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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 換金を行った呪術店で聞いた幾つかの武器商を捜しながら、二人は思い描いていた覇睦の想像図を壊されていった。
 二人の様な身分の無い者の大半は、覇睦は夢と希望の大陸である。
 小さな国土を奪い合い、北部の肥沃な大地に憧れる紫翠の民にとって、伝え聞く覇睦の広大な世界は、自分達の様に狭い世界で生きるのとは違った公平な世界だと信じていたのだ。
『紫翠の方が、俺、好きだな……』
 こんな土の温もりも感じさせない街を、想像していた訳ではない。決して良いとは思っていなかった紫翠の良さを、まさかこんな所で再認識するとは、本当に思ってもいなかった。
『まあ、仕方ないね。僕達仕事で来ているだけだし、何れ紫翠に帰るんだから、我慢して此処に慣れよう。こういう街ばかりとは限らないしね』
『うん……』
『……恒河沙?』
 紫翠に帰ると言った辺りから、恒河沙は冴えない顔付きなった。
『なあ須臾、俺達の仕事、いつ終わるのかな?』
『なんで? もう帰りたくなった?』
 その言葉に恒河沙は力一杯で首を振る。その仕草だけで、彼の気持ちが判りすぎる程判った。
 恒河沙の記憶にある三年半の中で、自分と幕巌を除けば、今の雇い主二人と過ごした時間が一番長い。実質、ハーパーは三月は離れていた分、恒河沙とソルティーの共有時間は多すぎた。しかも須臾の抜けた状態で仕事もしている。
――最悪の展開じゃない?
 自問自答をしてから須臾は溜息を吐き出す。
 自分達によくしてくれた幕巌にさえ、恒河沙は無関心だった。嫌ってはいなかったが、別にどうでも良い存在だと思っていただろう。
 しかしどうやらソルティーは別な様だ。
 近頃は彼の事で、苦手な考え事まで頻繁にしている。そんな姿は、須臾から見れば恒河沙らしくない行動だった。
『もしかして、ソルティーとお友達になりたいなんて考えてない?』
 自分が割り切りすぎているのか、恒河沙が割り切れないのが悪いのか、どちらが必ず悪いとも言い切れない。だが須臾には、恒河沙の気持ちが正しいとは思えない。
 仕事と個人的な感傷の両方の面で。
『……わかんない。砂綬みたいに遊びたいとはおもわねぇけど、早く仕事終わらせて帰りたいともおもえねぇ。なんかできることあったらしてやろうと思うけど、ソルティーって俺ができることなんでもできそうだろ? ……須臾はどう思う?』
『充分、ソルティーとお友達になりたいです、って聞こえる。でも、それは叶えられない願いだね。今、僕達が此処にいるのは仕事だからね』
『そんなの、言われなくったって……』
 判っている、とは言いきれない。
 仕事が終われば自分は紫翠に帰る。それは理解している。別れたいとは思ってないが、別れられない気持ちを持っている訳ではない。
 ただ、ソルティーに対する関心が、日に日に大きくなっていくのだ。
 ハーパーに言われたから、と言うのもあるが、側にいて彼の役に立てるなら何かをしてあげたい。仕事ではなく、以前感じた何かがそうしろと囁くのを、恒河沙は素直に受け止めたかった。
『なるようにしかなんないのかな……』
 小さく呟く様を見つめ、須臾はこれ以上自分が何を言っても無駄だと思う。
 恒河沙の短絡的な性格を考えれば、全くの無関心では仕事に差し障りが出るだろう。しかし逆に関心を持てば持ったで、仕事を仕事として割り切ることが出来なくなる。――今のように。
 ソルティーが悪いわけではない。少なくとも彼が倒れるまでは、彼のお陰で恒河沙が成長の一歩を踏み出せたと感じている。
 だがこの数日で、恒河沙は完全にソルティーを雇い主ではなく、彼個人として意識するようになり、それを自分でも自覚し始めていた。だからこそ、今まで感じたことのない気持ちを持て余しながら悩んでいるのだ。
 深入りは危険だと今でも思っている。少なくとも雇い主の背景が白黒ハッキリするまでは、要所要所で恒河沙をそれとなく止めなくてはならないだろう。
 だが、自分自身で確実に解決しなくてはならない事も、生きていく中で必要な時もある。それが今かどうかまでの判断は須臾には出来なかったが、それでも更に自分は自分で見極めなければならないと、気持ちを新たにする機会にもなった。



 須臾達が武器商を渡り歩いている頃、街から随分と離れた山脈の頂付近で、ハーパーは一人の青年と向き合っていた。
 この数日で淀みきっていた体内の汚れもほぼ浄化し終え、主の元に戻ろうとした時に、彼は目の前に現れた。
「ご主人様の具合悪いんだって?」
 空気の薄い凍えそうな山頂で、その男は薄いシャツとズボンだけの出で立ちだった。
 年の頃は十代終わりから二十代初め。体格はがっしりしているが、何処にでも居そうな風貌の人間だった。
「大丈夫そう?」
「……そうでなくてはならぬのであろう」
 嫌悪と怒りを隠さぬ言葉と視線をハーパーは彼に向け、彼は面目無さそうに頭を掻く。
「まあ、そうなんだけどさ……。一応これでも心配して出てきたんだから、そう邪険にしなくても良いんじゃない?」
「その心配が、我が主に向けられるものであればの話。貴方様方の懸念は別であろう」
「ある意味ではそうだけど、全部が全部そう考えての行動でも無いんだけどな……。悪いことしたって思ってるんだよ、これでもさあ。そう思って貰えなくても……」
 手近な岩に腰を下ろしながら、気弱な言葉を口にするが、それは余計にハーパーの気を高ぶらせる事になった。
「我が主を傀儡に貶めて置きながら、今更何を宣うのか! その言葉が真とあらば、今直ぐにでも主を解き放てっ!」
「それが出来れば苦労しねぇよ!」
 怒りを怒りで押し返す様な展開に、一瞬辺りに緊張が走った。
 しかし青年の方が直ぐさまその緊張を解いた。
「第一、この事は、あんたのご主人様だって納得したからだろ?」
 精一杯諭す中に許しを請う様な含みを持たせたが、ハーパーの心には届くことはなかった。
「主に選択肢が用意されて居たのか! その様な言葉は、無数の道が存在する者に使われる言葉ではないかっ! 死か仇か、この道に何を納得すれば良いのだ、主に二度の死を貴方様方は与えただけではないかっ!」
 握り締めた拳をつきだし、憎しみを込められるだけ込め、ハーパーは言葉を荒げた。
「主は役目を必ず全うする。しかし、それは貴方様方の為ではない」
「…………」
「金輪際我が眼前に姿を現す事、無用として戴く。そうでなければ我はいつ貴方様方へ牙を向けるか判らぬ」
 今でもそれを堪えて居るかの様に、ハーパーは突き出した拳を下げ、無言で翼を広げ空へと舞い上がった。
「だから言っただろ、逆効果だって」
 空の彼方へ消えていくハーパーを見上げながら、彼は独り言を呟いた。
“申し訳ない、まさかこれ程とは思っていなかった”
“同じく……”
 何処からともなく二人の男性の声が彼の耳に届く。
「あんた達認識力なさすぎだよ。俺達は嫌われてるの、嫌われる事をしたんだよ」
“それは理解しているが、仕方がなかった事だ。彼が居なくては、彼処まで我等は辿り着けない”