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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 自分自身に言い訳をしても始まりはしない。
 瑞姫が心配ないと言ったのに安心しきっていた自分の浅はかさだ。瑞姫の後ろの者達は、瑞姫が関知しなければ気が付かない存在だと言うのをすっかり忘れていた落ち度だ。
「んん〜ああ〜まぁ〜〜」
 今度はソルティーの方から顔を逸らし、訳の分からない言葉を発しながら、適当な言い訳を考えたが、こればっかりは思いつかない。
「彼女はぁ、友達だ。そう、友達」
 取って付けたソルティーの言葉に恒河沙は目を細め、
「……友達と抱っこするのか?」
「…………」
――其処を見たのかぁーーーっ!!
 徐々に顔色が悪化していくソルティーに、恒河沙の疑惑に満ちた視線が突き刺さる。
 別に好きで抱き合った訳でもなければ、示し合わせて会った訳でもない。しかもソルティーは瑞姫に言われたからそうしただけであって、それも治療としてだ。
 間が悪いとしか言いようのない現場を見られただけだ。
「どうなんだよ」
 完全に言葉を失ったソルティーに、此処まで来たら徹底的に聞くつもりで、恒河沙は声を大きめに詰め寄った。
「あ、あのな、彼女とは色々あって、別に……」
「別に?」
「……はぁ」
 どうしても良い嘘が出てこない代わりに溜息が出た。
 頭を抱え込んで、穴があったら入りたいと真剣に思う。
「彼女は……協力者だよ。友達と言ったのは強ち嘘ではないが、私が旅を続ける為の、欠かせない協力者だ」
「なんだよそれ」
「それは秘密だ。名前も身分も隠している人だから、言えないよ。抱き締めたのは………………、そうしろと言われたからだ。したくてした訳じゃない」
 もしもこれを瑞姫が耳にしていたら、どんなに気分を悪くする事か。
「彼女とは色々あって、私が此処に居るのも総て彼女のお陰だ。だから、彼女の言う事には逆らえない」
 心の中で瑞姫に頭を下げながら、彼女を悪者にした。
 そうでもしないと恒河沙が納得する言葉にはならなかったのだが、どうして自分が彼に対して其処までしなくてはならないのか気が付いていない。
 なかなか会えない恋人とでも言ってしまえば楽になるのに。
「なんで、ソルティーがそんな奴の命令を聞くんだよ。そいつそんなに偉いのか?」
「偉いと言えば偉いな。でも、偉いとかそんな事よりも、私が受けた恩の大きさの問題だから」
 今回の事にしたって、彼女なりの気遣いからで、彼女の言葉を命令とは感じられない。
 徐々に自分自身の言葉に納得していくソルティーの顔を見ながら、恒河沙も徐々に気持ちが軽くなっていくのを感じた。
「好きじゃないの?」
「前にも言っただろ? 母に近い人だって。大切にしたいと感じてはいるが、恋愛感情での好きとは違う」
「それ……くれたの、あいつだったんだ」
 ソルティーの耳飾りを指しての言葉に、ソルティーは頷くだけで答えた。
 恒河沙はアルスティーナの存在を知ってからは、この飾りはてっきり彼女からの物だと信じて疑わなかった。
 しかも今の「母親に近い」と言った彼の言葉は、もっと上の年齢を連想させる為に、直ぐに納得はし難がったが、先刻の様に焦った嘘を言っている感じはなかった。
「恋人じゃないんだ」
「違うよ。作る暇もない」
 そんな考えは浮かんでも来ないと、二人の男を思い出しながらソルティーは言った。
「そっか……」
――良かった。
 いい歳して女の一人も居ないソルティーには悪いが、ほっとした。
「それに、彼女にはそう言う人はちゃんと居るから」
 瑞姫が聞いたら間違いなく爆発しそうな言葉だが、ソルティーは慧獅達のどちらかがそうだろうと思っていた。
「そっか、でも、ほんとに秘密?」
「秘密。済まないとは思っているけど、誰にも言わないと誓ったから。……本当に、話せない事が多いな、御免……」
「いい、謝んなくていい。ソルティーは悪くないから」
「ありがとう」
 礼の言葉と共に見せられた微笑みに、恒河沙は顔を赤くする。
 ソルティーに笑いかけられると、どうしてか心が温かくなる気がする。そしてそれが、自分だけに向いていればいいのにと考えてしまう。
 少しずつだが大きくなっていく独占欲。
 出逢った頃に感じた共感は不思議と今は感じられず、別の形へと変わりつつあった。
「さてと、そろそろ戻らないと、お前が休む時間が無くなってしまうな」
 まだ夜明けまでは時間があると、ソルティーは立ち上がる。
「ん? 此処で寝るのか?」
 座ったまま自分を見上げる恒河沙に首を傾げ、彼が首を振るのを確かめる。しかし何時まで経っても動こうとはしない。
 代わりに恒河沙は腕をソルティーに向けて上げ、そのままの姿勢で待った。
「お前はぁ……」
 楽しそうに自分を待つ恒河沙に呆れながら手を伸ばして、抱き起こすように彼を立たせた。
――確かに甘やかしているな。
 そう思っていても、どうしてか体が動いてしまうのだ。
 此処に須臾が居れば、また泉に突き落とされかねないと表情を曇らせるが、立ち上がって嬉しそうに自分を見ている恒河沙を見ると、それでも良いかと思ってしまえた。

「そう言えば、本当に此処に来た記憶ないのか?」
「うん。ぜんぜんない」
 戻る道すがら改めて聞くソルティーに、恒河沙は間髪入れずにそう言い切った。
――本当に夢遊病の気が有るとか? そんな訳はないか。
 当人が記憶にない事を詮索も出来ず、尚かつ情報は少ない。何故と疑問は残るが、ひとまずはもう二度となければ良いと思うだけにした。
 何より、恒河沙自身がもうそんな事は頭の片隅にも置いていないのだ、考えるだけ無駄な話だろう。



 アストアの森を抜ける旅は長く続く。
 ソルティーと恒河沙が夜の見張りを抜けた事は、誰も気付きはせず、不調を訴える者も居なかった。予定通り泉を後にして、また代わり映えのない日々が始まる。
 恒河沙の不可思議な行動や、須臾さえも気付かなかった事を思えば、警戒を怠る真似は出来ない。しかし、今回の事が恒河沙本人だけの行動でなければ、その事に気付けなかった事は、そのまま命取りにも通ずるだろう。
 こと今回に限り、森の安全神話は崩れ去った。
 妖魔の存在はその第一だ。
 人にも精霊にも属さない、物質では無い存在が、容易に森に進入できるのだ。これから先、必ず現れるだろう敵の正体を、何と言って説明すればいいのか。
 古の時代、あやかしと呼ばれた存在は、今でも人の世に有り続ける。
 一度ならば偶然で片付けられるが、二度三度となれば必然となる。人成らざる者を敵とする自分を、果たして彼等はどう見るのか。
 人成らざる者を滅ぼす、人の身では不可能な現実に、矢張り人成らざる者と思うのか。
 次が分かれの道だと心に決める。
 二度目の人成らざる者との対峙が、そのまま自分自身への対峙だと、ソルティーは二人の若者の後ろ姿を眺めながらそう思った。
 そして、その日はそう遠くなく自分に訪れるとも、周囲の異質な気を体に受けながら感じた。





「はぁあ、ったく、これじゃあ何の為に会いに行ったんだかわかんない」
 道端の石ころを蹴飛ばし、だらだらと農道を歩く瑞姫は、延々独り言を繰り返していた。
“抱き付きにでしょ?”
“他に有ったかしら?”