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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「お前と言う者は、神を呼び捨てとは……度胸以前の問題だな」
 しかも奴等呼ばわりとしたのだ、普通とは思えない。
 しかしソルティーは彼の言葉に口角の片側を上げ、言葉を言い換える事はしなかった。
「奴等より凄い存在その物に逢ったからな。それに私には神の恩恵は届かないのだから、意味も無く尊ぶ気は起きないな」
 妙に吹っ切ったような台詞ではあったが、聞かされた方の表情は愁いを帯びた。
「もう、どうする事も出来ないのか?」
「恐らく。最後まで判らないとは言っても、ある程度の予想も、決心も出来ているつもりだ。逆らえない道に入ってしまったんだ、足掻くよりは、少しくらいましな最後を飾りたい」
「……思えば、お前の父は偉大な方だった。その息子なのだから、当然の事なのだろう」
「止してくれ、まだ足下にも及んでは居ない」
 照れ臭そうにそっぽを向くソルティーの顔は、ニーニアニーの記憶する彼の父とは似ていなかったが、その志は確実に受け継がれているのを知る。
 ただしそれを見たのは、ニーニアニー本人ではなかった。
 しかしアストアの王には、他国の王とは違い明らかな王の証として、記憶が残される。まるで自分自身がその場に居た様に残されている記憶は、優に千を越える。まさしく生まれながらにしての王とも言えるが、そこに幸を感じられたのは何度あっただろうか。
「そうだ、聞きたい事が有った」
 ソルティーの視線が疑問へと変化しながらニーニアニーを見る。
「どうして王と長が対立して居る? 私の知る限りでは、こうでは無かった筈だ」
 タランタスが昔過ぎて判らないと言った事を知るのは、ニーニアニーを置いて他にはない。
 だがその内容がかなり深刻だという事は、彼が思い詰めた顔で考え込む仕草をしたので判る。彼の沈黙は長く、文字通り過去の記憶をたぐり寄せる様子は、ソルティーに諦めを感じさせるには充分だった。
 しかし彼は口を開いた。
「それもあの日が原因だった。先程話した様に、主がこの森を護る為に力を使われ、当時の長を始め、多くのアスタートがそれに力を貸した。その直後に当時の王、チェーンダンスは知っているな?」
「ああ」
 それこそがソルティーの知るアストアの王だ。
 外遊と称して訪れた国で、彼はハーパーさえも閉口させる程の威張りようで、まだ八歳だったソルティーに圧倒的な存在感を植え付けた。
 そう、その時はまだ、アストアは閉ざされた国ではなかったのだ。
「彼にリーリアンの事が知らされた。今更信じて貰えないかも知れないが、チェーンダンスはリーリアンに兵を率いて向かうつもりだった。勿論助けに行くつもりでだ。我が国は主の恩恵を直に賜る事が出来るが、リーリアンはそうではない。同じ事が起こっているなら、危機はかの国に有ると判っていたのだ」
 そこでニーニアニーは一度沈黙を挟んだ。
 今の彼の脳裏には、その当時の光景が寸分違わず、現実として浮かんでいるのだろう。
 その時に感じた怒りや悲しみが押し寄せ、次に出された声は、それら感情を必死に抑え込むようであった。
「……しかし結局は、当時の長の率いる大多数のアスタートに反対され、森の窮地に逃げようとしたと思われた。彼は彼で、同じ国を治める者としてお前の父と交わした約束を守れなかったと、長を糾弾した」
「約束?」
「たわいもない酒の席での口約束だ。互いに何かが有れば、残された者がその変わりをすると言うものだ。しかし、余にとっても、彼にとっても、対等に話を出来る者は少なく、そんなたわいもない言葉でも、余は……いや、チェーンダンスは嬉しかったのだ」
 背負っていた物を総て下ろし、なんの隔たりも取り払って一人の男として口にした誓いは、今はニーニアニーに受け継がれている。
「結局は果たせず、王と長は時間を掛けて決裂していった。チェーンダンスは死の淵まで己とアスタートを呪う言葉を吐き続け、余に連なる王達も同じ思いに囚われ続けた」
 国を、民を顧みない王を誰が支持するだろう。
 チェーンダンスの痛ましい記憶がまるで我が身の様に残り、その孤独感すらも同じであった過去のアストア王。その膿んだ傷の様な記憶は癒せず、アスタートを呪う気持ちは、未だにニーニアニーの内に潜んでいる。
 それでも同じアスタートとして森に生き続けなくてはならない。その原初の思いさえも存在する事が、どれだけ苦しいことか。
 わざわざ言葉にされなくても、今のソルティーには感じられた。激しい動揺と後悔を綯い交ぜにして。
「……また、私は何も知らずに……」
 ソルティーは額を手で押さえ、唇を噛み締めた。
 “消された存在”として、唯一それを知る、それを残せる者達が何もしなかった。今でも世界中の人々に、畏怖と畏敬を抱かせながら存在し続ける事への妬みと、もしかすればこうあったのは自分達だったかも知れない事への願望。
 しかしアストアでさえ例外なく、“あの日”は訪れていた。そして長きに渡ってアストアを乱していた対立は、自分の国が原因で引き起こされていた。
 そんな事さえも知らずに、彼等を卑怯者としていた。そうする事で自分が楽になる為に。
 あまりの愚かさを突き付けられ、胸が締め付けられて苦しくなる。
 そんなソルティーの姿にニーニアニーは首を振った。
「気にする事はない。本当は知らない方が良い話だ。身内の泣き言を聞かせて悪かったと思う」
「どうしてそれを、始めに教えてくれなかった」
「約束を果たせて居たのなら、せめてリーリアンに赴く事が出来ていたなら、胸を張って言っていた。しかし果たせなかった約束を言い訳にしては、チェーンダンスに申し訳が立たぬ。――それに、余の他に真実を知る者は、最早居らぬ。アストアの王は、アスタートを畏怖によってのみ統治する、愚かな王なのだ」
 王として、王座に座っているからには、今の自分を支える者達の為にも、威厳を保たなければならなかった。
 森の中にのみ存在する綱渡りのような平穏が、アスタートから戦う事を忘れさせた。だがいつ終わるかも知れない状況を知るからこそ、アストアの王は圧倒的な力によって統治を続けてきた。せめて城の者達だけでも、それがより一層、長との対立を深める事になっていても。
 だからこそソルティーとニーニアニーの関係を知らない者達の前で、簡単に頭を下げる事も、昔の出来事を弁解する様に話す事も許されなかったのだ。
「今になって話したのは、言い訳をしたかったからではない。チェーンダンスの気持ちを、僅かなりとも理解して欲しかったからだ。あの日から口を閉ざしてしまった彼の真実を、誰かに知って欲しかったからだ。だから、今まで通り、余を憎んでも構わぬ、我等を臆病者と罵っても構わぬ。ただ、彼だけは許してくれ」
 深く頭を下げるニーニアニーを、ソルティーは見る事が出来なかった。
 知らない事が多すぎて、知ってから後悔する事があまりにも重すぎて、辛いと思う。
「そんな…憎める筈が無いだろう。総て私の独り善がりだったのに……。私一人だけが不幸を背負っているとばかり思っていて、本当は何も知らなかったなんて」