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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「誰がその様な恐ろしい事を考えるものか。父はただ、お主が以前申して居った事を、ありのままに王に申し上げただけよ」
 豊かな髭を撫でさすりながら、ハーパーの隣まで来ると横に腰を落ち着かせる。
 ハーパーの手の中でまた眠りだした王子を見つめ、そしてハーパーを見つめた。
「確かに、人全てが王や王妃の様なお方で有れば、何も問題は無いのだろう。だが情けないがお主の言う通り、人の中では悪しき考えを持つ者が居る。右左の大臣連中の争いは、見るに耐えないものがあるからな」
「ならば以前にも進言致したように、我等が一族の何れかが」
「またその様な愚かな事を。我等が今以上の地位を得れば、人は我等に恐れを抱く。例えこの国の者達がそうではないとしても、他国はそう取らぬ。そうなれば、また過去の愚行が繰り返される」
 過ぎ去った時を語る時に、ローダーは必ず怒りでも悲しみでもなく、疲れを感じさせる眼差しとなる。
 それがどれだけの艱難辛苦を抱えてかを本当の意味では知らないハーパーは、この時ばかりは何も言えなくなってしまう。
「父も人は愚かだと思って居る。だが全てが同じ愚かさではないのだ。王もそれを重々に存じ、悲しいかな危惧の念を抱いて居ったのも、また事実だ」
「父上……」
「苦言をはっきり言い、真実を見据える者が少なくなった。我等が居る限りこの平和を何人達とも崩させはせぬが、それには人のそれを望む心が必要なのだ。そして人を導くは人の役目であり、その人こそ王であろう。我等はその王となられる方を護り、そして人を導く者をそこへ導く者として考えよ。
 まだ若いお主には重責かも知れぬが、王が安心して王子を託せるのは、お主しか居らぬとお考えになられたのだ。お主にはその意味を見出して欲しい」
「父上の息子だからですか?」
「んん? これだけは胸を張って言えるが、父はお主の良い所など知らぬ。父に対して小言ばかりしか言わぬのだ、城でお主を誉めた事など一度も無いわ」
 軽く笑い飛ばすローダーの姿に、ハーパーは王子を吹き飛ばしかねない溜息を吐きながら肩を落とした。
 武門の誉れと慕われるローダーは、竜族でありながら深く物事を考えない単純明快な性格で、反対にその息子は、有り余る才能を無視して文官へと進んだ理論派だった。
 全く似ていないと言われる彼等だったが、一つだけ似ている所が有れば、それは虚を好まない所だ。
「しかし、お主の誠実さは誰よりも理解しているつもりだ。確かに儂の後ろ盾を王は考えて居るのかも知れぬが、お主の誠実さがこの事を導き出したのかも知れぬ。ただ一つこの父でも言える事は、お主の言う通り、このまま城で王子をお育てすれば、間違いなく大臣共の計略の駒の一つとされる」
 これまでそれをハーパーの思い過ごしと言っていた。
 だがローダーさえも思い過ごしを口に出すはずはなく、実際にその危惧は確実に存在するのだろう。
「王も王妃もお忙しい方だ。兄王子の目もあれば、とても他のお子の様に慈しむ事は出来ますまい。それに誰が敵だ味方だと考えながら生きては、とても健やかな心は育てられぬ。――お主にとってもこれは良い機会だ。父が死ねば、必然的にお主に城の役目が回ってくるのだからな」
「父上! その様な事を軽々しく仰っては」
「事実だ。父も、他の同胞も何れは理へと還る。その時、残されたお主達が、この国を護っていかねばならぬ。逃げ出す事は楽な事だ、しかしお主には立ち向かう強さがある。その強さを持って、王子を引き受けてくれぬか?」
「しかし我は……」
「我等竜族と人は違う。人の子供は、無だ。何も無い、存在自体が真っ白な、形すらもはっきりせぬ。だから道を誤る。父は王子に誤った道を進んで欲しくはない」
 俯き、眠り続ける王子を見つめるハーパーの肩にローダーは手を置いた。
「それが出来る息子だと父は信じている。この真っ白な無垢の王子を、賢王と誉れ高いユイディウス様よりも、更に素晴らしい王に育てられると、父は信じている」
 初めて父に信じていると言われ、ハーパーは心ならずも涙を浮かべてしまった。
 過去の真実を知らない為に、何かにつけては反発するしかなかったハーパーに渡された王子の重みは重責でしかなかったが、それでも嬉しいと心から思った。
「我には分不相応な事と思いますが、我なりに力を尽くしたいと思います」
「良し、よくぞ言った。それでこそ父の誇りだ」
 深く何度も頷き、ローダーは息子の肩を頼もしげに叩いた。

 それからハーパーの人生で、最も過酷な数年が始まった。

 いくら蔵書を漁って知識を増やしたからと言って、実戦での子育てが楽になるとは言えない。
 ローダーの屋敷から、王子の為の別邸に生活の場を移し、王妃の選んだ乳母と数人の従者が居ても、乳をやる以外の事は総てハーパーが行っていた。
 今後の教育の為にと、嫌っていた戦術もローダーに嘲笑を受けながら教授され、面倒な人の礼儀作法も身に着けた。
 文官としても政務からは一応外されてはいたが、何か大きな行事が重なれば、生き字引の竜族は泣き落としで駆り出される。ソルティアスが漸く立ち歩きの出来る頃には、子守竜と渾名される事となった。
 それだけでも大変だったというのに、赤ん坊は兎に角手の掛かる存在だった。どれだけ真摯に言い聞かせても、全くもって効果がない。それどころか所構わず泣き喚く。それこそこっちが泣きたくなる程に。
 しかし、
「ワァ、ワァ」
 言葉を話すようになり、ソルティアスのそれが、自分を指しているのに気が付いた時には、感銘さえも覚えた。多分、ハーパーがよく使う「我」が、彼にそう認識させたのだろう。
 ソルティアスは決して愚かではない。ただローダーが言い表したように、無垢の存在なのだろう。無垢故に、少しずつ覚えていく。それを与えているのが自分である意識が高まるに連れ、ハーパーは更にソルティアスの育成に神経を注いだ。
 勿論それは、良い意味で彼自身をも育てる結果となった。
 そんな自分自身の内面の変化に気付いた時に、未だ人の世の名を持たない自分に名前をもたらすのは、ソルティアスだと決めた。


 ソルティアスが三歳になる頃、一つだけハーパーに悩みが出来た。
 子供心の他愛のない疑問に答えられなかったのだ。
「どうして、ワァとぼくのからだ、ちがうの? ぼく、ワァとおなじになりたい」
 どうしてと言われても、なりたいと言われても、その望みを叶える事はハーパーには不可能だ。
 だから「無理だ」と言い聞かせても、幼いソルティアスの疑問は晴れず、「おなじになりたい」と泣かせてしまった。

――何が知識だ、何が英知だ。この様な事すら、我は答えをもたらす事が出来ぬとは。

 自分と同じになりたいと泣く純粋な幼子を前にして、ハーパーはただただ悔し涙を浮かべた。
 この世界を創り出した者が、人と竜族は違う生き物にした。
 それが単純な事実だったとしても、ハーパー自身が見たわけでもない。ただ自分達はこうして別の姿で存在しているだけの事を、どう説明すればいいのか。そして、此処まで自分を慕ってくれている子を、どうあやせば良いのか。
 悩みに悩んだハーパーは、その時それまで信じていた知を捨てた。