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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「それでも人間かっ!!」
「この際、堕ちよう」
 清々しいばかりの微笑みがソルティーの顔に浮かんだ。
 最初で最後の怯み怯えきった須臾の顔が楽しいと思いながらの、心からの笑顔だった。
「それじゃさよなら、須臾」
 言い終えると同時にソルティーは一瞬の躊躇もなく間合いに踏み込み、剣を翻した。
 狙いを定めたのは、須臾が大事にしている彼の顔。
「ひぃっ!! ……」
 森の闇の中でも鈍く輝く剣が避ける間もなく眼前に迫り、須臾の両腕は無意識に顔の前で交差する。
 それは恐怖に対する自然な行動であり、同時にもう一つの方法が“彼”には在った。
「喰らえ」
 ソルティーは剣が須臾に突き刺さる寸前に分断された気配へと、寸分の狂いもなく剣の軌道を移した。
 そして須臾の髪を擦りながら突き出された剣は、確実に何か別の気配を捉え、目映い光を放ちながらその気配を吸収した。
 気配が完全に消滅するのに殆ど時間は掛からず、剣の発光も直ぐに途絶えた。
「……ふう、っと」
 剣を鞘に収めると同時に、防御姿勢のままだった須臾の体が、力を無くした人形の様に崩れ落ちた。
 その彼を、自慢の顔が地面に激突する寸前に、ソルティーが腕を捕まえて支えると、切れ切れの声が耳に届いた。
「……どうも、あんがとさん」
「いや、礼には及ばない」
 非常に納得しかねる情けないこの状況に、本来の須臾が悔しそうに礼を言い。ソルティーは気が晴れたと言いたげな笑いを含む返事をした。



「もしかしなくても、ソルティー様は僕をお殺しになられる気が、とっても御座いましたですよね?」
 僅かな間でも妖魔に体を奪われていた須臾の体力は、珍しく“本気で”満身の疲労を訴える程に弱っていた。
 ひとまずその場で休息する事にしたのは良いが、理由はともあれ殺され掛けた事で、機嫌さえも最悪になっていた。
「生きてるじゃないか。怪我一つさせてないのに、何が不満なんだ」
 殺すつもりはなかったとは言わない正直な返答に、須臾は露骨に口を歪めた。
「あのね……。すっごぉく、深い恨みを僕は感じたんだけど。あれ、最初から最後まで全部本気だっただろ?」
「何か言ったかな? お前を助けるのに必死だったから覚えてないな」
「ほほう、僕が財布盗んだとか、ツケの支払いの事とか、全く記憶にないと?」
 どうやら体を奪われていても、意識だけはハッキリとしていたらしく、ソルティーの恨み辛みが隠った言葉が、今度は須臾自身の口から吐き出された。
 しかしこれは、ソルティーを追い込む話にはならなかった。
「そう言う話は思い出さない方が身の為じゃないか? ――お前が覚えているなら、これからは私も忘れないし、金銭に関してはしっかりとしていこう」
「……あ……あ〜〜何の話だったでしょうか、ご主人様。僕はな〜〜んにも覚えてませんよ、はい。ご主人様自らの手でお助け頂きまして、心から感謝致しております」
「良い判断だ」

――く……くそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 木の根に腰を下ろして、どれだけ憎々しげにソルティーを見上げても、彼の楽しげな笑みは深まるだけだ。
 しかし何を言った所で、結果は同じだ。それどころか温情まで与えられているのに、これ以上何か言えば恥の上塗りにしかならない。
「ハァ……、でも、もし憑依されたままだったら、正直どうするつもりだったんだよ?」
 表面上は物分かりの良い須臾でも、流石に体を乗っ取られるまでになってしまった事への不安は、そう簡単に拭い去れない。だからこれは不満ではなく、純然たる疑問が肩の力を抜くと同時に勝手に溢れでた。
「どうすると言われても、あの場合は他に方法が無かった。と、納得しないか? 終わり良ければ総て良しって事で良いじゃないか」
「嘘だっ! 絶対、ぜぇーーーーったいっ、他に方法は有った筈だっ! だってっ、ソルティーの顔、無茶苦茶余裕だらけだったっ! 僕は一生忘れない、あのっ初めて見るソルティー・グルーナの生き生きした表情をっ!! 人が窮地に陥っているというのに、笑いながら人を斬りつけようとした事を、僕は生涯忘れるもんかっっ!!」
 髪を振り乱しながら、喚く、叫ぶ、地団駄を踏む。
「しかも……しかもぉ〜、こんな奴に助けられただなんてぇ〜〜〜っっ!!!!」
 結局はどうやっても本心を隠せず猛烈に悔しがる姿に、ソルティーは更に胸を躍らせた。
 どうせ明日になれば、須臾は元に戻るに決まっている。ならば今の内にがっくりと肩を落としてぶつぶつと文句を垂れ流す彼を、たっぷりと見学するだけだ。
 この“須臾様自尊心粉々事件”は、確実にこれから先ずっと尾を引くと思われるが、ソルティーにしてみればこんなに清々しい気分は久しぶりだった。
「さて、そろそろ帰った方が良いんじゃないか?」
 気持ち的には、文句が呪詛に変化する程の須臾の凹み具合を、もう暫く見物していたかったが、いつまでもと言うわけにはいかない。そう思って須臾に語りかけるが、聞こえていないのか、無視をしているのか彼はピクリとも反応しない。完璧に鬱世界に入ってしまっているようだ。
「おい、向こうで恒河沙が心配しているか……も……」
 そこまで落ち込む程かと呆れながらも、もう一度呼びかけようとした時、ソルティーはある事を思い出した。
「須臾っ!!」
「えっ?」
 ソルティーは項垂れていた須臾の腕を掴み、力尽くで鬱世界から引き戻し、ついでにそのまま走り出した。
「何? 急にどうしたんだよ?」
 須臾は転けそうになるのを必死に堪え、なんとかソルティーの速度に合わせたが、突然顔つきを焦燥に変えた彼には、ただ戸惑うだけだ。
「……お前を追い掛ける時、恒河沙の頭を落とした。膝を枕にしていたから」
「はぁ? ………だぁははははは」
 須臾が笑い飛ばしたのは、先刻まで自分を笑っていたソルティーの表情があまりにも必死だったからだ。
 ここぞとばかりの意趣返しである。
「笑い事じゃない!」
 なんの疑いもなく前を見て走るソルティーの手を放し、自分の力で須臾も走る。
「しっかし、別にそんなに血相変えなくても、あいつの頭は頑丈だよ」
 他の者ならいざ知らず自分やソルティー相手なら、恒河沙は頭を殴られても怒らない。怒るのは食事を奪われる時くらいだろう。
――まだまだソルティーは彼奴を判ってないねぇ〜〜。
 余裕を持って焦るソルティーを内心で小馬鹿にするものの、それは長くは続かなかった。
「そうじゃない! 幾ら何でも頭を落とされたら、恒河沙だって目が覚めるだろ」
「そりゃそうかも知れないけど」
「だったら起きた時に何がある。お前も私も居ない、しかもお前の槍が置きっぱなしの状況で、あの子がそのまま大人しくしていると思うのか?」
「なぁるほどぉ……って、ちょっとまじっ?!」
「もうそろそろ、恒河沙の忍耐の限界の筈だろ?」
 そう問いかけられ、須臾の血相も変わった。
「って言うか、もうとっくに限界突破してる!!」
「何だと?!」
「彼奴一人だと、限界点は通常の半分以下! 暴れ方は三倍強!!」
「前もって教えていろ!」
「聞かなかっただろ! 兎に角急いで!!」
「お前が言うなっ! 誰の所為だ!」
「僕です! ごめん! 悪かった!」