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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 森の奥へ走り出した須臾を追って、急いで幹に立て掛けて置いた剣を手に、ソルティーも森の奥へ走り出した。
 しかしどうしてか、ソルティーの口元には、楽しくて仕方ないと言いたげな笑みが刻まれ、走る姿もどことなく軽快だった。


 一方、持ち上げられた物は、支えを失えば落ちてしまうもの。ソルティーが持ち上げた瞬間手を放した為に、地面に頭を強打してしまった恒河沙は、突然の覚醒に寝惚けた状態を引きずって体を起こすと、何が起きたのかときょろきょろと顔を左右に振った。
「……ソルティー?」
 どこを見ても先刻まで枕だった者が居ない。
 しかも、須臾もいつの間にか居なくなっていて、自分の横に須臾の槍が落ちているのに気が付いた時点で、眠気は一気に吹き飛んだ。
「ソルティーッ! 須臾っ!」
 慌てて立ち上がり、よろけながらも周囲に彼等の気配を探すが、その欠片も感じられない。
「どこ行ったんだよっっ!!」
 叫んでも出てきてくれない二人が、とても用足しに行っているとは思えない。
「どうしたんだ?」
 恒河沙の大声にやっと目が覚めたイニスフィスが恒河沙の元へ駆け寄ってくる。
 その表情は、城にいた頃の彼だった。
 暫くして眠そうに目を擦りながらも戸惑う二人の元へ来たテレンも、厳めしそうな顔付きながら元の彼に戻っていた。
「ソルティーが居なくなった……」
「居なくなったって、小便じゃないんか?」
 テレンが馬鹿馬鹿しげに後頭部を掻きながら呟くと、恒河沙は残された須臾の槍を彼に突き出した。
「これがソルティーの居たとこに落ちてたんだぞっ! 須臾は、よっぽどじゃないと槍なんか持ち出さないんだっ!!」
「あ…ああ……」
 泣く一歩手前の真剣な恒河沙の訴えに、ばつが悪くなったのかテレンの視線はイニスフィスに向けられた。
「まっ、まあ、もしかすると本当に用足しかもわからんし、なにかあったかもしれん。しかし、もう少し様子を見て、帰ってこなければ探しに行こう」
「でも……」
「なあに、お前の連れは強いらしいし、そう心配せんでも」
「そうだ。まあ今は、下手に動かん方が良い」
 落ち込みだした恒河沙を宥め、イニスフィスとテレンは互いに視線を送りながら、これからを思案した。
 一度見失った旅人を探す事は、殆ど不可能に近い。偶然にも見つけ出されたとしても、それは屍としてだ。その事は、森の住人である彼等が一番理解している。
 探す努力はするつもりだが、それが実るとは二人とも思っていなかった。
「ソルティー……」
 砂綬と言う森の案内人を知っていればこそ、恒河沙は渋々イニスフィス達の意見に従った。
 そしてソルティーの荷物を両腕に抱えて行ける範囲ギリギリの所に座り込み、じっと森の奥を見つめる事にした。
 そうしていれば必ずそこに彼が現れると信じて。


episode.18 fin