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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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episode.16


 総ての思いが言葉一つの媒体に表現出来るなら、人の進化は有り得ただろうか。
 言葉が総てでは無いと知っているから、時には争い、時には許し合う事が出来るのかも知れない。
 言える言葉の総てが、必要な言葉ではない。言えない言葉の総てが、不必要な言葉でもない。
 言いたい言葉、言えない言葉。伝える術が一つでは無いからこそ、人は考えつく限りの伝達方法を創り出した。
 しかし、真実として心に響くのは、矢張り本当に伝えたいと思う心で造られ、そして直接音となった言葉なのだろう。


 * * * *


 タランタスに案内される道すがら、ソルティーが耳にした彼の言葉は、驚くべき事実であった。
 彼はアストアの森の中でもそれ程大きくない村、エセビナの村長(むらおさ)だと言った。
 広大な面積を誇るアストアには、それこそ数え切れない数の村が存在し、それらは自分達の土地を自分達で守護する掟を従えて生活している。河南の森でも同じ事が行われていたが、それは種族や生活、風習が違い共に生きる事が出来ないからだ。
 アストアにはそう言った契約住人は居ない。総てがアスタートであり、アストアだった。村単位の自治権を行使しているだけに過ぎないが、ソルティーには咄嗟に“分裂”と思い浮かべてしまうほど、考えられない状況だった。
 そして最も驚いたのは、今のニーニアニーの立場と言える。
「儂等は王を必要としていない」
 はっきりと口にしたタランタスの言葉は、真実と思って間違いはないだろう。だからこそ彼は、城に居る間中ずっと口を閉ざしたままだったのだ。
 王に逆らいはしない。しかし決して服従もしない。おそらくそんな気持ちの表れだったのだろう。
「何か有ったのか?」
 少なくとも城の内部に居たアスタート達に、タランタスと同様の気配はなかった。王に脅え暮らす感じは一切無く、実際にも無いだろう。
 この閉鎖された場所に住みながら、その柱である王に反発する何かが有ったのかと、ソルティーは興味本位と退屈しのぎで聞いた。
 しかし返された言葉も、それはそれで信じられない言葉だった。
「知らん。儂の産まれるずっと昔の事だ、知る筈が無いだろう。王に頼るなと儂等は親から聞かされ、親はその親から聞かされていた。長年の風習の様なものだな」
「風習だと? 王に対抗するのが……」
 杖を振り回し気さくに話すタランタスの姿に、言い様のない異質さを感じた。
 民衆を支配する王の存在は、古の時代から続いてきた絶対的な理の一つだ。カラの様な愚王であろうと変わりはない。血によってのみ受け継がれる王と称される存在意義は、民には逆らえない力として産まれもって刻まれている。
 その中でもアストアは、世界最古の王国である。有史以前から続いているとされ、王の血はまさしく、神に選ばれ授けられし純血。故に理の秩序も、最も色濃く残っている筈だった。
 それがどうだ、タランタスの言葉も態度も、王を無用の長物とし、全身で拒絶している。しかもその理由さえも知らずに。
「外の人には判らない事だ。儂等は貴方達より寿命が短い。だから儂等の時間は人の倍の早さで流れてしまうのだよ」
 タランタスはそれを別に気にしている風には見えなかったが、確かに彼等の寿命は人の半分で、人とは違った物の見方をするのだろう。
 アスタートの寿命は四十から五十。腰の曲がったタランタスでさえ、生きた年数だけを数えたら、人の世ではまだ働き盛りだと言える。
「それはそうと、ミルーファだったか、貴方の娘が長だとするなら……」
 先送りとしていた質問を漸く口に出来たソルティーの言葉の途中で、タランタスは首を振ってその答えを早々ともたらした。
「見ての通り儂は長ではない。ミルーファは養女…と言うやつか。前の長は夫婦揃って早死にしたので、儂がお世話係になっとる」
 タランタスが村の長だと言うなら、ミルーファはアスタートの長。
 王がアストアの唯一無二の存在とするなら、アスタートの長は完全なるアスタートの絶対者だと言える。
 王が急逝したとしても、必ず変わりとなる者が“証”を持って産まれる。しかし長は変わる者は居ない。血を繋ぐ事でしか受け継がれないのが長であり、繋ぐ者としての役割だった。
 だからこそタランタスは安心していた。森が繋ぐ者を亡くす筈がない。と、確信していたから、僅かに感じる焦りを無視する事が出来た。
「あと、誘拐を企てた政務官は前から知っていたのか?」
「知らない者は居ないと思うな。ソノと言うのだが、あれの秘術狂いに泣かされた村は、儂等の村だけでは無い筈だ。何を勘違いしたのか、長になれば主に秘術を授かると勘違いして、そんな事はないんだと何度と無く言い聞かせたんだが、全く信じようとはしなかった」
「政務官がどれ程の術者か判るか?」
「……どれ程と言われても、儂は術者ではないし、その才も無い。ただソノ本人は、自分の事を古代魔術師の生まれ変わりなどとほざき回っていたが、誰も信用していなかったなぁ。実際の所、どれだけの力の持ち主なのか、誰でも良いから教えて欲しいものだよ」
 タランタスは高嶺の花に手を出したソノを鼻で笑い、ソルティーは結局杳として知れないソノと言う物の力を、取り敢えずは過大に考える事にした。



 一方その頃……。

「ヒッ! ヒィィィィィィ〜〜〜」
 情けない声をこだまさせながら森を進んでいたのは恒河沙と、運の悪い兵士の一人だった。
 兵士の名前はビーヴィーと言うのだけを、一応の礼儀として聞いてからも、恒河沙は彼を半分引きずる格好で進んでいた。
「てめぇ、この道で本当に良いんだろうな? 嘘だったら、ぶっ殺す」
 まあ名前を聞いたからと言って、それを口にする余裕は無かったが。
「本当ですよぉ〜。森は広いんだから、全く同じ道なんかは無理ですって、何度も説明したじゃないですかぁ。それに向こうは村長付きですよぉ、俺なんかよりももっと森に詳しいに決まってるじゃないですかぁ〜」
「お前も此処に住んでんだろ」
「だからぁ、それも言ったけど、城の者は森に長けては居ないんですって! そりゃアスタートですから感覚で判りますけど、おいそれと主の所に何か行けませんよ! こんなのバレたら、村の奴らにどんな目に遭わされるか……」
 これで何度目の説明だろうと思いながらも、ビーヴィーは自分を引きずる人間が恐くて、聞かれると答えるを繰り返した。
 体格的には人間の中では背の低い恒河沙と、アスタートの中では長身のビーヴィーでは、それ程の違いはない。ビーヴィーが力の限り抵抗すれば、なんとか逃げ出す事位は出来そうだったが、そんな事を考える前に恐さが前にあった。
 恒河沙から逃げ、此処へ彼を置き去りにすれば自分は助かる。しかし、その後を考えるとおいそれと逃げ出せる状況ではない。
 まず間違いなく王から直々にお叱りがあるだろうし、そうなれば降格か減給。ついでに放置した恒河沙がもしも森で大暴れでもして、万が一周囲の木々を傷付けた場合は、間違いなく処刑台が自分にも迫ってくるだろう。
 恐らく恒河沙なら何の疑いも躊躇もなく、周りの樹木を伐採する。
「だぁぁぁぁっ! なんでこう、真っ直ぐな道が無いんだよ!」