刻の流狼第二部 覇睦大陸編
「それはあんた達の都合だろ。何度同じ事すればそれに気付くのかね? 言っとくけど、俺も彼の意見に賛成だ。いい加減、人間を利用して事を成立させようとするやり方、改めないと危ないぜ」
“………”
“………”
都合が悪くなっての黙りか、それとも反省してかの事か、声は耳に届かなくなり、彼は呆れたと言わんばかりの溜息を吐きだした後、現れた時と同様にその場からフッと消えた。
剣の捜索は二日目に入った。
イヴァーヴの街はリグスの縁辺の辺境地域とも言える場所にあるが、数少ない紫翠大陸との玄関口でもある為その規模は広く、特に商に関しての層は厚い。街の中心だけでも六軒の武器商、十五軒の道具屋関係があり、紫翠とは勝手の違う街では一つの店を捜すだけで時間が掛かった。
だが最も二人を困らせたのは、大抵の店で持ち込んだ剣について反対に質問されるか、売値を提示される等の事をされ、預かった剣の凄さに驚く以前に、此方の話が全く進まない事だ。
「だから、俺達はこれと同じ剣を捜しているだけなんだ。売る為に来た訳じゃない」
店での話は大抵恒河沙が行った。
須臾が言葉を完全に覚えていないと言う事もあるが、余りに高額を提示されて、つい売りそうな態度を示してしまうからだ。
「そう言わずに、どうだろうか? 五千ソリドなんて、他の店に負ける値段じゃ無いはずだ」
カウンターに身を乗り出し、痩せこけた顔をしながら目だけは鋭く恒河沙が抱えた剣に向けられていた。
店は街でも裏通りに構えられている、あまり質の良く無さそうな場所にあったが、刀剣関係の店はこれが最後だと思うと避ける訳にはいかない。
「これは売り物じゃない。それに俺達は頼まれて来たんだ。頼むから、これと同じ剣を捜してくれよ」
薄気味悪い主人の態度に、恒河沙は殴りたくなるのをなんとか抑えて頼み込んだが、
「頼むぜお客さんよ、此処は武具の売買が専門だ。捜し物なら他を当たってくれ。まあ、その剣を売ってくれるってなら話は別だが」
「それじゃあ何にもならないだろ! もう良いよ、別の店に行くから」
散々言われ続けた言葉しか貰えず、恒河沙は須臾を引き連れ店を出た。
『本当に見つかるのかな?』
『まぁ、前途多難って感じ?』
預けられたソルティーの剣が、武器商でさえ目の色を変えて欲しがる程の一品だとするなら、そう易々と見付けられる筈がない。
知っていても隠すのが道理だ。
『それにしても、あの人の持ち物みんな売ったら、どれだけの額になるのかな? 村のみんなが一生遊んで暮らせそう……』
『びんぼうだもんな』
『貧乏……、ああ、なんて嫌な響きなんだろう。どうしてこう金持ちは金持ってるんだよ、もう少し貧乏な人に配れっての』
矛先の違う苦悩に顔を歪め、二人は近くの道具屋に向かった。
が、その途中、自分達の後ろを同じ速度で歩き続けている者に気付いた。
『どうしよう?』
それ程気にしている風では無い言い方の須臾に、恒河沙は一応聞いてみる。
『良いんじゃない、何かするまで放って置くのが一番』
そう言いきり、恒河沙も同じ意見だと頷くと、後ろに気付かない振りをして道具屋巡りに勤しんだ。
結局、他の店でも答えは同じで、二人は二日目の捜索を打ち切ったのは陽も沈み掛けての頃だった。
『んでさあ、宿の前まで付けられた訳』
須臾は手短に今日の無い成果と、最後まで付けてきていた者の話をソルティーに聞かせた。
『それじゃ、この剣は二人の部屋に置いていた方が良いな』
『は?』
一度返した剣を再び返されて須臾は呆けた声を出す。
『夜にでも盗みに来るだろうから、盗ませれば良い』
『盗ませる? ……ああ、そう言う事。判った、適当に負けて渡せば良いんだね?』
『ああ、その方が早く捜せるだろう。体よく盗まれたら呼んでくれ』
『判りました。それじゃ預かっておくね』
ソルティーの言葉に納得し、剣を持って須臾は部屋から出た。
初めから彼に言った方法で捜し出せるとは考えていなかったが、これ程早く餌に食いつく者がでて来るとも考えてはいなかった。
欲が大きい者ほど裏に近い。
正当な手順を省くには、撒き餌に獲物が食い付いてきてくれれば、それだけ時間を短縮する事が出来る。
――後は、恒河沙が負けてくれるかだな。
それが一番気懸かりと言えば気懸かりだったが、一応今は彼等の事を信用する事にし、今は今朝早くに戻ってきたは良いが、何かを重く考え込んだまま黙り続けているハーパーに気を移す。
「……何時までそうしているつもりだ?」
日頃から無表情を決め込んでいるハーパーには慣れているが、今の彼からは感情を外に出さない為にわざと何かを堪えている風にしか感じられない。
訳を問いただす様な真似だけはしたくなかったが、彼のその行為が総て自分に関係しているのを知っているから、ソルティーは聞く義務がある。
「何が在った? そのまま黙り通すつもりなのか?」
「………」
何も語ろうとしないハーパーに溜息をつくと、
「彼女に会ったのか?」
これ程までにハーパーの気を歪ませる事の出来る者の存在を口にし、その言葉に僅かだが反応を示した表情に、ソルティーはまた溜息をつく。
「何を言っていた? 今回の事か……他には無いのだろうが」
「我はこれ程までに増悪を感じる事はない。何故に主は彼等を許せるのだ」
険の隠った言葉は兎も角、やっとまともに会話が出来るようになり、予想も当たっていたようだ。
「許す許せないの問題では無かったからな。問題なのは私自身だ。彼女達の問題と、私の問題は別の物だ。……と言うのは綺麗事でしかないな」
「主……」
笑みさえ交えて彼等を語る姿に、ハーパーはいつも信じられない気持ちで一杯になる。
国やアルスティーナの事を語る彼は、絶えず苦悩を滲ませるというのに、どうして彼等を語る時はそうではないのか。彼等を語る時にこそ、全ての負の感情を発露させるべきだとも思う。
もし一度でもそうしてくれていれば、あの時己の高ぶる感情のまま、あの青年に戦いを挑むことも出来ただろう。竜族としての誇りを捨てても、主への忠誠心を第一にして。
だがハーパーの気持ちとは逆に、だからこそソルティーは穏やかな言葉で語るのだ。もしかするといつか最大の苦痛を与えるかも知れない彼に、その刻まで僅かな心痛を感じさせない為に。
「本音を言えば、私もお前と同じ事を考えている。――しかし事の始まりを考えれば、この世界総てが無の状態まで遡らなくてはならなくなる。彼女達の所為ではないから憎しみを抱いては無いが、恐れや憎しみは私の内にある。だが、だからこそ私は此処に存在できるのだろうな。矛盾なのは自分でも判ってはいるが、私は今直ぐにでも逃げ出したい気持ちと、一刻も早く総てを終わらせたい気持ちが綯い交ぜに心の内にある」
出来るなら他人に押し付けてしまいたい。傍観者で居られるならそうしたかった。
しかし、当事者である自分が逃げ出せば、一体誰が総ての事に終止符を打つ事が出来るのか。
自分以外に思いつかなかっただけだ。
ただもしもアルスティーナ達の代弁者のみがその資格を有しているならば、やはりそれは自分でなくてはならないとも感じた。
作品名:刻の流狼第二部 覇睦大陸編 作家名:へぐい