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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「何が判っていないんだ。元はと言えば、これは私一人に与えられた事だ。お前がどうして此処にいる。二人とどうして居ないんだ」
「そんな事はどうだって良い」
「良くない」
「どうでも良いんだっ! だって俺はソルティーの側に居たいんだっ! ずっと、ずっとソルティーと一緒に居たいんだっ!」
 腕を掴んで叫ぶ恒河沙に驚いて視線を戻すと、真っ直ぐに自分を見つめる瞳とぶつかる。
 真っ直ぐに、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな恒河沙の大きな瞳が、何故かはっきりと見えた。
「俺はソルティーの為なら、どんな奴だって幾らでも殺してやる。今までソルティーがいっぱい人を殺してきたんなら、これからは俺がそうする。絶対にソルティーに人を殺させない。俺がソルティーの敵を全部殺してやる」
 自分の生業を逸脱した言葉を平気で口にされて、ソルティーは表情に出てしまうほど戸惑った。
「自分が何を言っているのか判っているのか?!」
「判ってるっ。信じてくれなくても良い、でも、俺は本気だ。仕事を解雇されても、傭兵で居られなくなっても、俺はソルティーに着いていく。俺はソルティーの為なら、どれだけ人を殺しても良いんだ」
「そんな事をさせられる筈が無いだろう」
 掴まれた腕を振り払い、ソルティーは恒河沙から逃げる様に一歩後ろへと下がるが、恒河沙はそれをさせないように前に足を踏み出す。
「俺が気にしないって言ってるのに、どうして」
「私が嫌だからだ! お前の手が私の様に汚れるのは見たくない」
「俺はそうなりたい!」
 恒河沙の言葉から逃げるソルティーの背に、とうとう木の幹が触れる。
「恒河沙!」
 これ以上聞きたくなくて耳を塞ごうとした腕を恒河沙が掴む。
「ソルティーが汚れてるなら、俺も汚れる! ソルティーが血を流すなら、俺も流す! 仕事なんかどうでも良い! 誰にどんな事言われても、どんな目で見られても良いんだっ! ソルティーだけが大事なんだっ!!」
 恒河沙の叫びにソルティーは怯えた瞳を見せた。
「もう誰も殺させない。俺がソルティーの剣になる」
「……そんな事は、無理だ」
 何処で間違えたのか判らない。
 確かに嫌われたくない気持ちから優しくした。けれど、これ程の言葉を言わせる事を自分が何時したのか、全く思い出せない。
 しかし恒河沙の瞳には一筋の曇りもなく、ただ真っ直ぐに自分だけを見つめていた。
「無理かどうかは俺が決める」
 もう二度と振り解けないように、しっかりとソルティーの腕を握り締め、今まで理解出来なかった言葉を口にする。
「俺がソルティーを好きだから、俺の全部でソルティーを護る」
 気持ちと言葉が一致し、何もかもがすっきりする。
 嫌いじゃないから好きではなく、ただ好きだから何かをしたいと言う気持ち。
 ミルナリスに出来て、自分が出来なかった事の違いを、恒河沙はやっと判った。
「だから、俺はソルティーの側に居る」
 永遠を思わせる恒河沙の言葉にソルティーは何も言えず、幹に力無く凭れ、徐々に体を地面に近づけていった。
――自分がどういう言葉を使っているのか判っているのか?
 地面に腰を下ろしたソルティーの前に恒河沙もしゃがみ込んで、俯いた彼を覗き込む。
「それに、俺が側に居なかったら、その目が治っても、俺の目が見られないじゃないか」
 何ヶ月も前の約束を取り出しての駄目押し。
 何を言われても着いていく決意はあっても、矢張りソルティーにも自分を側に置く理由を一つくらい持っていて欲しかった。
「約束しただろ? 絶対に見るって。約束破ったら駄目なんだぞ」
「……ハァ。何を言っても無駄か」
「無駄無駄! 須臾が帰っても俺は残るからな!」
 溜息をつくソルティーを更に落胆させる言葉を言い、自信たっぷりの笑顔を向ける。
「判った。取り敢えず、帰ってからハーパーと須臾に相談して……」
 一人での説得を諦め、別の切り口を捜そうとしたが、
「それも無駄っ! だって、須臾が部屋から出してくれたし、ハーパーも止めなかったし。だから、俺がソルティーの側に居るのは当然の事なんだ」
「…………………の馬鹿」
 目眩のする頭を抱え込みたいが、腕は拘束されたままで、深く項垂れるしか無かった。
「諦めて俺を連れていくって言えよ」
 握った腕を振り回し、何度も何度も催促する。
 それでもソルティーは恒河沙の欲しがる言葉を言えなかった。
 言うのは簡単な言葉だが、それを言えば絶対に後で後悔する時が訪れる。今でさえも、させたくない事をさせたのだ。これから先、本当に何が起きるか判らないのに、連れていく気にはなれない。
「連れていけない」
「どうして。俺の事……嫌いだから?」
「それは……お前じゃないのか。大嫌いなんだろ、私の事は」
 色々な事がありすぎて随分前のように感じるが、言われてからまだ一日も経っていない。例えミルナリスの存在が、あの出来事が全て計画通りの事であっても、恒河沙の言葉だけは紛れもない事実だ。
「仕事に関して我が儘を言われるのは、迷惑だと言っていた筈だ。お前が私の事をどう思おうと関係ないが、そんな事で振り回すのは止めてくれ」
 言った事は正論だと思う。だが言う自分を大人気ないとも思う。
 此処まで追ってきてくれて、自分の代わりにソノを殺し、このまま一緒に居たいと言ってくれた事は、嘘偽り無く感じた。
 それにあの時彼にああ言わせたのは、紛れもなく自分の感情的な言葉だとも判っている。
「コロコロと適当に態度を変えて、それに私が合わせなければならないのか? 今お前が仕事を続けると言っても、明日になればどうなるか判らない。そんな状態でどうやってお前を連れて行けると言うんだ」
 微かに地面に落ちる滴の音が聞こえた。それを確かめる気はなく、言葉を止める気にもなれなかった。
「……ティ…は……俺……いら…ッ…い……?」
 嗚咽を堪えながらこれだけ言うのに、どれだけ力が必要だったろうか。否応なくそれを感じているのに、簡単に返事が口をついた。
「ああ、もう必要ない」
 言いながら、これで終わりだと浮かんだ。
 これで羨む事も無くなるし、自分の弱さを偽らなくて済む。煩わしい人との繋がりを気にせず、本来繋がっている闇に堕ちる事にさえ、抗わなくても良い。
 その最後の儀式として握られたままだった手を解こうとした時、腕が持ち上げられた。
 震える指先に広げられた手が、何かを掴まされる。その温もりと柔らかさに顔を上げると、意外にも笑顔が浮かんでいた。それも見た事のない悲しい泣き笑いだ。
「じゃ……俺も、いらない……」
 ソルティーの手に重ねた自分の手に力を入れれば、そのまま彼の手が自分の首を絞める。
「馬鹿なっ」
 咄嗟に手を引こうとするが、思いの外強く押さえられた力で、彼の本気が知らされた。
「恒河沙止めろ!!」
 指に止められようとする拍動が生々しく伝わり、ソルティーはその嫌な感触から逃れる為に、恒河沙の手を力ずくで引き剥がした。
「なん…で……」
「それは私の台詞だ! どうしてこんな馬鹿な真似を」
「だって…、ソルティーがいらないって……」
「だから、どうして、そうなるんだ」