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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 適当なノックをしてから先にソルティーの部屋の部屋に入ったのは、勿論須臾だ。その後ろに隠れて居た恒河沙が部屋に入る頃には、須臾の説明は終わり、呆れたと言わんばかりのソルティーの顔があった。
 部屋には既にハーパーも入室済みで、何かを話合っていたのは明白だった。
「まあ、邪魔にしかならなかったのなら、仕方がないな。それよりも何の用だ?」
「そりゃあ勿論、お城の豪華な部屋がどんな感じなのか、思いっきり見学する為だよ。こんな機会はもう二度と無いだろうからね」
 そう言いながらも須臾の足は、とっくに部屋中を歩き回っていた。
 彼の調度品の値踏みに燃える様子から、簡単には追い出せそうにない。仕方なくハーパーに話を後回しにすると告げ、二人を勝手にさせた。
「ソルティー、ここ座っても良い?」
 方や、テーブルを挟んで二脚ずつある椅子の内、自分の隣を指さす恒河沙。
 此方も相変わらずと言った様子で、仕方なく勝手にさせた。
 とは言え、どうも昨日の一件が頭を離れず、どう対応して良いのか戸惑ってしまう。また妙な事を言い出さないか冷や冷やするし、同時に触れた唇の感触が未だに消えていない気がするのが悩ましい。
「何か飲むか?」
「うん」
 ましな言葉が浮かばなくて、間を持たす為にテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。
「ソルティーは、飲まないの?」
 自分の分だけを入れられた紅茶を見ての言葉に、ソルティーは首を振って答える。
 昨日のソノの攻撃で、現在ソルティーの内蔵は機能を果たしていない。所々に穴が空き、切断された場所に飲食物を流し込めば、どうなってしまうか想像したくない。本当に部屋が一人で良かったと、ここに来て思う。
「それより、食事は足りているのか?」
「うん。おかわりいっぱいしても怒られなかった」
「美味しかったか?」
「うん。今まで食べてきたのと、ちょっと味が違ってたけど、美味しかった。えっと、ヅィント見たいのがあって、それが一番美味しかった。でも、それな、あんまり量がないから、いっぱい食べられなかった」
 カップを口に銜えたまま、脳裏に浮かんだ食事の数々に手を伸ばすが、当然それは腹を満たしてはくれず、自然と肩を落とす。
「昼食?」
「うん。さっき食べたやつ」
「そうか…」
 別室に置かれたままの自分の昼食を思いだし、それを嬉しそうに食べる恒河沙の顔を想像して、ソルティーはそれをとりに席を立った。
「少し待っていろ」
「うん」
 まだカップを銜えたままで返事をし、視線だけがソルティーを追う。
――やっぱりソルティーの近くが一番だ。
 無条件の信頼と、それにもれなく付いてきた安息。須臾にさえも感じなかった心地良い感じが、凄く嬉しかった。
「恒河沙、僕達先に戻るからね」
 急に耳元に聞こえた須臾の声に驚いて、カップに歯をぶつけた。
 近くに来た事も気が付かず、後ろに立たれたのも気付かなかった。それだけ恒河沙は、ソルティーの傍に居られる充足感に惚けていた。
「どうしてだよ? 須臾が先に……」
「良いって良いって、んじゃゆっくりね」
 背中越しに手を振って、須臾はハーパーを連れて部屋をさっさと後にし、扉を閉めた途端、意地の悪い笑みを浮かべる。
「少々主に申し訳ない気がする」
 複雑な心境を語るハーパーにも須臾は得意げな笑みを見せ、広い彼の背中を叩く。
「気にしなーい気にしなーい。ソルティーは考えすぎなの。恒河沙が傍にいれば、あいつの世話をするので何も考えられなくなるから、同情するだけ無駄。荒療治というか、まぁソルティーには丁度良いんだよ、根暗と根明、馬鹿と神経質で」
 気が回るのか、ただのお節介か。楽しんでいるだけかも知れないが、少なくとも須臾は的確な判断をハーパーよりは下している。
 関わり合いのない第三者からの視点がこれ程助かるとは、流石にハーパーも考えていなかったと言う事だ。


「……二人は?」
「部屋に帰ったぞ」
「…………そうか」
 あまりにも見え透いた計略が、須臾の手によって運ばれている気がした。
――私に一体何をさせたいんだ。
「ソルティー、それなに?」
 両手に抱えた大きな盆の上に乗せられた物からは、良い匂いが漂っていた。その正体に、早速気が付いた恒河沙が尻尾を振る。
「紅茶を持って、此方においで」
「うん!」
 大急ぎでテーブルの上に置かれたティーセットを抱え、ソルティーの向かったバルコニーへと恒河沙も追いかけた。
 ソルティーはバルコニーに設置されたテーブルに盆を置き、部屋を背にして椅子に腰掛ける。そして多分隣に座るだろう恒河沙の為に、椅子を引いて彼を待つ。
「お待たせ。これ、ここに置いて良い?」
「ああ」
 予定通りの椅子に座り、目の前の食事に目を輝かせる恒河沙を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
 もう二度と、こんな穏やかな気持ちは味わえないだろうと思っていた。それが今、とても身近に感じられた。
「食べても良いよ」
「ほんと! ……でも、これってもしかしなくても、ソルティーのだろ? だったら俺、食べない」
 ぐっと我慢の良い子を演じようとする恒河沙だったが、正直な口元からは涎が落ちそうで、ソルティーはその顔が可笑しくて笑いながら彼の額を指で弾く。
「朝が遅かったから、まだ食欲が無いんだ。お前が食べてくれないと、これは捨てられるよ? お願いだから食べて下さい」
「良いの?」
「ああ。それに、お前が食べる姿を見る方が楽しい」
「…へ…あ…う……うん」
 微笑みながら言われた言葉に、しどろもどろに返事をして、慌ててスプーンを手に取った。
 顔はもとより首や耳も真っ赤になって、必死に食事に神経を集中させようとしたが、どうにもそれが上手に出来ない。
 ソルティーは言葉通り楽しそう見つめてきて、それを意識すればする程、美味しかった筈の食べ物の味も判らなくなって、何度も口から零してしまった。
 今までどうって事無かった筈の食事だったのに、何故か今日は恥ずかしい。焦ってしまう。どうにも良く判らない。
「美味しい?」
「うん…」
「ん?」
 僅かな語感の違いに、首を傾げたソルティーに、態と恒河沙は首を振って元気さを取り戻す。
――どうしてなんだろう……。
「何でもない。美味しいよ、これがさっき言ってたやつ」
「そう」
「うん」

「ごちそうさまでした」
 頭が別の事で一杯だったに関わらず、綺麗に食べ尽くし、残った皿に向かって頭を下げる。取り敢えずの良い子は、取り敢えず継続中だ。
 その姿を見て、また戻ってきてしまった気まずさに、ソルティーは恒河沙から森へ視線を移す。
――まずいな。
 会話がない状態の気まずさより、気まずさを感じながらも追い出す気になれないのがまずい。
 ハーパーと須臾が結託し、自分に恒河沙と言う首輪を填めようとしているのが判っているのに、甘んじてしまいそうだ。
「ソルティーは森が好き?」
 他の事を考えるだけで見ては居なかったそれを、恒河沙は見たままに受け取る。
 恐らく他の誰がこうしても煩わしく感じるだろう。彼だけがそれを許してしまえるのが、妙に楽しくて、そして恐かった。
 そんな信じられない自分の気持ちを振り払う様に、ソルティーは小さく首を振った。
「いや」