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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 やっとその姿に安心してソルティーは走るのを止めたが、恒河沙の勢いは止まらなかった。
――げっ!
 とんでもなく失礼極まりない感想だったが、正直避けられるものなら避けたかった、と思ってしまうほど、勢いの乗った恒河沙の体は体当たりに近い状態でソルティーに受け止められた。
「ソルティ〜〜〜〜」
 受け止めたは良いが、勢いに負けて体勢を崩してソルティーは首にへばりついた恒河沙共々倒れて、しこたま後頭部を木の根で打った。
 痛みは感じなくても意識が遠ざかり掛け、それを引き留めたのも恒河沙の声だ。
「ソルティ、ソルティ、ソルティー」
「………恒河沙」
「ソル…」
 二度恒河沙の頭を優しく叩いてから両腕で抱き締めると、泣きやんだ訳ではないが、やっと名前の連呼は納まった。
――泣かれるのは得意じゃないんだがな。
 しゃくり上げる体を感じながら、何を言って良いのか浮かんでこない。
 暫く考えて、この状況を造ったのは自分なのだから、気が済むまでこうしている方が良いだろうと結論を出し、恒河沙が自分から何かを言い出すのを待った。

 恒河沙が泣きやんだのは、ソルティーの髪や、鎧の下の服がぐしょぐしょに濡れそぼってからだった。
 それでも彼が離れる気配はなく、両腕を解くと逆にしがみ付いてくる始末である。
「恒河沙、いい加減座って話をしないか?」
「……やだ」
「こ……ハァ……」
 ふてくされてしまった恒河沙に目眩を感じ、片手を額に当てて溜息をもらす。
「置いていって悪かった。あの時は仕方なかったんだ。しかし、お前には悪かった」
 空いた片手を恒河沙の肩に置き、心からの謝罪を口にする。
 しかし、恒河沙はその言葉にやっと顔を上げると、不思議そうな表情でソルティーを見下ろした。
「そう言えば、どうしてソルティー居なかったんだ?」
――そう言えば、って……。
「起きたらソルティーも須臾も居ないし、槍出てるし……」
 そこまで言って、また恒河沙の頭はソルティーの肩に埋められた。
「恒河沙?」
「そしたら、彼奴等ソルティーもう帰ってこないって、死んだんだって……」
 そうして再度泣き始めた恒河沙に、漸くソルティーは彼のこの状態の理由が理解できた。
 森の性質を理解していれば、アスタートの言い分は正しい。彼等の様に加護を受けた者であっても、今進んでいる方角が判る程度なのだから、どこに行ったかも判らない者を探すというのは不可能だ。
「悪かった、心配かけて」
 迷って当たり前、死んで当たり前の常識の中で、幾ら恒河沙が訴えたところで、森を熟知していると信じて疑わないアスタートが、外の者の言い分を聞き入れるはずがない。
 死んだと言われても仕方がないのだから、イニスフィス達を責める気にはなれず、反対に須臾虐めに夢中になっていた自分を反省だけだ。
「ソルティー……もう居なくなんない?」
「………」
「なぁ」
「……ああ」
 直ぐに後悔すると判っていて、今だけの安心を与える為の嘘。
「良かった」
 耳元近くで聞こえた呟きは、信じ切った安堵の言葉だった。

――私は始めから居ないんだよ、恒河沙。

 叶えられるならなんとしても叶えてあげたい。
 笑って何を言っているんだと言えたなら。

「須臾を迎えに行かないと」
「……あ! そうだ」
 これを須臾が聞いたら、さぞかし落胆するだろう言葉と共に恒河沙が頭を上げるが、それ以上先の動きはなかった。
「一人で行く気はないから、このまま寝てても迎えに行けないだろ?」
「ん〜〜」
 何故か、嫌がる素振りを見せるのに、ソルティーは溜息を吐きながら無理矢理上体を起こした。
 それでも恒河沙の腕は首に巻き付いたままで、膝の上に座り込んで動こうとしない。
――おいおい……。
 呆れて無理矢理引き離そうとしたら、余計に強くしがみつく。
 本気で離れたがらない恒河沙に、最後の強硬手段として、体を持ち上げそのまま立ち上がり手を放すが、地面に着かない足も気にせずぶら下がられた。
「恒河沙……」
 意地になっている様子の彼を、一端地面に立たす為に身を屈めて、なんとか説得するも、総ての問い掛けに恒河沙は答えなかった。
――親猿になった気分だ。
 このままぶら下げたままでも、恒河沙の体重ならそれ程苦にもならないだろうが、その自分の姿を想像すると情けないものがある。
 眉間に皺を寄せて思索した結果、ソルティーは恒河沙の腕をそのままにその場にしゃがみ込んだ。
「腕は離さなくても良いから、お願いだから後ろに回ってくれないか」
 今度のお願いには素直に応じた事にほっとして、後ろに回った恒河沙の脚を掴んでから立ち上がった。
 前にぶら下げるよりかは背負った方が遙かにましだ。
「鎧は痛くないか?」
「うん」
「……そうか」
 掌を返した素直さにまた溜息を漏らすが、背中の相手はそんな事これっぽっちも気にしてい様で、ソルティーの溜息はなかなか収まりを見なかった。
「須臾はどうしたんだ?」
「ん? ああ……途中で置いてきた」
 必要に迫られての事でも、結果的に長い時間彼をあの場所に放置してしまった事に罪悪感がわき出る。
 須臾が無闇な行動をとらないと信じての事だが、恒河沙ではないがソルティーも途中すっかり彼の存在を失念していた。
「場所分かるの?」
 自分がソルティーの所まで真っ直ぐに辿り着いた事は完全に忘れているし、ソルティーもそれには彼の野生の感と運が功を奏したのだと考えるだけにした。
「ああ。まあ、教えて貰っているんだが」
「誰に?」
「周りの樹木達に」
「木と話できるのか?」
 すごいと驚きながら喜ぶ恒河沙が背中で暴れ、もう少しでその木とぶつかるとこだった。
「まさか話は出来ないよ。ただ、気配で教えてくれるから、それを辿っているだけだ」
「でもでも、それってすごいじゃんか。あっ、んじゃぁ、案内人要らないんじゃないか?」
「無理だよそれは。此処の木は眠りが必要なんだ。今日は特別に、無理して起きて貰っただけだから……そう言えば恒河沙、お前木を切っただろ」
「あ……うん」
 急にソルティーの語感が強くなって、彼が怒っているのが判り、恒河沙は彼の背中で小さくなった。
「もう二度と、何があっても森の木を切るな。森の樹木は普通の木とは違う」
「どう?」
 聞き返されるのは判っていたし、教えない道理も思いつかない。
 しかし、この世界の輪から外れた自分が、人の記憶から消し去られた事実を口にして良いのかと迷い、考えた挙げ句この事においては嘘を止めた。
「……精霊が宿っているからだ。一本一本に、弱い精霊が住んでいて、その木を切ればその精霊も消滅してしまう。普通の木は理の力の循環で別の命に変わるが、精霊はもう二度と戻ってこないんだ」
 樹霊王率いる精霊は、他の精霊とは異なる存在だ。
 決して新しい精霊として生まれ変わりはしない、減少し続ける運命を背負わされている悲しい精霊達だ。
「ほんと……?」
「ああ」
「じゃあ、俺、精霊……殺しちゃったのか?」
 微かに首に回されている腕が振るえているのを感じ、ソルティーは教えて良かったと安堵する。
「お前は知らなかったんだ。いや、殆どの人は知らない事だ。……仕方なかったんだ」
「でも……」