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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 まさしく説明された通りの状態になったと言えよう。
 しかし、ソルティーにとっては幸運だったのは、間違いなく相手が恒河沙だったことだろう。
――どうしよう〜〜〜〜〜俺、おかしくなっちゃったよ〜〜〜〜。
 まったくこれっぽっちも気が付いていなかったのだから。



「あ〜あ、だから僕は待ってろって言ったのに」
 帰宅一番の須臾の言葉は、呆れる程呆れたと言う感じだった。
「まあ、ばれたらばれたでしょうがないけどね。んじゃ、何色にする?」
 彼は自分の荷物の中から幾つかの封呪石を取り出し、玩具を前にした子供のように笑う。
「良いよ、今までので」
「ええっ〜〜、折角紫翠じゃ売ってなかった色を買いあさってたのに? やっと遊べるのに?」
「遊びたいのは須臾だけだろ。いつも通り青で良いよ」
 術の効果は一月。須臾の好きにさせては、気軽に外に出られない派手な頭を、月替わりでしなければならない。実際ソルティーと会うまでは、何度かそう言う目に遭わされている。
「見せて貰っても構わないか?」
「良いよ。でも面白くもなんともないよ」
 恒河沙の要望通りの色を手にし、恒河沙を床に座らせ須臾がベッドに座る。
 封呪石には予め巻いた小さな紙切れが張り付けてあり、紙に書かれている言葉を読み上げるだけで、誰にでも封呪石に込められた力を解放する事が出来た。
「んじゃするよ。“恒常の流線は我が手に宿り、光状は形を成し、我が言霊に其の色を示せ”」
 須臾の突きだした二本の指に蒼い光が溢れ、それは一気に霧散すると、須臾の指し示す恒河沙の髪が蒼く染まりだした。
 しかしその色はまだ薄く、須臾はもう一度同じ作業を繰り返した。
「以上。どう、面白く無かったでしょう?」
 砕けた封呪石を床に払い落とし、脇で見ていたソルティーに感想を聞く。
「いや、初めて見たから新鮮だった。しかし、一度で染める事は出来ないのか?」
「う〜ん、まあ出来ない事も無いけど、そうすると、付加が大きくなるから、こいつの髪以外も染めるかも知れないし。それに元々こういうのって、布とかの物用だから、どうしてもね」
 須臾は肩を竦めながら言った後、染まった髪を念入りに調べて、自信たっぷりに頷いて見せた。
「うん、ちゃんと今回も失敗しなかった」
「ありがとう」
 恒河沙は手渡された鏡で自分の髪を確認して、後ろの須臾に鏡越しに礼を言う。
「どういたしまして。でも、次は他の色にしようね」
「やだ」
「……どうしてそうきっぱりと嫌がるかなぁ? 他の色も綺麗だよ? 赤や黄色や紫。ああそうだ、今度は僕と同じ色にしよう。そっくりのがあったんだ」
「もっとやだ」
「うう…酷い、酷すぎる」
 大袈裟に泣き崩れる真似をする須臾を恒河沙は冷たく見つめる。自分が彼のおもちゃである事を知っているから、変な同情は身の危険に繋がる事を知っていた。
「良いんだ、良いんだ。封呪石を使えるのは僕なんだ、僕は挫けるもんか」
 そして直ぐに立ち直るのも良く知っていた。
「恒河沙は使えないのか? 割と簡単な方だろう?」
「あ……あぅ……」
「甘いなソルティーは。こいつのおバカさを全然理解していない。ご存じのように、どんなに呪文が長くても、一字一句間違えちゃならない。こいつにそんな高等な事が出来ると思う?」
「……なるほど、納得した」
「あぅ〜〜〜〜〜〜」
「でも折角買ったのに勿体ないな。ソルティー使ってみない? 金髪だから良く染まると思うよ」
「遠慮させて貰う。使いたいのなら自分の髪でしたらどうだ」
「そんな勿体ない事出来るわけが無いじゃない。この髪の色は神様が美しい完全な僕に併せて付けて下さった、掛け替えのない僕の財産なのに」
 うっとりと自分の長い髪を愛おしげに撫でる姿に、部屋は急激に寒々しい空気に包まれた。
「須臾にいくら言っても無駄だからな。こいつ自分自身が大好きな奴だから」
 顔を顰めて手を振る恒河沙にソルティーは言葉を失う。
 いつの間にか須臾は自分で自分を抱きしめだし、端から見ればかなりの異常者だ。本人は至ってそうとは感じていないだろうが、見た目が良いだけに余計に気味が悪い。
 その三人を脇で見ていたハーパーは瞼を下ろしながら、感慨深げに溜息を吐きだした。
――まともな者は我だけだな。
 本気でそう思っていても口に出さないのが、彼なりの良心なのだろう。





 翌日はソルティーだけが忙しく街を歩く事となった。
 昼間から酔っぱらっている者を中心に話かけ、過去のハットタトの話題で盛り上がりつつ、その中で王の行動を出来るだけ多く集めた。王城からどれだけの警備が外に出るか、宝刀は持ち出されるのかと。
――宝刀を見た者は無いか、好都合と言うべきだな。
 国の演説は長くはないらしいが、民衆向けの宮廷楽団の演奏までを観覧するのが常であり、街の中央と城の往復を含めれば決して短時間とは言えない。
 一度演説が行われる広場まで足を運び、王城との距離を測っても、結論には余裕を含ませられた。
――演説が昼間なのが面倒だが、仕方がない。
 この国で協力者を捜し出せれば楽になるが、反体制勢力に掛かる人物は、現王が即位して直ぐに悉く粛正されていた。その残忍さは民衆に確固たる恐怖を植え付け、この数日で気概を残す者を探し出せる筈もない。
「まあ、成せば成る、だな」
 宿に向かいながらソルティーは呟くが、言葉とは裏腹に顔には緊張が浮かんでいた。


「ねぇ、いつまであたしをこうしてるつもり?」
 ミルナリスの不服を含んだ言葉に、恒河沙と須臾は苦笑いをする。その苦笑いの真ん中で、彼女は両腕を二人に掴まれ、左右を均等に睨み続けていた。
「ごめんね、これも雇われ者の辛い宿命と言うのか……。勿論こんな事は、僕の主義に反する事ではあるんだけど」
「ソルティーの邪魔はさせない」
「邪魔だなんて酷い恒ちゃん! あたしは、少ーしでもグルーナ様の隣に居たいだけなのに。横で歩いてお話したり、買い物したいだけなの」
「実に言いにくいんだけどミルちゃん、それがちょっと、ほんのちょっとだけね、凄く申し訳ないんだけど、邪魔になっちゃうと言うか何というか……」
 本日も定刻通りにお勤めに来たミルナリスから逃げる為と、体よく二人を退ける為にソルティーが取った手段が、二人で彼女を捕まえていろ、だった。
 ソルティーから離れたくない恒河沙も、女性にこんな事をしたくない須臾も、雇い主の情けない頼みに逆らえない程、今日もミルナリスは元気一杯で、しかたなくこうして彼女を部屋の中に拘束している訳だ。
「あ〜あ、もう、踊り子なんかになるんじゃなかった。あたしも剣士にでもなっていれば、こんな目に遭わなくて済んだのに。ああ、か弱いあたし自身が憎い」
 項垂れて悲しむミルナリスに二人は呆れた。
「よく言えるなぁ」
 ソルティーを追いかけようとしたミルナリスを捕まえた恒河沙は、彼女に力一杯の肘鉄を食らい、須臾は顔を引っ掻かれ髪を思いっきり引っ張られた。どちらも相手が女性だからされるがままで、程良く満身創痍の状態だった。
「何も先刻のが今生の別れでもないんだから、もう少しおとなしく待っていても良いんじゃない?」