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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「どうするのですか、ソルティアス様がお生まれになられたからには、王宮内の均衡が崩れるは、最早時間の問題ではありませぬか。その様に浮かれた状態では、いつ暗殺だのと言った事になるか判りません」
「まぁ、そう、恐ろしい方に考えるでない。お主が考えているほど、マグノリア様もシルン様も身を弁えたお方ぞ」
「ち〜ち〜う〜え〜っ!!」
 肩を震わせ、あまり目立たない額の血管を、切れそうなくらいに浮き上がらせたハーパーだったが、別に生まれたばかりの王子を心配しているわけではない。
 確かにユイディウスの側室の二人は、ローダーの言う通り自分の身を弁え、レビオナを尊敬もしていた。
 逆にレビオナ自身も彼女達に頼り、それは出産さえ彼女達に任せる程だった。もしも仮に悪意ある謀がなされるのであれば、その時に行われていただろう。それが相手を測る為であったかはレビオナだけが知るのだろうが、結果として今もって何らかの争いは起こっていない。
 しかし、彼女達がそうであっても、周りまで同じとは断言できない。
 あくまでも、人は私利私欲の為ならどんな事でもしてしまう貧弱な生き物、と言うのがハーパーの考えだった。
 実際に平和の続く国内であっても、権力争いは水面下で絶えず行われていた。
 国の主要機関は国王に完璧な忠誠を誓う竜族が取り仕切っている為に、それが大きな問題として浮き彫りになる事は無かったが、全く懸念を無くす事も許されない状況だった。
 仮にハーパーの予想するような分裂が起きた際に、まっ先に巻き込まれるのは竜族である。争いを避けたいが為に一つの国に収まる事を望んだ同胞を、愚かな人などの存在の為に惑わされたくないのが、彼の考えだった。
 そんな彼の意見をローダーがどう受け取ったのか、十日にも及ぶ祝いの宴が漸く納まりかけた頃、ユイディウスからハーパーに直接呼び出しがあった。
 竜族の、しかもローダーの息子であっても、ハーパーはまだ文官の一人だった。親も子もその点は弁えて職務に忠実であり、若輩のハーパーはまだ王の言葉を受けるだけの地位になかったのだ。
 あまつさえ人嫌いと自他共に認める自分を、わざわざ呼びつけるのだから、“また”ローダーが裏で何かを企んでいるのは気が付いていた。
 だから誰もが信じられない事に、ハーパーはその呼び出しを無視した。
 これで王の逆鱗に触れる事が出来れば、胸を張ってリーリアンから去れると考えもした結果だ。
 それだけ人との共存は、年若く経験の少ない彼には苦痛だった。
 しかし、屋敷の離れで読書に耽っていた彼の元を訪れたのは、怒り心頭のローダーではなく、産まれたばかりの王子を抱いたレビオナだった。
「此処は、王宮の書屋並の広さと蔵書ですね」
 高い天井までの棚が壁を埋め尽くすそれを眺める姿は、二度しか目にした事はないが、確かに王妃レビオナ。
 彼女は供も連れず、優雅にハーパーの前に歩み寄ると、人の世では美しいと称される微笑みを浮かべた。
「ローダーの子息、名は……」
 そう言ってから暫く考えるレビオナの口からは、いくら経ってもハーパーの名前は出なかった。
「申し訳御座いませぬ。我はまだ、人の世の名を持ち合わせておりませぬ故、如何様にもお呼びなされても構いませぬ」
「あら、そうなのですか。では今一時だけ、その素晴らしい鬣から、クリニエレと呼ばせていただきます」
 人の目から見れば穏やかな、ハーパーの目からは呑気な口調で言い渡され、微かな憤懣は隠しつつ頭を垂れて了承した。
 いまいち何故レビオナが此処へ居るのか理解できないし、彼女の周りに従者の一人も見えないのが気に掛かる。しかしそれを口にして、呑気な彼女の言葉を長々と聞く気は毛頭ないので、本題をハーパーは待った。
「クリニエレはローダーから聞くところ、王子を気にしてくれた様子ですね。王も私も大層嬉しく思いました」
「は……?」
 長身のハーパーを見上げながら、心からそう思っているという微笑みで話すレビオナは、相手が驚いている事には気が付いていない。
 それどころか、人嫌いと噂される彼が、本当は照れ屋なのだと勘違いしていた。
 総てがローダーの言い分を鵜呑みにした結果だが。
「確かにクリニエレが申す通り、人は愚かです。私達だけの力では、この国をどうする事も出来ないのです。全ては貴方達が居てくれたからこそ」
「は…あ……」
「ですからね、決めましたの。はい」
「はい?」
 寝付いて動かない赤ん坊の王子を笑顔でハーパーに差し出し、彼はその笑顔につられて受け取ってしまった。
 何がどうなっているのか、皆目検討のつかないハーパーの手の中で寝息をたてる王子は、力加減を忘れると直ぐに壊れそうで、産まれて初めてハーパーは焦った。
「どうかソルティアスをよろしくお願いします。それでは私は公務がございますから」
「王妃っ?!
 レビオナは優雅な笑顔のままに、だが王族としての颯爽とした立ち振る舞いで、しかも焦るハーパーを無視して離れからさっさと立ち去った。
「王妃っ!!」
 ハーパー混乱したままだが、置いていかれた王子をこのままに出来ず、慌てて追い掛けようとしたが、手の上のグニャっとした感触に思わず体を硬直させた。
「王子っ?!」
 壊れた、と悪寒を感じながら手の中に視線を落とすと、そこにはうっすらと瞳を開けた赤ん坊が、自分を見て笑み浮かべていた。
 あまりの予想外の展開に、強固だと思っていた神経がガラガラと崩れ去っていく。流石のハーパーも心の崩壊音を聞きながら、床に座り込んでしまう程の状況で、完璧に思考は停止寸前である。
 そんな中、遠くでレビオナを乗せた馬車が走る去る音が聞こえた。
 勿論追いかけて王子を返したい。しかしこのまま動けば、この“物体”は今度こそ本当に壊れてしまうかも知れない。だが此処に置き去りにも出来ない。そんなどうする事も出来ない状態では微動だに出来ず、本気でハーパーは途方に暮れた。
 自分達とは全く体の造りの違う生き物を、どう扱えばいいかなど考えつきもしない。
 少なくともハーパーの知識には、人間の赤ん坊の扱い方は入っていない。
――これが、人の赤子か。なんと無力な。
 竜族に乳飲み子という時期は無い。それどころか親という存在も、人のそれは違っている。
 同族の女性が産み出す卵を、男が護り孵化させる。そして親と言うより師として生き方を学ばせるだけの存在なのだ。
 だがそれが無くとも、竜族には産まれて直ぐに一人でも生きられる能力が備わっている。それに比べて人は、五年も十年もしなければ一人で生きていく事も出来ない。今ここで自分が牙を剥けようとしても、この赤子はその意味さえも知らない。
「これを……どうせよと言うのだ……」
 判っているのは、赤ん坊には最低限乳を与える母親が必要だという事だ。間違いなく自分にそれが与えられない事だけは判っている。
「何を途方に暮れて居る、お主はこれから王子を、立派は王へとお育てしなければならぬというのに」
「……父上っ!」
「その様な大声を上げては、王子がお泣きになられるではないか」
 離れの入り口を塞ぐ巨体は、微かな笑いを含む声でそう制した。
「王妃様も言われただろう、王子をお願いすると」
「総て父上の差し金ですか」