刻の流狼第二部 覇睦大陸編
アストアへの考えが誤解だと知った今も、獣族では無いソルティーは、森にとっての異分子だ。
現在森の影響を受けないのは、それよりも大きな力が自分に作用しているに過ぎないとも知っている。だから、純粋な人間の体には森に対する違和感が存在する。
嫌いとは言い難いが、決して好意は持てないのだ。
そのソルティーの様子を見て、恒河沙はある決心をした。
――そっか、嫌いなのか。……砂綬ごめん、俺、森嫌いになる。
森の中で見るきらきらも、鳥の声も、優しい包み込む感じも、嫌いになろうと思って、肩に力を入れる。
「良いよ、無理しなくても」
「へっ?」
テーブルに肘をついて、その手に顎を乗せて自分に笑い掛けてくるソルティーに、驚いてしまう。
自分がどんなに申し訳なさそうな顔をして、どんなに決意を固めようとした姿をしたか気が付いていなかった。だから、どうしてソルティーが自分の心の中が判るのか不思議でしょうがない。
「恒河沙が好きな物は好きで。私の言葉に左右される必要は無いよ」
そしてソルティーも、どんなに悪くなった視界の中でも、恒河沙のどんな小さな仕種も気付いてしまう自分に、全く気が付いていなかった。
「素直に感じたままを口にする方がお前らしいよ」
「……ソルティーはそうじゃないの?」
「そうだな、そう出来れば楽なんだろうな。でも大人はそれだけじゃ生きられない時があるから。言い訳かも知れないが」
思ったままに感じたままに生きるのは憧れだ。
出来ない事だから、それが出来る恒河沙に変わって欲しくない。しかし恒河沙は、それに頬を膨らまし反論する。
「でも、俺だってもう直ぐ十七になるんだからな。もうぜんぜん子供じゃないんだ」
ソルティーと自分が違うのは判っても、大人と子供と一括りで言って欲しくない。彼が出来る事総ては無理でも、何か一つでも一緒の事がしたかった。
そんな意気込みで言えば、見るからに驚いた顔をされた。
「十七歳? 何時?」
「えっと、息吹の月の始めって須臾が言ってた」
「息吹と言えば、河南の森の頃に十六になっていたのか。そうか……もうそんなに経つのか」
急に自分が年寄りになった気分で感慨に耽る。
――十七と言えば、私の時間が閉じたのその時だったな。そして私もその頃は、自分はもう大人だと信じていた。
「だから俺はもう大人なの!」
――自分一人でなんでも出来ると思っていた。その思い上がりを、間違いだったと気付くが少々遅すぎたけど。
「そうだな、お前はもう子供じゃないかも知れないけど、まだ大人じゃないよ」
「ソルティー!」
「そう言う事は、お化けを怖がらなくなって、一人で眠れる様になってから。それまでは子供以上大人未満の恒河沙だよ」
「げぇぇ〜〜」
そんなの無理だと顔に書いて、非難めいた言葉を口にする恒河沙を、ソルティーは微笑みを崩さずにただ聞き続けた。
失いたくないと思う。
懸命に自分を一人にしないように差し出された手を、もう二度と失いたくない。
子供の頃に誓った、もう二度とそう感じる事は無いと思っていた、大事にすると言う言葉を、もう一度口に出来るかも知れない。
手を伸ばす。
柔らかい髪の感触が掌に生まれる。
「頑張って、旅を続けような」
「うん!」
失いたくなければ、護ろうと思う。
せめて、彼が本当の大人になるまで。
この瞬間を、子供の頃の思い出とするまで。
彼に取り戻して貰った思いを、大事にしようと思う。
episode.16 fin
作品名:刻の流狼第二部 覇睦大陸編 作家名:へぐい