刻の流狼第二部 覇睦大陸編
『そうなんだ……、どおりで急いでる割には跳躍師を使わなかった筈だね。うん、判ったよ。一応納得できた。言いにくい事聞いて悪かったね』
『此方こそ、依頼以外の事をさせて済まなかったな』
『いえいえ、それは勿論、料金に加算させて戴きますから、ご心配なく』
調子の良い須臾の言葉にソルティーは感謝する。
自分でも自分の異常さが気に掛かると言うのに、須臾は仕事と好奇心を別にして話を進めてくれる。
今の質問にしても、これからに必要だから聞いたに過ぎず、必要な事を聞き出せたからそれ以上の事は聞き出さない。幕巌の教えが良かったのか、それとも彼自身の本質からの事なのか、どちらにしてもそれに助けられた。
『ところで話が変わるけど、これからどうするつもり? 僕はもう道案内出来ないし、目的地も僕は知らないから』
『ああ、その事だが、少し捜す物が有る。まずはそれを終わらせる』
『捜し物? 何を?』
ソルティーは食事の手を休め、ベッドに立てかけていた装飾を施した剣を手に取る。
『これだ。これと同じ物がこの大陸のどこかに在る筈だ』
『在る筈って……この広い大陸で、どうやって剣の一本を捜し出すって言うの?』
やっとここに来て仕事の本題に来たと思った途端、雇い主はとんでも無いことを言い放ってきた。流石に呆れて須臾は溜息を吐き出す。
『紫翠大陸から此処へ運ばれた事は確からしい。武器商、好事家等に探りを入れられれば何とかなるだろう』
至って冷静にソルティーは言い、その顔は真剣その物だった。
『そんなの片っ端から聞き回るつもり? 捜し出す頃には僕達お爺さんだよ……』
『心配する事はない。リグスの武器商は横の繋がりが無尽に走っている。金を積めば、そういう捜し物が急に得意になる者は何処にでも居るだろう? それ程捜すのに苦労はしないだろう。問題は……』
『捜し出せても、手に入れるのに苦労する場所に在った場合? その顔じゃあ、盗み出す事も考えてるって風だね』
ソルティーの言葉を継ぎ、彼の思索まで言い当てる。
だが自分の言葉を否定しなかった彼は、何も言わないまま食事を再開した。
『まあ、その時にならないと判らないけどね……』
否定しなかったのは、そうなる可能性もあることであり、肯定をしなかったのは充分に傭兵の掟を理解してくれているからだろう。
だからこそ須臾も、今はまだ判らないことにした。
『明日からこの剣は預ける。恒河沙と二人で捜してきてくれ』
『はあ……?』
ソルティーは調子の外れた声を上げる須臾に、多少の悪戯めいた視線だけを送り、
『俺はもう暫く病人をするから。ああ、恒河沙には先刻の話は内緒だ。お前が上手く説明して、俺が何も聞かれないのなら良いが、あいつの“どうして?”攻撃は堪える』
『……了解しました』
説明を上手くする自信は有るが、恒河沙がその後、絶対にソルティーに訳を聞かないとも考えなれなくて、取り敢えず言われるままにした。
まあ、恒河沙が須臾の感じた疑問を同様に思い浮かべられる筈もなく、ただソルティーが元気になりさえすれば彼は満足なのだ。
ソルティーが何故理の力と反作用を起こす、人には考えられない病気を持つか等、須臾にさえ理解できない事を到底誰にも理解できないだろう。
夜になって恒河沙に運ばれた夕食も食べ終わってから、ソルティーは先日と同様の儀式じみた行為をしていた。
今はしっかりと摘める剣の柄を握り締め、そこに神経を集中させる。
光を喰らう闇は混沌の闇だ。
光と一緒に自らも引きずり込まれそうに思える闇を見据え、奥歯を噛み締める。
――まだ、還る訳にはいかない。
闇は光が増えるのと同じに口を広げる。
いつもより長く続ける行為に剣が振動を始め、闇は一気に広がりを見せようとしたのに気付き、ソルティーは息を整え意識を拡散し、光の放出を止めた。
「これが限界か……」
まだ若干の光を放ち、闇を生む剣を大きく振り上げ、闇を切り払う。
八割方の回復を体に感じ、剣を鞘に戻しベッドに立てかける。
――取り入れる事も、排除する事も、制限付きか。つくづく出来の悪い体だ。
膝に腕を置いて項垂れた瞬間、目の前にシャツからペンダントがこぼれ落ちる。首に掛かったまま揺れる白銀の鎖の先には、美しい輝きを放つ紫の宝石が付けられていた。
「ああ……そうか……」
――まだ捨てられないとは……。母上、私は女々しい男に育ってしまった様です。
懐かしむ様に飾りを掌で包み、口先に当てる。
その姿は、耐えきれない重責に必死に耐えるようであった。
『なあ須臾、“アルスティーナ”って、女の名前だよな?』
食堂の椅子に凭れた恒河沙が向かいに座った須臾に向かって、口にスプーンを銜えながら何気なく聞いた。
『さあ? こっちの名前って僕にもまだ判らないから……。でも、何?』
『んん〜、ソルティーがさ、うわごとで言ってたから。ちょっと、気になっただけ』
自分達を呼ぶ言葉とは違う、苦しさと優しさが込められた名前の人物が、ソルティーにとってどれどけ大切な人なのかを、少しだけ知りたくなった。
前に聞かされた、耳の飾りを彼に渡した人の名前なのかも気になる所だ。
『女の子の名前だったら、恋人とかじゃないの? ああ、でも、歳も歳だし、結婚してるかも知れないな。だったら奥さんの名前とか?』
『……そんな話聞いたことない』
『だって彼が結婚してようが、してないだろうが、僕達には関係ないからじゃない?』
『かんけーない……そっか、かんけーないことなんだよな、俺には……』
そう自分に言い聞かせたが、頭の中のもやもやは何故か消えてくれない。
何時も自分の前では普通に見せているソルティーの顔が、今は全部造り物に感じてしまっていた。ハーパーが言った、彼の孤独と言う病気。本当か嘘かは別にして、もっとソルティーの事を知りたいと思う。
本当の彼を。
――でも、知ってどうするんだよ俺はぁ……。
仕事とは別の、個人的な興味本位は許されず、恒河沙は一人頭を抱えていた。
――そんなに知りたかったら、直接本人に聞けばいいのに。
そう思っても須臾は何も言わなかった。
聞いたとしてもそれがソルティーの過去に関わる事なら、彼がその話をするとは思えなかったから。
翌日から恒河沙と須臾の剣捜しは始まった。
但し、その前に先立つ物をとして、ソルティーから渡された赤い宝玉を三つ程換金し、紫翠大陸との違いを目の当たりにした。
換金された宝玉の代価は紫翠の大凡三分の二で、食費にしても向こうの倍近い。
ソルティーの事もあり、あまり外を見物していなかった二人には、初めての覇睦の生活はどれも新鮮ではあったが、殺伐とした雰囲気にはあまり良い気持ちにはなれそうになかった。
人と自然が一体となっている感の有る紫翠と、人が己の為だけに切り開いてきた覇睦では、そこに生きる人の顔付きまで違って見えるのだ。
『土が見えないよ?』
石で覆われた地面を踏みしめ、困惑した言葉を恒河沙は須臾に向けた。
『多分……歩き易くしたんだろうな。でこぼこしている地面を隠して、石を敷き詰めて、人の為の道なんだよ』
『こっちの方が変だと思うけどな』
作品名:刻の流狼第二部 覇睦大陸編 作家名:へぐい