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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「後ろに隠れていろ!」
 タランタスにそう言って、立て続けに放たれる矢の下をかいくぐる。
 タランタスの方も、予想通りにはならなかった結果に、あっさりと身を翻した。
――このまま物質だけなら良いのだが……。
 ある程度の魔法なら、身に着けている鎧が遮断してくれる筈だったし、物質的な物へと変化した魔法は避ければいい。しかしそれが、精神的な、物質を介在しない魔法を使われたなら、ローダーを取り上げられているソルティーには防ぐ手段がない。
――無理にでも近付くしか無いな。
「しっ死ねぇ!」
 ソノの狂った声が耳に届くと同時に、駆け抜けようとしたソルティーの足首に蔦が絡まる。
「クッ!」
 素早くその蔦を切り落としたのだが、それはソノに高位呪文を唱える時間を与える結果となった。
 大気中の水分が、一気に収束しソルティーの周りに集まる。
 咄嗟に息を止めたつもりだったが、まとわりつくそれは、皮膚を伝い、体内のあちこちに散らばり染み込む。
「アッ……ガッ…!」
 堪える事も出来ず、ソルティーは大量の血を口から吐き出す。
「どっどどっどうだっ! お前の内臓は、すっ直ぐに、ぼろぼろだ!」
 簡単に方が着いたとソノは高笑いを始め、ソルティーは俯き自分の吐き出した血を見つめ、ソノに見えない笑みを浮かべた。
 痛みを感じない分、体内の異常が他人事の様に感じられる。毒を持った水は内臓を次々に汚染し、食い荒らしている。
――普通なら死ぬな。流石、アスタートと言うべきか。
 自棄に冷静な感想を思い浮かべ、ソルティーは緩んでいた手に力を入れ直し、顔を起こして笑い続けるソノを見上げた。
「次は私の番だな」
 口腔に溜まった血を吐き出し、ソノに向かって歩き出す。
「どどどっどうして?!」
「私を殺したければ、この森を潰すつもりで攻撃しろ」
「ひぃっ…!」
 外の世界では使える者も居なくなった呪文は、数え切れない程ある。それらは偏に、精霊の力を引き出せる程の術者が居なくなった事を表している。自分にはそれが使える、選ばれた者だと自負があった。
 人を一瞬で殺す魔法。殺す為だけの魔法を使い、それは確かに成功した筈だった。男の吐き出した血の量が、間違いなくそれを示した。
 本来なら身動きも出来ない所か、歩く事さえ出来るはずがない男が、しっかりとした足取りで近寄ってくる。男が握っている剣が、真っ直ぐに自分に向けられている。それはソノに不死を感じさせた。
「ななな何故っ、何故死なないっ?!」
 思わず疑問を口走ると、男はさも当然のような笑みを浮かべた。
 そのあまりにも有り得ない状況に、ソノの体が勝手に後ろへと逃げ始めた。動転した頭は高位呪文を忘れさせ、慌てて唱えた呪文は程度の低い、水の矢だった。
 剣先で放たれた水の矢を切り払い、大樹の根本まで来たソルティーは、怯えながら次の詠唱に入ったソノを見つめ、そしてその後ろに現れた影に咄嗟に声を発した。
「恒河沙、殺すなっ!」
「ヒグっ……?」
 突然背中に熱い物を感じたソノは、疑問を浮かべながら自分の胸の辺りを見下ろした。
 何も無かった筈の胸に、血が付着した鋼の板が見える。そしてそれが自分から生えているのを確信した瞬間、それは自分の中に消え、血が噴き出した。
「あ……あ……ああ」
「ソルティーを殺そうとしたな」
 それがソノの聞いた最後の言葉だった。
 根の上から崩れ落ちたソノを見ず、彼の背後から現れた姿を、ソルティーは言葉を失った状態で見上げる。同じ様に自分を見下ろす恒河沙の姿は、微かに返り血に汚れている様に見えた。
「ソルティー、大丈夫だった?」
 恒河沙はまるで何も無かった様に何時も通りの言葉を発しながら、軽快な足取りで根の上から飛び降り、その足でソルティーの前まで駆け寄る。
「怪我無い?」
「…………った…」
「えっ?」
 聞き取れなかった言葉をもう一度と思った瞬間、剣を捨てたソルティーの手が恒河沙の頬を打った。
「殺すなと言った! どうして殺したんだっ!」
「何で……」
 理解できない言葉に恒河沙は言葉を継ぐことが出来ない。
 ビーヴィーに案内されて出たのは、大樹の裏側だった。入り組んだ根の隙間から見た光景は、血を吐いているソルティーの姿だった。
 それを見た瞬間、頭が真っ白になってしまった。明らかに敵だと確信した男の姿を見て、背中を向けられている事にも何の抵抗もなかった。
 ただ殺さなければならないと感じた。“これ”さえ消せばソルティーを助けられると思った。
 それなのに彼は少しも嬉しそうではなく、それどころか苦しそうに吐き出すのだ。
「お前にだけは、殺しなんかして欲しくなかったのに…」
 ソルティーは恒河沙を殴った手を握り、彼にそうさせてしまった事を後悔していた。
「ミルーファ! ミルーファは無事なのか?!」
 後ろに身を隠していたタランタスがよろめきながら姿を現し、恒河沙の出てきた場所からビーヴィーも現れ、眠ったままのミルーファを確認すると、タランタスに手を振る。
「大丈夫です。眠って居るだけの様です」
「そうか、無事か……。良かった」
「今、降りますから待ってて下さい」
 ビーヴィーはそう言いながらミルーファを抱き上げ、流れの緩やかな根を伝って地面に降り立った。
 彼の腕に抱かれたミルーファを確認して、初めてタランタスは気弱な表情を見せた。
 何をどう言っていても、内心は心配で仕方がなかったのだろう。
「さあ、帰ろう。ミルーファの術も解いてやらなければならないからな」
「はい!」
 これで無事総てが終わったと、気持ちも新たに元気良く返事をしたビーヴィーに、恒河沙が怒鳴り声を上げる。
「お前等は勝手に先に帰ってろ。俺はソルティーと話があるから、後で迎えでも寄越せ」
 恒河沙はソルティーを睨み上げたまま、ビーヴィーに言い捨てる。
「えっ、でもですね、この森は……」
「良いからとっとと行けっ!」
「はいぃ〜〜」
 わずか数刻の間に身に付いてしまった条件反射で、タランタスの腕を掴むと、ビーヴィーは一目散にその場所から消えて無くなった。
 自分達の他に誰の気配も無くなってから、恒河沙は手に持ったままの血が付着した大剣を地面に突き刺し、真っ直ぐソルティーを見つめ、力を込めた声を出す。
「どうして俺が殺しちゃ駄目なんだ。ソルティーだってあいつを殺そうとしてただろ!」
「私はもう何人もそれをしてきた。彼奴の言った通り、今更何人増えようと変わりはない。だがお前は違う」
「違わない!」
 強情を通す恒河沙をもう一度殴りたくなるのを堪え、彼から目をそらし判って欲しい言葉を吐きだす。
「違うっ! お前は何も判っていない! 人を殺す事は、それだけで何かを失うんだ。失った何かの場所には、感じなくても凝り固まった恨みが入り込む。殺せば殺すだけだ。それに気付いた時には、何もかも麻痺した自分が残されるだけだ!」
 自分がそうなってしまったから、まだ真っ白な者を残したかった。
 それが自分の身勝手だと判っていても、こんな自分の為にだけは汚れて欲しくなかった。
「判ってないのはソルティーの方だっ!」