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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 そんな縋る思いから、ハーパーは多少の表現を変えて言葉にする事にした。
「今の主の心には呪詛が詰まって居る。剣を使い、人を殺す事でその呪詛は強まる。余程心を強くせねば取り込まれ、何れは呪詛に肉体を奪われるであろう」
「死ぬって事?」
 須臾の推測の言葉にハーパーは首を振り、恒河沙は顔を上げた。
「死の方が幾ばくかはましと、主は思うであろうな。あの呪詛は狂気だ。これまでに数度その片鱗を我は見たが、あれは殺戮だけを望む者。主の意識など消え失せ、生きとし生ける者を総て無にする。それ故に主は、心を強く保たねばならなかったのだ。喩えそれが、如何なる冷たき所存であっても。どれ程それが辛い事なのか、お主には判るか?」
 時折垣間見たソルティーの冷酷な眼差し。感情に左右されない様に努め、それ故にミルナリスの気持ちに応えられなかった。
「ソルティーにとっては恒河沙が唯一の息抜き……」
「我もそう思って恒河沙に無理を言った。恒河沙は何の裏も無く主を見てくれた、己の辛さ等を忘れられたのだと思う」
 ハーパーが羨む程、恒河沙と居る時のソルティーは良く笑った。
 心から楽しく声を上げて笑う彼の姿は、記憶を捜さなければ見る事は不可能だと思っていた。
 今のソルティーは声を上げた笑いでも、それは狂気が含まれた冷めた笑い方だ。これからはそれだけになり、何れはそれさえも消えていくだろう。
 束の間の平穏だったのかも知れないが、それでも決して訪れないと思っていた平穏だった。
「主は今でも決してお主を嫌っては居らぬ。それだけは信じてくれまいか」
 そう言われても恒河沙は何も言葉が浮かばず、返事を返す事は出来なかった。
 今更そんな大事な事を言われても、自分がソルティーを責め立てた言葉が消える事はない。
 知っていれば言わなかった。
 知らなかったから言ってしまった。
 だからこそあの時の言葉が、真実の言葉としてソルティーを傷付けたのか。

『お前に私の何が判るっ!』

――本当に何も知らなかった。

『彼女の死を背負わされる私の気持ちが判るのかっ!』

――気が付けば良かったのに。ソルティーがちゃんとミルナリスの事悲しんでるって、ちゃんと考えれば判った筈なのに。

 今ならあの時にソルティーが言った言葉の意味が判る。
 ミルナリスの死に、押し潰されそうになっていた彼を。
 しかし、それはもう過ぎ去った過去の言葉でしかなく、今は言葉すら無くなってしまった。
 どうしようもなく、ただ自分が許せない気持ちしか持てず、恒河沙はまた静かに俯いた。





 三人の部屋に先刻とは違う男が現れたのは、窓から差し込む光が強さを増した頃だった。
 生い茂る樹木に阻まれ、陽の傾きで時を知る事は出来ず、時間が河南よりも感じにくいと須臾は思う。
「王の御前ですので、武器の類は一切持ち込まないようにお願いします」
 部屋から出る前に念入りに調べられてから漸く、三人は廊下に出させて貰えた。
 廊下には多くのアスタートが行き来し、その体の小柄さが種族的な特徴であるのが判った。
 平均的には外の人よりも1フィアスは低いと思われるが、地の種族よりはまだ人に近い。そしてこの森の閉鎖的な環境の中で、他と血が混じる事も無いのか、皆一様に種族的特徴を有しているのが判る。
「しっかし、森の中にこんな城が在るなんて思わなかったね」
 大抵何処の森も、杜牧の様な集落が存在する位だろう。
 どれも森の中で慎ましく生活しているとばかり考えていた須臾には、アストアの状況はかなり凄い事の様に思える。
「我々アスタートは契約住人では在りませんから。このアストアの森全体が私達の国です。ですから城が在り、王が居ます。他国との交易、外交もしています。それが許されるのは、アスタートだからですが」
 それが自慢なのかどうか判らないが、兎に角砂綬が聞けば嘆くだろうなと思う。
 少なくともこの説明で、契約住人が憧れる存在のアスタートが、どれだけ深い森の中でも不自由を知らずに生きているか、周りを見れば充分理解出来た。
「さっ、もうすぐ謁見の間ですから、良いですか? くれぐれも無礼の無い様にお願いします」
 長い廊下の前方に数名の兵が立つ扉が見え、その扉は如何にも重厚な威厳を醸しだし造られていた。
「お客人をお連れしました」
 扉の前に立つ兵に男がそう言うと、兵は三人を確認した後に重い扉をゆっくりと開けていった。
 その扉の向こうに居るソルティーを最初に見付けたのは恒河沙だったが、その姿は背中を向けたままで、彼がどんな表情をして次の言葉を言ったのかは判らなかった。
「どういう事だ。話は私だけで充分だと言った筈だ」
 声には色濃い憤りと、相手への嫌悪が込められていた。
 間違いなく表情も同じにしている彼へ返される声は、対照的な軽やかな子供の声だった。
「別に聞かれて困る話をする訳では無いだろう? それとも、貴様は何か疚しい見に覚えでも在るのか、ソルティアス・ダ・エストリエ・リーリアナ・リーリアン」
 広間最奥の数段高い場所に、玉座と思われる重厚な椅子が置かれている。そこに腰掛けていたのは、恒河沙よりも幼い少年だった。
 その少年の言葉に、ソルティーは拳を握り締めた。
「その名を二度と口にするな! 私の名はソルティー・グルーナ以外に無い!」
「グルーナ? ハッ、“虚無”とはまた、巫山戯た名前を付けたものだ。その朽ち果てた言葉は、如何にも今の貴様には、滑稽な程お似合いな名前と言えるな。だが、余にその様な戯れ言は、何の意味もない。貴様は此処では余に従うしか他に無いのだ、リーリアンのソルティアスよ」
「クッ……」
 無理矢理に怒りを押さえ込んだソルティーを笑い、少年は扉の前に立つ三人に目を向けた。
 口振りは酷く大人だったが、その姿はまだ十歳になるかならないかだろう。
 薄い菖蒲色の髪を短く揃え、褐色の瞳を持つ彼は何もかもを知り尽くした感がする。それが威厳なのか重圧感なのか判らないが、今まで感じた事のない空気に包まれているように見えた。
 そしてこの少年との会話から、少なくともソルティーが彼と何らかの繋がりがある事も、須臾には感じ取れた。
「其処の者、もう少し近くによっても構わぬ。それでは話も気軽に出来ぬ」
 肘掛けに凭れて気怠く話す彼に、恒河沙は困惑していた。
 ソルティーがこんなに一方的に言われなくてはならないのか判らない。そして言い返せないソルティーにも視線が行く。
「何をしている。王の許しが出たのだ、早く前に行かぬか」
「王? あの少年が?」
 確かに威厳と言う物は兼ね備えているが、あまりにも外見が子供過ぎる事に須臾は疑問をハーパーへと向けた。
 その問い掛けに答えたのは、表情を一瞬険しくした少年本人だった。
「余が王では不服か? しかし、現国王は余しか居らぬ。余はニーニアニー・ヴァウンス・エスター・アスティニ・アストリアである。確かに余はまだ子供では在るが、少なくともお主達よりは知に長けた者だ」
「!」
「お主達、此処は何も考えずに従うのだ。此処で何かをするのは得策では無い」