっと努力をして、王と王妃の期待に応えなければなりませんな」
「ぼくいっしょうけんめいがんばってるよ。おべんきょうも、おさほうも、けんじゅつだって、みんながいうとおりしてきたよ。どうして、まだがんばらなくちゃなんないの」
 周囲の期待が体を重くする。
 どんなに努力しても高くなる一方の期待には、背伸びをしても手が届かない。
 押し潰される。
 身動きがとれない。
「ワァ……たすけて、ワァ、どこにいるの?」
「またお前はワァか! 何時まで彼に甘えているつもりだ!」
 大きな黒い影が前を遮る。
「お前は私の子だと言うのに、どうして他の者より一歩も二歩も前に出られぬのだ!」
「でも、おとうさま、ぼくはいっしょうけんめいにがんばったんだよ。どうしてほめてくれないの?」
「誉めると言う事は、努力をし、その成果を皆に示した者に与えられるのだ。お前はどんな成果を儂に見せたというのだ!」
「でもぼくは……」
「また、「でも」ですか? その様な言葉を使ってはいけませんと、何度教えたら気が済むのですか?」
「おかあさま……」
「貴方の周りのお子は皆、その様な言い訳の言葉は使いませんよ。貴方も皆と同じ様にしなければなりません」
「でもおかあさま、みんなはだっこしてもらったり、ごほんよんでもらったり、あそんでもらったりしてるんだ。どうしてぼくはそれをしちゃだめなの?」
「ソルティアス! またその様な戯れ言を言うのか! お前は私の後を継ぎ、この国の王となるのだぞ、その様な何時までも子供みたいな事を何故口にする!」
「そうですよ、何れこの国を貴方が動かさなければならないのに、その様な事を言っては困ります」
「でも、でも……ぼくはおうさまになりたくないんだ」
 泣き出しそうなその顔を撫でてくれる手は現れない。
 後ろを向き、去っていく乗り越えられない影が、一番の恐怖だった。
 誉められたい。