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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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episode.14


 精霊と一括りに表す事があっても、その性質、もしくは種族は、多岐に渡って存在する。
 大きく分けて地・水・火・風・樹・命・冥とされているが、実際は総てがそれに当てはまるものではない。
 根源としての融和が成立していた時代に狭間は存在せず、精霊干渉の理が産まれたのは有史からと言われている。
 では何故それが“有史しかもたらされていない”人の世に伝わったのか?
 在る物事が全てであると語りながら、在りもしない物事を語る矛盾。その事実に人々は目を背ける。
 そして噂だけが風となって世界を渡る。

 鍵は魔族が持つと。


 * * * *


 ハットタトの前夜祭を明日に控え、街の雰囲気は一層慌ただしさを増した。
 街のほぼ中央に造られていた舞台は、其処に立つ者を今や遅しと待つ様に煌びやかに飾り立てられている。まだ細部だけは最後の追い込みの手が入り、数人の男女が共に額に汗を流しながら作業を進めていた。
 この国の歴史よりも古い、民衆の為だけの祭り。国が悪政に虐げられているからこそ、年に一度のこの日だけは、何もかも忘れて騒ぎ踊り謳いたかった。
 生まれながらに培ってきた熱い魂が、これから数日間だけは取り戻され、燃え上がるのだろう。



 窓の前を横切る沢山の食材を乗せた荷車を、恒河沙は目を輝かせて眺めていた。
 大きく振られる尻尾が見えそうだと、残りの三人は各々の心の中で言葉にする。
――あれだけ一度に食べれたら、俺、死んでも良い。
 朝も昼もきっちり人の何倍もその腹に納めながら、彼の口の中には今にも端から流れそうな涎が溢れていた。
「恒河沙ぁ〜いい加減こっちを向けよ」
 先刻から徐々に声色を変えていた須臾が、最後の忠告とばかりに恒河沙の肩を掴んだが、彼の意識は完全に妄想の世界へと飛んでいた。
――あれとあれなら、モンナンが作れるなぁ。あれ美味しかったなぁ〜。ああ! あれはトクスの実じゃないか! と言う事は、トクストクスゥ〜〜、食いたい〜〜。
 今まで食べてきた食事の数々を連想し、目が期待に潤む。
「恒河沙っ!」
 耳元で怒鳴ってみたが、反応は無い。
 いや、一応反応はあった。キュ〜〜、と小さく鳴った恒河沙の腹の音が、静まり返った部屋にこだましたのだ。
「お前って……」
 あまりにも自分の相棒が情けなく、怒る気も失せる。
 項垂れたままソルティーの元へ帰ると、須臾は片手を彼の肩に乗せた。
「僕の負け、ソルティー交代しよ」
「……クッ」
「笑う事は無いんじゃない? あいつのあれは尋常じゃないんだから」
 大袈裟に肩を落とし首を振る。
 恒河沙とは長い付き合いだと自負もあるし、扱い方も心得ているが、これだけはどうにも出来ない自信もあった。
 ただ役目上、恒河沙の世話をしなくてはならない。無駄だと判っていても、雇い主の前ではそれなりの事をし、見事に万策は尽き果てた。こうなったら雇い主自ら、このどうしようもない状況を打破していただくに限る。
 どうせ彼も失敗するに決まってる。そんな気持ちが半分はあったが。
「判った」
 しかし須臾の予想を裏切るように、皮肉な笑みをソルティーは口元に浮かべ、ベッドから腰を上げた。そして真っ直ぐに恒河沙の後ろに立ち、彼の座っている椅子の背もたれに手を掛けて、一気に後ろに退き倒した。
 当然、放心して其処に座っていた恒河沙は椅子ごと床に倒され、頭を思いっきり強打する事となった。
「……ほえ?」
 何が起きたのか理解できていないのか、恒河沙は真上から自分を見下ろしているソルティーの顔を、倒れたままの体勢で見上げる。
「仕事の話だ」
「…う…ん」
 ズキズキする後頭部をさすり起きあがる恒河沙を確認して、ソルティーは自分の指定席に戻った。
「無茶苦茶するねぇ」
「あれ以上は悪くならないだろ?」
 ソルティーは恒河沙に見えない様に頭を指さし、呆れながらも須臾はそれに頷いた。


 翌日に迫ったハットタト前夜祭の支度があるとミルナリスが廊下を去ったのは、朱陽が真上に昇った頃だった。
 ソルティーは須臾達を部屋に残っているように命令したものの、話を切り出すには時間が掛かった。結局彼が口を開いたのは、朱陽が傾く寸前になってからで、そのやっとの決心も恒河沙があれでは、腰砕けになりそうだった。
「簡単にだけ説明するが、捜していた剣の所在を突き止めた。それを三日後の祭りの初日に私とハーパーが盗み出す。二人には私の退路を確保していて欲しい」
 相変わらず本当に簡単な説明に須臾は表情を曇らせ、恒河沙は首を捻る。
「ええっと、一応聞くけど、その剣は何処に在るわけ?」
「王城。今はこの国の宝刀となっている」
「ああっやっぱり〜〜」
 悪い予感の的中とばかりに、須臾は頭を抱え込んでベッドに倒れ込んだ。
 ある程度の予想はしていたのだ。ソルティーが単独で行動するのは何時も通りとしても、それに時間を掛けすぎている事は気にはなっていた。
 余程の事に手を出そうとしているのは、恒河沙でなければ想像は楽だ。
 そして、その最悪の想像に対する須臾の答えも、何日も前から決まっていた。
「僕達は泥棒の片棒は担げないよ」
 傭兵が奪って許されるのは、敵の命だけ。少なくとも誇り有る奔霞の傭兵は、屍からでさえも何も奪ってはならないと、最初に誓約しなければならない。
 特に須臾にとって幕巌の命令は絶対で、例えそれが現時点の雇い主であるソルティーであっても例外ではない。
「判っている。だから盗むのは私がする」
「同じ事なの! 退路を確保するって事は、泥棒の手伝いをしているのと同じ事」
「そうか……」
――予想通りの答えだな。
 須臾の答えを期待していた。
 自分のしようとしている事に何も異議を唱えず従う者は、幕巌の育てた傭兵とは言えない。
「なら話は以上だ」
 幕巌との約束は無事果たし終わった今なら、どんな理由を掲げても直ぐに解約出来そうだと思うと、少なからずも気分が穏やかになっていく。
 だが少なくともソルティーの予想外の行動をしてしまう者が、ここに一人居た。
「俺、する。ソルティーの仕事する」
 恒河沙が必要でもない手を挙げて、少し楽しそうな顔で言い切る。
 驚いたのは、思わず飛び起きた須臾と、その場で顔を強張らせたソルティーで、ハーパーだけはそれが当然とした顔付きだった。
「恒河沙!」
「須臾は降りれば良いだろ。俺はするって決めた」
「お前、傭われ者でもハイハイ何でも聞けば良いってもんじゃないんだよ。もしこれがばれてみろよ、僕達は二度と傭兵なんて出来ないんだよ?」
 恒河沙に詰め寄り須臾は早口で捲し立てたが、彼の決意が揺らぐ事は無かった。
「それでも良い。俺はソルティーの傭兵だ」
「違う! 僕達は奔霞の傭兵だ!」
「もう良いから、此処で仲違いはしないでくれないか」
 傍観しようか迷った末、ソルティーは片手で目を覆い、見たくないと呟いた。
 まさか須臾を相手に、真っ向から恒河沙が逆らうなんて思っていなかった。しかも逆らわれた方の表情は、あまりにも傷付いていた。
「恒河沙の気持ちは嬉しいが、お前一人では手に負えない事なんだ。それにこれは須臾の言う通り、これからのお前に悪く影響する事だ。だから須臾と一緒に手を引いてくれ」