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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 息のあった言葉を掛け合いながら、二人の足取りは速度を増した。
――暴れてるだろうなぁ。
――樹を傷付けていなければいいが。
 どちらとも想像するのは最悪な状況だった。
 恒河沙の短絡的な性格を熟知しているからだが、熟知しているからこそ、もうすぐ何が起こるかを正確に予想できていた。




 案の定、ソルティー達の予想は外れていなかったのだが、イニスフィスとテレンにしてみれば予想外の展開だった。
「もう待てないっ! 俺、探しに行くっ!!」
「ちょっ、ちょっと、一人で森を行くなんて、生きて帰れないだろっ!」
 恒河沙は大剣を片手に森の奥へ歩き出そうとし、イニスフィスが咄嗟に飛び付いて止めたが、簡単に振り払われる。
 人としては小柄な恒河沙と、アスタートの中では大柄な方のイニスフィスでは、そう体格に差はなかった。しかしまるで枯れ葉を払う様な動作で退けられ、イニスフィスは目を丸くして恒河沙を見つめ、それを見返す視線は今までの子供らしさの微塵も感じさせない、冷淡な眼差しだった。
「だったらお前等のどっちでもいいから案内しろよっ!」
「あのな、何いきがってんだか知らんが、ちっとは人様の迷惑感がえろよな」
「テレンッ!」
「なんだとっ?!」
 早々にソルティー達を亡き者と結論を下していたテレンは、イニスフィスの制止も聞かずに恒河沙に向けて唾を吐いた。
「良いか、この森はアスタートの森だ、樹霊王様の森だ。俺等みたいな加護の無い奴が、迷い込んで生きて居られる筈がないだろ?」
「てめぇ……」
 始めから終わりまで人を小馬鹿にしたテレンの物言いに、恒河沙の目がつり上がる。
「この森は人間なんかが入れる場所じゃねぇんだよ。ったく、何が案内しろだ、森の恐ろしさも知らねぇくせに、勝手に居なくなった奴をどうして捜さなきゃなんないんだよ」
 まるで心配する方が愚かだと言わんばかりに、片手がひらひらと舞う。
「だから俺はこんな仕事は嫌だったんだよ。ニーニアニー様の命令じゃなければ、誰が馬鹿な人間の案内なんかするかよ」
「テレンッ、言い過ぎだっ!」
 唇を噛み締め、怒りに震える恒河沙を見て、イニスフィスがテレンの口を塞ぎに行くが、テレンはその手を払い除けてまで、何も言わなくなった恒河沙に追い打ちを掛けた。
「諦めろ、諦めろ。もう彼奴等が助かるわけねぇだろ、もう死んでんだよっ!」
 テレンの最後の言葉に恒河沙の肩が弾かれたように震えた。
 地面に落ちた滴が吸い込まれた時、大きく恒河沙の体が前に傾いた。
「ふざけんなっっ!!」
 テレンに向けて全身で踏み込み、両手で掴んだ柄に力を込める。
「………!」
「ーーーーっ!!」
 避ける事も、身を屈める事も許さない早さで振り下ろされる大きな剣身を、二人は見つめる事しか出来なかった。
 恐ろしさに体が硬直して動かなかったのだが、気が付けば恒河沙の剣先は地面に突き刺さっていた。
 そして、彼等が背にしていた木が、轟音を響かせながら横に倒れた。
「ふざけんなよ、誰が死ぬんだよ。お前か」
 地面から剣を抜き、その切っ先を恒河沙は迷うことなくテレンに向けた。
 喉元に突きつけられた剣先は鋭利ではなかったが、その冷たさと、普段の怒鳴るだけの恒河沙とは思えない、冷静な声音がより彼の本気さを物語っていた。
「どっちがいきがってんだ、ええ? 俺はなんにもしないで、わかったふりしてる奴は大嫌いなんだ」
 冷酷な輝きを宿す異形の瞳がテレンに死ねと言っていた。
「……やっ止めて下さい、テレンのことは謝りますっ、案内もしますっ、だから止めて下さいっ!!」
 全身に震えが走ったままだが、正気に戻ったイニスフィスが恒河沙の腕に縋り付く。
 しかし、幾ら力を加えようと恒河沙の腕はびくともせず、逆にテレンの喉にもっと深く食い込む。
「いい、もう決めた。この森の木、全部ぶった切って探した方が早い」
「止めて下さいっ!!」
「うるさい」
 恒河沙はイニスフィスが掴んでいた腕を彼の体ごと持ち上げ、横にそびえる幹に叩き付けた。
「イニスフィスッ!!」
 幹に背中から叩き付けられ、ぐったり地面に落ちたイニスフィスにテレンは叫んだが、イニスフィスは指の先も動かさなかった。
 駆け寄りたかったが、恒河沙の剣先はそれを許さない。
「貴様……」
「お前等ソルティーの代わりに死ねよ」
 歯の根が会わない状態で、それでも自分を睨み返すテレンに、笑いながら恒河沙は理不尽な言葉を吐いた。
 その言葉が本気だと感じ、恐怖心から目を閉じ、死を意識したテレンの喉元から剣先の冷たさが消えた。
 そして周りを満たしていた殺気も消えた。
「………?」
 恐る恐る目を開けたテレンの目の前には、先刻とは打って変わって泣き出しそうな顔で斜め後ろを向いていた。
「……ソルティ……」
 小さく呟いて、大剣をその場に放り出した恒河沙は真っ直ぐ自分の見つめていた方角、ソルティーの微かに残した足跡の方へと走り出した。
 その少し後、
「恒河沙っ」
 ソルティーの声がテレンにも聞こえた。


 あまり離れていない場所から聞こえてきた木の倒される音に、ソルティーと須臾は蒼白になった。
「あんのっ馬鹿ぁ〜〜っ!!」
 予想通りの結果に須臾は走りながら頭を抱え、横を走るソルティーの表情が妙に険しくなった事には気付かなかった。
――しまった。
 何が起きているか、その原因がなんなのかも判っているが、ソルティーはこれ以上恒河沙が訳もなく木を切り倒す事がないのを祈った。
「須臾っ、もっと速く走れっ!」
「そんな事言ったって、元々、僕は肉体労働に、向いてないんだ」
 それでなくとも須臾の体の疲労は頂点に達しているのだ、走り続けているだけでも誉めて欲しい。
「置いていく、此処で待っていろ」
 無情な一言を言い残し、ソルティーは一気に須臾との間を広げた。
「嘘?!」
 暗闇に消えたソルティーを須臾は呆然と見つめた。
「ちょっと待ってよっ!!」
 慌てて追い掛けようと速度を速めたが、その足は急に前に動けなくなった。
「嘘だろ……」
 先刻まで確かに存在していた方向感覚が消えてしまった。
 今自分が見ている方が確かに前の筈が、自信を持ってそうだと言い切れなくなってしまった。
「どうしてえぇぇぇぇぇ!!!」
 いきなりの出来事に須臾は立ち尽くして頭を抱え込んだ。
 そんな須臾を置き去りにしたソルティーは、続けざまに届かなかった伐採の音にひとまず安心したが、顔色は冴えないままだった。
――恒河沙、お前が切ったのは精霊なんだぞ。
 それは、現在ではアスタートのみが知るこの世界の基盤。
 森が保護される理由。
 恒河沙になら教えても別に差し支えは無さそうだが、もし知っていても恒河沙なら平気で切りそうだ、と、ソルティーは不安を抱えながら暴走している恒河沙に向かって更に足を早めた。
「恒河沙っ!!」
 もうすぐだと思って出来る限り大きな声で彼を呼んだ。
「ソルティーーーーーッ」
「恒河沙?」
 想像の範疇を越えて早く返ってきた返事に戸惑ったが、声の直ぐ後に目の前に現れたのは、間違いなく泣きながら突進してくる恒河沙だった。