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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 ハーパーに庭まで送って貰い、その後は自分一人で済ませた事が、ソルティーに残された最後の良心かも知れない。





 宿の裏手に降り立ち、ソルティーを残してハーパーだけが宿に戻った。
 両手と剣の血を拭ったと言っても、体中に返り血と自分の流した血が付着しているのだ、気軽に宿に入るのは躊躇われた。
 勝手に井戸を使うのは気が引けるが、血に濡れたシャツを脱ぎ捨て、汲み上げた水を頭から浴びる。地面に流れる水は、ソルティーの肌に触れた途端に赤く染まり、鉄錆の臭いが辺りに漂った。
「……クスクス」
 後ろから聞こえた小さな笑い声に振り向いたが、影になった場所からの所為か、ソルティーがハッキリ見る事は出来なかった。
「誰だ」
 目を凝らし、その影からゆっくり現れる姿を徐々に視覚していくと、黒い服と長い黒髪の少女だと判った。
 外見は七歳位の少女。
「お初にお目に掛かります、と申し上げても差し支えはありませんわね」
 少女は楽しそうな微笑みを絶やさず、深々と御辞儀をした。
 時間帯もさることながら、少女の持つ雰囲気はただの子供とは思えず、ソルティーは警戒を込めた視線で少女を見る。しかし、その視線すらも楽しげに見つめ返し、更に少女は近寄ってくる。
「そんなに恐い顔をなさらないで戴けます? 私は貴方の敵では御座いませんわ」
 蒼陽に照らされる場所まで少女が来て、やっとソルティーは少女の瞳に気が付いた。
 人が希に持つ金の瞳とは違う、黄金の瞳と長い虹彩。無論ソルティーに色が判るはずはないが、その禍々しい輝きに疑う余地はない。
「対の者か」
 その言葉に少女は驚いた表情をする。
「あら、真に久しぶりの御言葉ですわ。以前はそう総称された記憶も御座いますけど、今は、そう、魔族と呼ばれて居りますのよ。お知りにならなければ、覚えておいた方が良いですわね」
「魔族? ……そうか、呼び名さえも変わってしまったのだな。で、その魔族が私に何の用だ」
「恐い恐い。何をそんなに気が立っていらっしゃるのか存じませんけれど、敵では在りませんと申し上げましたわ。そうですわね、極々簡単な物の見方を口にするならば、味方と言えなくもありませんわ」
「……味方? 対の者……クッ、魔族だったな、それが私の味方だと? 今更信じられる言葉ではないな」
 きっぱりと言い切られ多少の困惑を覚えるも、少女は顔色を変える事無く、小さな指を真っ直ぐに城の方角へと指し示す。
「疑うのも結構ですけど、もう半時もすれば、この国は随分と騒がしくなりますわね。貴方様が思っている程は、この国は堕落していなかった様ですわ」
 少女の何気ない言葉に、井戸に立て掛けていた剣へ自然と手が伸びる。
「あら、丸腰の私に向かって剣をお使いになられるのかしら? 私は争いが苦手な小さな魔族ですのに」
「貴様達の外見に意味などあるのか? 少なくとも私の勘が正しければ、君はとても見掛け通りでは無さそうだ」
「クスクス…。そうですわね、でも、今は私の事は関係在りませんわ。私は貴方様をお助けする為に、わざわざこうして此処へ赴いたのですから」
 ソルティーの剣が自分に向けられない自信が在るのか、少女は更に彼に近付き足下までその小さな体を寄せた。
「貴方様の姿は、術師の遠目によって既に確認されて居りますわ。まだ少し掛かるでしょうけど、国内外に手配されるのは時間の問題。ですから、私の力でこの国から逃がして差し上げますわ」
「……とても鵜呑みに出来る話では無いな。私を助ける理由は無いだろう?」
「クス……、在りますわ」
 少女の姿を払拭する程の妖艶な笑みを浮かばせ、小さな手がソルティーの剥き出しの肌に触れる。
 その触れ方は“女”の触れ方だった。
「私、貴方様を気に入りました。この様な場所で終わらせるには、とても惜しいと思って居ますの」
「それが理由?」
 少女は背伸びをして、腹部に在る切り裂かれた傷に唇を触れさせる。
「人の世ではこれを一目惚れとでも申しますのでしょ? 私共の愛は一途ですもの。この想いを受け取って頂けないのでしたら、必ず後悔させますわ」
 濃厚な愛撫の様に傷口に舌を這わせ、滲み出る血を舐める。
 ソルティーは少女の長い髪に指を絡ませ、無理に自分の方を見上げさせる。
「恐いな」
「ええ、勿論。魔と称される者ですから」
 目を細めて作られた微笑みの中に、ソルティーは自分と同じ物を感じた。言葉にするなら、狂気。
 何かが少女の中でも狂っているのか、見つめる瞳は恐ろしく澄んでいた。
「愛しているわ。私だけが貴方を助ける事が出来るでしょう。もしもお断りになられるなら、その時は貴方様の道行きはとても困難なものとなるのではなくて?」
 まるで芝居の台詞の様な少女の言葉に返したのは、酷薄の笑みだった。
「なら、それを利用させて貰う」
「良いですわ。でもその代償として、今は貴方の唇を戴きたいわ」
 ソルティーは少女の要求に何の抵抗も感じず、身を屈め、首に絡まる子供の腕を感じながら、少女の顔をした女にキスをする。
 血の味がするのかと思いながら、舌を絡ます程の深い接吻。愛情も、好奇も存在しない、ただの戯れ言楽しむかの様に、角度を変え、何度も離れては繰り返す。
「矢張り、貴方に決めて正解でしたわ」
 余韻を楽しむ様に唇を何度も舌で舐めてから、少女は漸くソルティーを解放した。
「で、どうやって私を助けてくれるんだ?」
「情緒の欠片も無い御言葉有り難うですわ。まあ、そうですわね、直ぐに此処へ使いを呼びますわ。後はその者に従って下されば、無事にこの国の外、いえ、誰も貴方を捜し出す事の出来ない場所へお連れいたしますわ」
「君は?」
 少女自身は何もしないのかと訪ねると、少女は微笑みを羞恥へと変化させる。しかしそれも態とらしい演技にしか見えなかったが。
「私、実はとても恥ずかしがり屋ですの。ですから、貴方以外の人前は御辞退させて戴きますわ。では時を改めました其処で」
「ああ、そうだ、一応名前を教えて貰おうか」
 後方へソルティーを見つめたまま下がる少女を呼び止めるが、その返事はソルティーの笑いを誘う言葉だった。
「あら、知っていますでしょう? その血は私の為に流して戴いたのですから……」
 そう言って微笑みを浮かべたままの少女の姿は、彼女の後ろに現れた波紋に飲み込まれた。
「……ハッ!」
 少女が消えた瞬間ソルティーは堪えきれず笑い声を上げた。
 この血がは誰の為に流された。そんな事は決まっている。だからこそ信じたくはない話だ。
 だが完全な否定など出来はしない。
 偶然の出会い。一途な想い。盲目的な行動。その全てが予めの計画通りだと言われた方が、可笑しい位に納得できた。
 しかしミルナリスがあの少女の創り出した影なら、自分のした事が何だったのか。あまりの茶番劇に馬鹿馬鹿しくなる。
「主!!」
 井戸に凭れながら俯いて笑いを堪えていると、急にハーパーの心配そうな声が飛び込んできた。
 見ると自分に向かって走るハーパーと、後ろに須臾達の姿があった。
「どうしたんだ」
「どうしたとは我が聞きたい。荷を持ち、此処へ戻ろうとすれば、結界が張られて居るではないか。何が在ったと言うのだ」