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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 何も考えず、自分の言葉でどれだけ傷付くかも知らず、彼の言葉には何か理由が在る筈だと勝手に決めつけ、ただ自分の聞きたい言葉を吐かせる為に、出てくる言葉をそのまま口に出したのだ。
 ソルティーはそんな一方的な期待を、冷酷な言葉で返すだけだ。
「私が彼女に頼んだとでも言うのか」
「そんな事言ってない! でも、ミルナリスはソルティーの役に立ちたかったから、命懸けで剣を取ってきたのに、どうして手を握ってやらなかったんだよ! 一言位、ありがとうとか、頑張ったとか、そんな言葉幾らでも言えたじゃないか!」
 もし自分が彼女と同じ立場だったら、そう思っただろうと言葉にする。
 もし同じ立場だったら、先刻のソルティーの態度にどれだけ傷付いただろうと心が痛む。
 しかし、恒河沙の言葉は今のソルティーには通じないのか、表情が変わる事は無かった。
「期待させてどうなる。私が何も思っていないのに、嘘の言葉を吐けば気が済むのか?」
「ミルナリスは死んじゃったんだよ? ソルティーの剣の所為で、死んじゃったのに! ソルティーが好きだから一生懸命頑張ったのに、一言位誉めて上げても、悲しんでやっても良いだろ?」
「人の感情を勝手に私に背負わせるな! 勝手に好きになって、勝手に動いて、勝手に死んだ彼女の責任は、私には関係がない!」
 恒河沙の腕を振り解き、その手はそのまま壁に叩き付けられた。
 そうでもしなければ、心の枷が外れてしまう。本心がどれ程彼女を悲しんでも、一度でも口にしてしまえば堰を切って総てが流れ出してしまう。
 そうなれば自分がどうなるか知り尽くしているから、嘘の感情で心を凍らせなくてはならなかった。
「関係無いこと無いじゃないか! ミルナリスは好きだって言ってたのに」
「好きになられたから私も好きになれと言うのか?」
「そうじゃない! ただ、最後くらい!」
「だから私には……」
――耐える事が出来ない。
 そう本音が出そうになるのをソルティーが堪えた時、恒河沙は感情のまま何も考えず、彼の気を逆撫でする言葉を、悪意をもって吐き出した。
「アルスティーナが居るから駄目? 今此処に居ない婚約者がそんなに大事? 好きでもない女の子の手を握り返す事も出来ない位、優しい言葉を掛けられない位に、なんの役にも立たない女が大事かよっ!」
「お前に何が判るっ!」
 ソルティーの腕は、もう一度壁に向かって叩き付けられた。
 矛先が恒河沙へ向かない様に、力の限りに石壁を打ち据えた拳の皮膚は、幾筋にも裂けて血を滲ませた。
「私の何がお前に判ると言うんだ。私の事を、アルスティーナの事を、お前は何を知っている」
「それは……」
「何も知らない、知る筈がないっ! 何も知りはしないくせに、勝手な言葉を並べて楽しいか! 好きだからと身勝手な想いを押し付けられた者の気持ちが、お前に判るのか! 勝手に好きになって、勝手に死んだ彼女の死を、背負わされる私の気持ちが判るのか!」
 今泣けたなら、どんなに気持ちが楽になるだろう。
 胸の奥で流れる血の様に、今泣ければどれだけ楽に……。
「そんなに彼女に言葉を与えたければ、それを本当に思っている奴が与えればいいだろ。私には関係が無い事だ」
 爪が食い込むほど両手を握り締め、ソルティーは何も言わなくなった恒河沙に背を向けた。
 決して見たくなかった、恒河沙の傷付いた顔から逃げ出す為に。
「そんな言い方って……酷すぎるよ。そんなの、俺……」
 何をこれ以上言ったらいいのか、頭の中が真っ白になって浮かんでこない。
 ソルティーへの期待する気持ちが大きすぎたのが原因なのか、それとも怒りが微かに憎しみへと変化しようとしているのか。
 ただ本当に判らなくて、しかし一言だけ浮かんでしまった。
 恒河沙はその言葉が何を意味するのか考えもせず、暗闇に消えそうになるソルティーの背が急き立てるようで、それはとうとう出てしまった。

「ソルティーなんか、大っ嫌いだ!!」

 その言葉ははっきりとソルティーの耳に届いた。
 何時かは聞かされると思っていた言葉だった。否定せずに受け入れなくてはならない言葉でもあった。
 ただ、一番聞きたくない時に聞かされ、幾ら心を冷静にしても、掻きむしられる程の痛みは消えてはくれない。
――心を閉ざすんだ。何も考えずにいれば何時かは忘れる。いや、その前に……消える。
 暗い路地を進み、ソルティーは血に染まった両手に顔を埋めた。


「恒河沙、宿に戻れ」
 いつの間にか後ろに立っていたハーパーを振り返り、幾つもの感情が交じった顔を向ける。
「宿に戻れ」
 もう一度恒河沙に優しく言葉を掛け、彼の背を押した。
 何も言わず、ミルナリスと須臾の待つ宿に向かう恒河沙の背に、ハーパーは小さく語りかけた。
「主にとりアルスティーナ様は、唯一無二の理解者であった。そして、既に彼の君はこの世にはいらっしゃられぬ。それ故に主は、お主達に何もお教えにはならなかった。……殺された故に。それが事実だ」
「……えっ」
 恒河沙が驚いて後ろ振り向いた時には既にハーパーの姿は無かった。



 何も考えない様にすればするほど、心の中を悲しみと怒りが支配していくのが判る。
 光の射し込まない路地は、ソルティーの目には暗黒にも等しい。
――このまま闇に飲み込まれれば、私は解放されるのか?
 壁に凭れ、前に進めない自分が許せなくなる。
《主!》
《ハーパー……?》
 見えない闇の中からハーパーの手が肩に触れるのを感じた。
《主、見えて居らぬのか?》
 ハーパーを見上げる視線は、僅かに逸れていた。
 少しずつ光が消えていく感じがすると言っていたが、此処まで進行しているとは思っていなかった。
《近頃少し悪くなった様だ。流石に歳には勝てないな》
《主》
 自分の言った軽口に自嘲を見せるソルティーを、ハーパーは両腕に抱く。
《止めてくれ。そんな事をされると、泣いてしまいそうだ》
《構わぬ。どの様な事でも、我は主の総てを受け止めて見せよう》
 それが臣下と言う立場からではない、ハーパーが生涯唯一とした人間に向けた言葉であるのは、抱き締められなくても感じる事が出来る。
《……ハーパー、そうだな、私にはまだお前が居る》
 ソルティーに枠を填めようとはせず、何事も総てを受け止めると力強く言い、その言葉が信じられる事がどれだけ大切なのか判る。
 たったそれだけしか今のソルティーには、支えになる物が見当たらなかった。
《主》
《ああ、大丈夫だ。まだ終わらせて居ないから、総てが終わった時には、お前の胸を借りて泣くよ》
 まるで、その時を待ち侘びる様なソルティーの言葉に、ハーパーはより強く彼を抱きしめた。
《今から少し行きたい場所がある。連れていってくれないか》
 ハーパーに体を預け、目を閉じて彼の鼓動を耳にする。
《城か》
《ああ》
《しかし……》
《ハーパー、私は後何を耐えれば良い? これ以上何を我慢すれば良いんだ?》
 ソルティーはハーパーの腕から抜け出し、涙の無い泣き顔を見せた。
《もう無理だ。耐える理由が、見つからない……》
 怒りと憎しみと悲しみと苦しみが、体中を駆け巡る。外に出せと叫んでいる。
 これは誰の所為だ。
 これは誰の為だ。