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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「判った。お前の言葉に従う」
「懸命な判断だ」
 必死にソルティーが感情を抑えている姿が可笑しいのか、彼を見るニーニアニーの瞳は楽しげに細められていた。
「但し一つだけ、私の願いを聞き届けて貰いたい。お前の為に私が人一人を殺す条件だ」
「…フッ……、良かろう、一つ位は彼女に免じて聞くだけは聞いてやる」
「私が無事に仕事を終え戻れたなら、此処にいる二人をシスルに送り届けてくれ。これからの事は、断じて二人には関係が無い」
「ソルティー…」
 一度も自分達を振り返る事もなく、背中だけを見せるソルティーに須臾は何を言って良いのか判らず、ハーパーに口を塞がれ身動きを押さえ込まれた恒河沙は視線だけを送っていた。
「良かろう、但し、戻って来られればだ。では早速向かって貰おうか、タランタス後はお前に任せる」
 ニーニアニーの言葉にタランタスは無言で頭を下げ、椅子から立ち上がる彼に従う。
「ああそうだ、言い忘れては困る事が有った。ソルティアスに剣を貸し与えよう。あの剣を無闇のこの森で使われたのでは、始末に悪い」
 壇上で一端立ち止まり、控えていた侍従に二三の言葉を投げ捨ててから、ニーニアニーはその姿を奥の扉の中へと消した。
 そして直ぐにソルティーの元には、二本の何の変哲もない剣が手渡された。
「主……」
「心配は必要ない、直ぐに帰ってくる。須臾、そう言う事だから、これまでの精算を済ませて置け」
 帯剣をし終えると、ソルティーは足早に進むタランタスの後を追った。
「ん〜〜〜〜っ!!」
 幾ら藻掻いても放してくれないハーパーの指を恒河沙は噛み、徐々に遠離るソルティーの背中に何かを叫ぼうとした。
「恒河沙! 今は抑えるのだ!」
「そうだよ、僕達が暴れたからってなにも……」
 何時も通り冷静に話をする須臾を、恒河沙は思いっきり睨み付ける。
「さあ、みなさんは部屋に戻って貰いましょう」
「…うむ。恒河沙落ち着け、今は主の帰りを待つしか在るまい」
 数名の兵士に囲まれた状況をハーパーは苦々しく思いながらも、これ以上ソルティーを不利にさせない為に、暴れる恒河沙を抱え部屋に戻った。
 ただ、そんな状況は恒河沙には関係がない。
――どうしてソルティー一人で行かせるんだよ! すっごく嫌がってたのに、すっごく怒ってたのに、どうしてまたソルティーに人を殺させるんだよっ!
 それを見過ごしたハーパーが許せない。簡単に話す須臾が許せない。言い渡したニーニアニーを殺してやりたい。
――俺がするのに! どんな奴だって、俺が殺してやるのにっ!!

 そして思う事しか許されない自分が、誰よりも……。





 広い王城を抜ければ直ぐに森の始まりがあった。
「これよりは儂を見失わないように」
 其処で初めて口を開いたタランタスは、ニーニアニーを前にしていた雰囲気とはがらっと人が変わり、とても娘を誘拐されたような立場とは思えない陽気な口振りだった。
「大丈夫。ミルーファは護られた子、命を落とす事は無いと思ってるよ」
「行き先も判っていると言っていたな」
「主への道を辿れば直に着く」
 樹木の影に見失いそうになるタランタスを、目を凝らしながら付き従う。
 河南の森の様に、体を繋ぐ事が必要では無いのか、空間の歪みは存在していなかった。
 河南が特殊なのか、アストアがその必要性を感じていないのか。理由は定かでは無いが、ソルティーにとっては視界に頼らなければならない分、タランタスの後ろを歩くのは苦労を強いられた。



 部屋に戻らされた三人の目の前で、扉に鍵が掛けられた。
 やっとハーパーの腕から解放された恒河沙は、怒りのはけ口を扉に向け、力の限りの暴行をそれに浴びせる。
「一寸落ち着きなよ」
「うるさいっ!」
 見掛けは兎も角、頑丈な扉は恒河沙の攻撃にびくともしない。次に自分が彼の怒りの矛先になる予感を恐れ、須臾は取り敢えず恒河沙の言葉通り黙る事にした。
――ソルティーが一人位に負けると思ってるのかな?
 ニーニアニーが言っていたではないか、「王殺しの手配者」と。王に近付く為に、どれだけの障害があるだろう。その中には術者だって居ると言うのに、王は殺されたのだ。街の誰一人もが気付かぬ内に。
 ハーパーが言うように、狂気に触れる光景だったに違いないそれが、たった一人によって行われた。それを考えれば、これから森で行われる殺人が、どんなに稚拙な出来事だろうか。
 気楽な気持ちで須臾は自分の鞄から帳面を取り出し、事細かく書かれた今までの仕事内容の計算を始めるた。
 取り敢えず先程のソルティーの言葉は、解雇ではなく仕事の終了と見なして良いだろう。ならば多少の上乗せをと考える。
――途中の野盗は依頼外として吹っ掛ける。襄還宗のあれも随分と僕が活躍したし、恒河沙の方は……今聞いても無駄かなぁ。まあいいや、予測推量だとこうなるっと。うんいい感じですね。
 前金で貰った宝玉で充分お釣りが貰える仕事量だが、須臾の中ではあれはあれ、これはこれだった。ソルティーの口振りなら貰えそうなので、貰える物は貰うつもりだ。
「一体なにやってんだよ!」
 その怒った声に見上げると、仁王立ちした恒河沙が自分を見下ろしていた。
「何って、勘定の計算に決まってるでしょ? 僕達の仕事は終わったの」
「終わってないっ!」
 須臾の耳元で大声を上げ、彼が一瞬怯んだ隙に持っていた帳面を取り上げる。
「なにするんだよ、幾ら恒河沙でも許さないよ。ほら、返しなさい」
「……だって、まだ仕事終わってないのに」
「終わったも同じじゃない。確かにソルティーが帰るまでは僕達は契約上の者だけど、僕達は彼が帰るまで動けないんだよ? それに、彼が帰るまでに計算を済ませろって言ったのも彼自身だ。僕達はその言葉を優先させなくちゃならない。判ったらさっさとそれを返して」
「やだっ!」
 恒河沙は帳面を掴もうとする手から逃げ、それを両手に掴むと一気に破った。
「あああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
 阿鼻叫喚の叫び声を上げ、須臾は信じられないと頭を抱える。
 女性の次に大事な須臾のお仕事帳を、本人の目の前で恒河沙はこれ以上細かくならないまで破り、床に散らばっていく紙切れを須臾は半泣きで見つめた。
「ソルティーが帰って来ないかも知れないのに、どうしてこんな事が出来るんだよ! 彼奴等に殺されちゃったらどうすんだよ!」
「帰って来るって思ってるからこうしてるんだろ! あああもう〜〜どうするんだよこれぇ〜。一年以上の成果が……全部精算してないのにぃ〜〜〜」
 須臾は無惨な姿になった欠片を拾い集め、再現可能な部分を探した。
 しかし無情にも恒河沙の足が紙切れを蹴飛ばし、踏みにじり、床に擦り込む。とてもじゃないが、再起は不可能な感じが濃厚となった。
 これには流石の須臾も我慢しきれ無かったのか、勢いよく立ち上がると真っ向から恒河沙を見下ろした。
「いい加減自分の立場を弁えたらどうだよ! 僕達は言われた事をすれば良いんだよ、勝手に動いた所でソルティーの邪魔になるだけだろ! 今お前が息巻いたって、事態は変わらないんだよっ! ソルティーが帰ってきたら僕達はお払い箱! 此処でさよなら! 判ったっ?!」