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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 ハーパーの血相を変えた言葉に、ソルティーはまた笑いだした。
――本当に見掛けで判断は出来ないな。手際の良い女だ。
「主……」
「いや、何でもない。少し面白い者と話をしていただけだ」
 ハーパーから自分の荷物を受け取り、その中にあるシャツを一枚取り出し、笑みを浮かべたまま袖を通す。その姿をハーパーは複雑な面持ちで見つめていた。
 そこへ表情を強張らせた恒河沙が近寄ってきた。
《詳しい事は後で話す》
《御意》
「ソルティー、ミルナリスが消えちゃった」
「だろうな」
 帯剣をし直しながらそれだけを恒河沙に答える。
 人ではなかったのだから、消えても当たり前にしか思えない。
「だろうなって、ソルティー」
「触るなっ!」
 恒河沙が腕を掴もうとしたのをソルティーは一言で制した。
「ソル…ティ……」
《直ぐに此処へ使いが来る。私達を逃がしてくれるそうだ。多分、行き先はアストアだろう》
 ソルティーは立ち竦む恒河沙を無視し、ハーパーに向かって話をする。
――触れるな。触れるとお前が汚れてしまう。
 女子供関係なく、逃げる者をも殺してきた体に触れて欲しくなかった。
「恒河沙…」
 ソルティーを掴もうとした右手を左手で握り締め、何も言えずに立つ恒河沙の肩を須臾が引き寄せる。
「須臾……俺……」
「今は駄目だよ。あれを見てごらん」
 井戸の脇を須臾は指さし、其処にはソルティーが脱ぎ捨てた血塗れのシャツがあった。よく見るとズボンや靴は黒く変色していた。血を浴びすぎて、原形など留めない程に。
「どう…して……」
 狼狽える恒河沙の耳元で、須臾は小さく自分の推測を語った。
「多分、城に行ったんだと思う。一人や二人じゃない、もっと沢山殺してきてる」
「そんな、どうして」
「ミルナリスを殺されたから。他に何があるんだよ。内心は凄く、凄く怒ってたんだと思うよ」
 他には考えつかない須臾の推測に恒河沙は息を飲む。
 つい数刻前までのソルティーの態度からは結びつかなくても、普段の彼からなら容易に考えられる行動だ。
 そう感じた途端、恒河沙の胸が激しく悲鳴を上げだした。
「……だったら…俺……」
――いっぱいソルティーに酷い事言った。いっぱい、いっぱい傷付ける事言った。大嫌いって言った。ぜんぜんソルティーの気持ち考えなかった。
 だから触るなと言われたのだ。
 自分はソルティーだけを責めて、何もミルナリスの為に動こうとしなかったのに、彼は彼女の為に仇を討った。
――俺、絶対嫌いにならないって言ったのに、大嫌いって……。ソルティーが優しいって知ってたのに……俺は……。
「恒河沙…」
 ソルティーの背中を見つめながら目を見開いたまま涙を流す恒河沙を、須臾は黙って抱き寄せるしか思いつかなかった。


――俺は、なに? ソルティーの傭兵だろ? ソルティーの代わりに戦って、ソルティーを護るんだろ? ……俺、なにしたんだ? ……しなきゃなんなかったの、俺だろ? ……俺が……。



「お待たせしました」
 その言葉を告げた主は、突然ソルティーの前に現れた。
 ミルナリスが消えた波紋ではなく、空間を丸く切り開いた闇の中に一人の小柄な男が現れ、軽く頭を下げる。
「矢張りそうか」
 彼の厚く広い特徴的な耳の形を見て、ソルティーは自分の予想が正しかったのを知る。
「は?」
「いや、何でもない」
「ではこの通路はあまり時間を保つ事は出来ませんので、お早くお通り下さい」
 闇の入り口の脇に体を寄せ、男は片手を先へと示す。
「行くぞ」
「お主達も来るのだ」
 先に闇に消えたソルティーを追い、途中で振り返り呆然と立っている二人にハーパーが声を掛ける。
「あ、うん。行くよ恒河沙」
「………」
 力の抜けた恒河沙の腕を引き、須臾もその闇の中に消え、最後に男が消えてから空間は元に戻った。






 精神世界を媒体に、場と場を繋ぎ合わせただけの道は、跳躍と違いソルティーの体に影響を及ぼすものではない。
 しかし、瞬間の道を抜けたと同時に、ハーパーと須臾は苦しみながら倒れ込んだ。
「あ〜、あ〜、忘れておりました」
 どちらかと言えば態との節も見られる陽気な言葉を発し、小さな体からは想像できない力でまずは須臾を押さえつけ、自分の額と彼の額を併せる。
 そして次にハーパーにも同じ事をした。
 以前砂綬がした事と同じなのだろう。ただ、須臾の苦しみ方を見ても、河南の森とは明らかに付加の容量が違う。
「…し……死…ぬ…」
「……う…うう……」
 ハーパーに関しては赤竜と言う種族性質から、森とは相性が悪すぎた。
 恐らく彼がこれ程までに一見して判る苦悶の表情を浮かべるのは、これが初めてだろう。
「大丈夫か?」
「面目……無い…」
「さて。みなさん、改めてアストアの森へようこそおいで下さいました」
 まだ二人とも床に転がっている状態であるにも関わらず、男は陽気に挨拶をする。
 その台詞に驚いたのは須臾だけだった。
「アスト…ア……?!」
「ええ、アストアです。そしてここは、アストアの王の城」
 誇らしげに語られる言葉に、須臾の驚きは更に大きくなる。
 しかし恒河沙にはどうでも良い話だった。……全く理解できないから。
「俺と……ソルティーには、額つけないの?」
 恒河沙は須臾を抱き起こしながら男に聞いたが、返事は素っ気なかった。
「そんな、どう見ても必要ない人にするのは、面倒じゃないですか」
 肩を竦め、首を振りながら、男は無駄な事は嫌いなんだと付け加えた。そもそもこうして自分達を迎えに来た事さえも、彼にとっては無駄な事のような雰囲気でもある。
 恒河沙は自力で立ち上がろうとするハーパーから、その横で部屋を見渡しているソルティーに視線を移し、その横顔をじっと見つめた。
――こっち…一度も見てくれない。
 視線を逸らすだけならまだしも、彼の視界には欠片も自分が存在していない。まるで見知らぬ他人が同じ空間に居るだけのように、彼との間には見えない壁があった。
 そのソルティーが見回す部屋は、石造りの質素な部屋だった。ただ随分と広く、その中央には方陣が描かれ、呪術用の部屋だと判る。
――相も変わらず、こういう事だけには長けているな。
 古の呪法が残されているのは、最早この森しか無いだろう。
 実際、先刻四人が使った通路でさえ、今では存在しなくなった筈の呪法なのだから。
「それではみなさんをお部屋にご案内しますから、私についてきて下さい」
 その身には大きい程の扉を開け、男はゆっくりと扉の先にある廊下に向かう。
「それから、お部屋に入ったら、必ず不浄を落として下さい。明け方には王のお召しがあると思いますので」
「判った」
 男への返事をソルティーが簡潔に述べた後は、沈黙が四人を包み込んだ。



 四人には二つの部屋が用意された。ただし隣り合っている訳でも、向かい合っている訳でもない。
 別棟に建てられた豪華な一室にソルティーだけが案内され、他の三人は広さだけはある使用人用の部屋に押し込まれた。
「なんか、思いっきりの差別が見える」
 聖聚理教の部屋を思い出させる質素な造りを見渡し、落胆を隠す事無く須臾は漏らす。
「牢に繋がれなかっただけ良しとするしかない」