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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「悪かったと思うなら、二度と木を切るな。戻ったらその精霊に謝ろう」
「うん」
 還らない命には申し訳ないと思うが、これ以上恒河沙が落ち込むのは見たくなかった。
 ソルティーの言葉は気休めにしかならないかも知れないが、それでも起きてしまった事は後から結果を変える事は出来ない。ならば起きてしまった事よりも、残された自分自身に出来る事を前向きに考える方が本当に大切な事なのだと、そうソルティーに信じさせたのは恒河沙だった。
 だから恒河沙には後悔をして欲しくなかった。
「それから、今の話は秘密だ」
「どうして?」
「精霊は理の力の集合体だろ? こんな話が誰にでも知れ渡ったら、森の木は力を求める奴等に切り尽くされてしまう」
 それ故の不可侵。
 その為の契約。
 森が森である為に、誰かによって植え付けられた、森の掟。
「うん、誰にも言わない」
「約束だからな」
「うん、約束する」
 見えていないのは判っていて恒河沙は胸を張ってそう答えた。
――ソルティーと俺だけの秘密がまた増えた。
 隠せない嬉しさを、首に巻き付かせた腕に力を入れる事に変えて、恒河沙はソルティーの肩に顔を埋めた。
――なんか、すっげぇ気持ち良い。
 喜怒哀楽を総て昇華した所為か、急激な睡魔が恒河沙を襲った。
 ソルティーに背負われたままなのに悪いと何度か無理をして抗ったが、ゆっくりと歩く振動が余計に心地良くて、直ぐに恒河沙の意識は深い眠りに落ちていった。
「……?」
 ソルティーの腕に掛かる重みが増し、立ち止まって後ろを伺うと、寝息をたてる恒河沙が見え、納得してまた歩き出した。
――これで須臾への言い訳が出来たな。
 変な言い掛かりは極力避けたい。
 特に須臾の様に、火のない所に放火する者からの言い掛かりは。


 流石に、たった一人暗闇の中に置き去りにされた須臾の怒りは、生半可なものではなかった。その前の分も加算されているのだから、須臾の独り言は延々ソルティーの悪口に終始していた。
 しかし、漸く訪れた迎えの姿を見て、始めに出た須臾の言葉は同情を含んでいた。
「お疲れ様」
 ソルティーの疲れた顔を見れば自分が待たされている間、どんな目にあったのかは、長年の恒河沙との付き合いで判っている。そして恒河沙のソルティーへの執着を考えれば、自分の倍は苦労をしたと考えても間違いではない。
「遅れて済まなかった」
「まっ、何があったか、聞く気は無いけどね」
 泣きはらした跡の残る恒河沙を見つめ、どことなく沸き上がる一抹の寂しさを感じる。
――もう、お役御免なのかな。
 ずっと自分の役割だと思っていた事が無くなりつつある。それはそれで「何時かは」と考えていた事だ。
 問題なのは、相手がソルティーと言う未だに得体の知れない人間だと言う事。
「私達が戻ってこられないと、死んだと言われたらしい」
――聞く気無いって言ったのになぁ。
 余計な詮索をされたくなかったからか、はたまた彼なりのけじめなのか、帰る道すがら恒河沙の暴れた理由を口にした。
「そっ。それじゃあ暴れても仕方ないね。しっかし、相変わらず頭に血が上ると何も考えられないんだから、馬鹿だよね」
「そう言うな、一応心配してくれた結果なのだから」
「……ソルティーも相変わらずこいつに甘い。ちゃんと、悪い事は叱るのが子育ての基本だよ。あんたと会ってから、どんどん甘ったれになってるんだから。良い? 子供の躾は五歳まで」
 人差し指を胸の前で揺らし、教育者の口振りにソルティーは笑った。
「まるで母親だな」
「そっ、こいつのおしめ取り替えたの僕だからね。流石にお乳はあげられなかったけど、他の面倒は全部僕がしてきた。……僕が育てたんだ」
 須臾にとってそれがどれだけ自慢の種だったか、顔を見なくても声だけで判る。
 ソルティーにとってのハーパーと同じ、本当の家族以上の存在だと伝わってくる。
――だからまだ、あんたには渡さない。
 幾ら恒河沙が彼を選ぶといっても、まだそれを受け入れる事は出来そうにない。
 せめてソルティーが何者かを知り、恒河沙に相応しいかどうかを自分で見極めるまでは。
――ソルティーが女だったら別に問題ないんだけどなぁ……気持ちわる。
 自分が勝手に想像してしまった事に、本気で口を押さえて顔色を変える須臾を、ソルティーは首を傾げて不思議に思うが、須臾がそれを口にする事はなかった。





「……あ…あんた等、生きて……」
 恒河沙によって木の幹に打ち付けられ、傷を負ったイニスフィスを介抱していたテレンの驚きの声に、ソルティーと須臾は苦笑を浮かべた。
「あ〜あ、見事な暴れっぷりだぁ」
 須臾は倒された木に駆け寄り、綺麗な切断面を覗き込む。
 その言葉が気に障ったのか、テレンは肩を怒らせながら二人の方に駆け寄ってきた。
「なっ! 何が見事だと言うんだっ! こっちはあんた等の所為で、危うくこいつに殺されかけたんだぞっ!!」
 ソルティーの背中で熟睡している恒河沙を指さし、怒りを露わにしたテレンに須臾は溜息を吐いた。
「あんたの言い分も判らないでもないけどさぁ、こっちだって被害者なんだよ? 好きで離れた訳じゃないし、好きで恒河沙を一人にしたわけじゃないの。第一、恒河沙を怒らせたのは、僕達じゃない、あんた達だろ? 残されて不安になってるあいつに、死んだだの、戻ってこないなどと言ったら、ぷっつんするのわかんない?」
「被害者だとっ?! 何をふざけた事をっ! こっちが被害者だっ! 見て見ろっ、イニスフィスは怪我を負わされたんだぞっ!」
「……駄目だこりゃ。ソルティー、任せた」
 須臾の話に耳を貸さない所か、反対に顔中の血管を浮き上がらせたテレンに、須臾はさっさと退散した。
 始めからテレンが自分達に対して、余り良い印象を持っていない事は判っていたのだから、こうなってしまったからには彼の怒りがそう簡単に納まるとは考えられなかった。
 説得の引き継ぎを言われたソルティーは、須臾と同意見ながら、これ以上話を拗らせるのは避けて、ひとまずテレンから目を逸らし、全身を走る痛みに呻くイニスフィスに焦点を合わせた。
「彼は、酷いのか?」
「当たり前だっ! こいつにぶん投げられて、骨が折れてるかもしれん」
「そうか……、須臾、見てやってくれないか」
「えっ僕? ………はいはい、判りましたっと」
 傍観者になろうとしていた須臾にイニスフィスを任せ、自分は背負っている恒河沙を自分達の荷物の場所で降ろし横にする。
 しっかりと握り合わせられた手も眠りの中で外され、無意識の意識でソルティーの気配を感じているのか目覚める事もなかった。
「須臾っ」
 荷物の中から治療用の封呪石の詰まった袋取り出し、イニスフィスの容体を確かめていた須臾に投げて渡す。
「大丈夫、骨は折れてないよ」
 暫くして飛んできた須臾の言葉に一応の安堵をする。
 すり傷や打ち身なら直ぐに治せるが、骨が折れていたら封呪石でも治せない。新陳代謝を促進させるだけの効力しか、封呪石には備わっていないのだ。
「さて、どうする?」
「どう……だってっ?」
 完全にテレンの事など無視していたソルティーに急にそう切り出され、テレンはまた別の怒りに身を任せた。