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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 これで都合良く二人と離れられると信じていた。
 理に反する行いに逆らってまで、自分に従おうとする恒河沙の気持ちが理解出来ず、ソルティーはどうにかして彼の気持ちを変える言葉を捜す。
「でもやだっ!」
 椅子に座ったまま膝の上で両手を握り締め、ソルティーの言葉をはね除ける。
「俺の仕事はソルティーの手伝いだ。だから俺はなんでも手伝う」
「追われるかも知れないんだよ?」
「それでも良い! だって、そうしないと……」
――ソルティーの側に居られなくなるじゃないか!
 仕事を断って、その先に何が待っているのか、簡単に浮かんできた。
 理に反した雇い主へ対しては、傭兵側から一方的に解約できる。須臾は金に汚いが、その辺にも厳しい。ソルティーが何を考えているかは判らないが、須臾の性格を判っていてこの話をしているなら、結果は嫌でも判ってしまった。
 剣を盗み終えたら、ソルティーはその足で自分達の前から消えてしまう。
 傭兵としての自分達の誇りを傷付けず、当然の権利としての別離を用意されてしまう。
 そんな事になる位なら、手伝って追われた方が何倍も幸せに感じられた。
「俺一人じゃ頼りなくっても、頑張ってするから、絶対に失敗しないから、俺から仕事を取らないで」
「仕事で我が儘を言うなと言っただろっ」
「でも、やだったら、やだったら、やだっ!」
 ソルティーの怒鳴り声も打ち消す程の声を張り上げ、恒河沙は苦しい表情を浮かべる。
 自分の言っている事がソルティーを怒らせているのも、言い続けると嫌われると判っていても、離れたくない気持ちの方が勝っていた。
 ソルティーにしても苦しい表情には変わりがなく、無理に決意した心が揺らぎそうで、怒る事でそれを押さえ込もうとしていた。
「役に立たないお前一人を連れていく訳にはいかない!」
「してみなくちゃわかんないだろ!」
「半人前の言い分に乗れる賭けじゃないっ!!」
「やってないのに先に失敗するって決める方が変じゃないかっ!!」
「恒河沙っ!」
「やだっ!」
「ああ、もう、煩ーーーーーいっ!!!」
 怒鳴り合う二人を遮る様に間に立った須臾が、二人よりも大きな声を上げながら両手を大きく振り下ろす。
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー煩いんだよお前ら!! 判ったよ! 僕が引き受ければ良いんでしょ!!」
「須臾……」
 驚いた顔を向ける恒河沙に、須臾は笑みを浮かべて頷いて見せた。
「僕はお前の保護者だからね。お前一人にはさせないよ」
 自信たっぷりに胸を張って言うと、恒河沙が飛び上がるように首に抱きついた。
「ありがとう須臾! だから俺、須臾の事大好き!」
「はいはい、僕も恒河沙の事が大好きだよ」
 子供をあやす様に恒河沙の背中を何度も軽く叩き、そのままの体勢でソルティーの納得しかねる顔に目を向けた。
 結局は仇となってしまった彼の優しさが、嫌でも感じられた。
――本当、不器用な人だね。さっさと解雇って言えば済む事なのに……。
 そう言えば恒河沙がどんな顔をするか判るから、それを見たくない気持ちも嫌な程理解できる。
「まあ、そう言う事だから、仕事の話は元に戻してくれない?」
「それは出来な――」
「良い歳した大人がちっさい事に拘らないでくれる? 僕が居た方が仕事もしやすいんでしょ。だったら、それを使いなよ。後の事は後になって、その時に考えれば良いよ」
 恒河沙を傷付けても連れ帰る事は出来るだろう。ソルティーがそれを望んでいる事も充分に判っていた。
 しかし仮に雇われていたのが自分達でさえなければ、彼が同じ考えに至っていたかと思えば、確実に違っていたはずだ。奔霞の傭兵にも、理の教えよりも金を選ぶ者は居る。こんな盗みの手伝い位で口論になるような事もないだろう。
 彼が何をしようとしているのかは見当も付かない。けれど彼にとってこの旅が、如何に重要なのか感じられたつもりだ。
 それでも彼は自分達を、決して使い捨ての傭兵として扱わない。幕巌との約束や恒河沙が子供だと言うのもあるだろうが、それだけではない。
『依頼人が信じるに足るもんなら、逃げようとする心を押さえ込んでも食らい付け!』
 幕巌が言った時が、今この時かも知れない。
――もし僕達が何もせずに、そしてソルティーに何かあった時、笑って幕巌に報告なんか出来ないに決まってる。
 この気持ちに逆らう事こそが、理に反する事だと感じたのは、もう偽りようがなかった。
「僕の仕事は完璧だよ。使わないと損するからね」
「……ああ、判った」
 須臾の気持ちが通じた訳ではないが、ソルティーは諦めて須臾の言葉を飲んだ。
 妙に吹っ切れた顔を見れば、これから自分がどんな理由を口にしようが、彼は全てに口実を作ってしまうだろう。
 腹立たしいが彼の頭の回転の良さは、とても自分では太刀打ちできないと感じてしまう程だ。それに実際彼が言うように、この件は彼が居ると居ないとでは大きな開きがある。
――結局使うしかないのか……。
 雇い主としての権限。契約の終了を告げる事は、剣を取り戻してからになった。
「んじゃ、取り敢えず、……恒河沙は何時までもひっつかない」
 殆ど首にぶら下がっている感じの恒河沙を引き離し、椅子に座らせてから須臾もベッドに腰掛ける。
「質問に答えて貰いましょうか?」
 そう切り出す須臾の表情は、既に仕事の顔へと変化していた。
「まずは、宝刀とソルティーの関係を教えて」
「……元々は私の家に伝わっていた剣だ。今私が持っている剣と一対に造られている」
「その証拠は?」
「無いな。古くから家に在った物の証明など出来る筈がない」
 こともなくそう言い、ソルティーは傍らに置いていた剣を抜き、須臾に手渡して見せた。
「根本にあるのが私の家の紋章だ。これは消されている可能性が高いが、この樋に沿って刻まれている紋は消す事は出来ないし、もう一振りと完璧な左右対称になっている。――もっともそれも、私が所有者であると言った証拠にはならない。だから私と剣を繋ぐ証拠は皆無だ」
「そんな事を堂々と言って欲しくないなぁ……。まあいいや、次の質問だけど、そんな大事な剣がどうして此処の宝刀に?」
「情けない話だが、紛失した」
「盗まれたって事?」
「そう受け取られても仕方がないな。気が付けば無かったのが実際だ。信じるか信じないかは任せるが、あれは私の父が残した唯一の形見の品だ」
 剣を鞘に収め、言葉を選びながら声に出す。
 ソルティーの言葉に偽りは見えない。しかし、鵜呑みに出来る程度の軽い話でもない。
 一度ハーパーにも視線を向けたが、相変わらずその表情は須臾には読みとれなかった。
「でも、もし本当にその宝刀がソルティーのだったら……」
 どうして一度紫翠に渡ってまた覇睦に来たのか、と聞く口をソルティーは片手で制し、四人の視線が一斉に扉に向かった。
 ソルティーが剣を掴み、足音も静かに扉に手を掛け鍵を外し扉を開けた。
「〜〜〜〜っ痛ぅ」
 押し開いた扉の影から呻くような声が聞こえ、全員が溜息をもらす。
「痛いよぉ〜〜」
 扉で盛大に鼻を強打したミルナリスは、其処を両手で押さえながら姿を現した。
 しかしその痛みも、扉を開けたのがソルティーだと判ると、表情は一変して恥じらう乙女になる。