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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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――捜すにしても、ソルティーについて行ったんじゃぁ、捜しようがないしなぁ。
 いまいち雇い主の行動が須臾には掴めない。
 ハーパーは大抵部屋に籠もっているし、自分は女性の居る場所、恒河沙は食べ物関係を捜せば良い。ソルティーだけが何処に出掛けるのか検討がつかないのだ。
――忘れてなければ良いんだけど。
 多分、いや絶対に忘れている恒河沙のおつむの出来の悪さに、須臾は椅子に腰掛けながら溜息を吐き出した。



 煙草を購入後ミルナリスに案内されたのは、街の外れにあった高台だった。
「此処がこの街一番の場所」
 自慢げに語る彼女の言葉通り、街を一望出来る見晴らしの良い場所だ。
 外れに王城が見渡せ、煩わしい兵士の姿もない。所々に土が顔を覗かせるが、下草の茂りも良い具合に生えている。確かに一時の憩いには最適な場所と言えるだろう。
「子供の時は母さんといつも此処で踊ってた」
 地面に腰を下ろし煙草を吸い始めたソルティーの前で、ミルナリスは軽くステップを踏む。
「あの頃は良かったなぁ。王様も良い人だったし、踊る場所も沢山あったし」
「そうなの?」
「そうだよ、今は駄目。小母さんには悪いけど、ああ言うお店で夜しか踊れないの。本当は、街の道端でも、昼でも夜でも、踊りたいときに踊って、謳いたい時に謳う、そう言う街だった」
 ミルナリスはとても楽しかったと言いながら、恒河沙の前に座って王城を指さした。
「昔からカラは技芸の国だったの。この国で色んな芸を磨いて、それから色んな国に渡っていくの。それが今の王様になった途端、街での踊りも唄も禁止されちゃった。すると捕まっちゃう、母さんみたいに……」
「酷い」
「うん、酷い。でも王様には誰も逆らえない、逆らうとどうなるかみんな知ってるから」
 それでも最後の抵抗として、ミルナリスは王の求めに応じない。
 連れて行かれればどうなるか、帰る事の無かった母親や、友人達が身をもって知らせてくれた。
「どうして他の国に行かないんだ?」
「どうして逃げなきゃならないの? 此処はあたしが産まれ育った街なのに、悪いのは全部王様なのに、どうしてあたしが負けなきゃなんないの?」
 首を傾げて反対に聞き返されると、恒河沙は何も言えなくなった。
 逃げ出せば自分の負けになる。この国でまともに踊ることは出来ないが、今のこの国だからこそ、此処で踊らなくてはならない。
 彼女にとって、この街で踊り続ける事は戦いなのだ。だから逃げ出さない、踊る事を辞めない、王の言葉にも従わない。自分だけではなく、この国で苦しめられている全ての者の為に。
「でもぉ、グルーナ様が一緒においでって言ってくれたら、あたし何処にでも行くけどなぁ」
「………」
「もう!」
 聞こえないふりをするソルティーに頬を膨らませると、恒河沙の前からソルティーの横へと体を移動させる。
「いつか必ず言わせて見せます。覚悟していて下さいよ?」
 ミルナリスは視線を逸らし続けるソルティーから煙草を奪い取り、両手で顔を固定して唇を重ねた。
「約束」
 頬を赤く染め、手を放すと煙草を返す。
 何もなかった様に煙を吐き出すソルティーと、恍惚とした表情で彼を見つめるミルナリスを眺め、恒河沙は自分の左目に手を当てる。
――約束……って。
 この大陸の風習が理解できないと、一人頭を悩ませた。

 その後、長い時間を他愛もないミルナリスの惚気と、この街の事とハットタトの事と王の事を聞かされ続けた。
 滅多にソルティーが口を挟む事は無かったが、ハットタトの初日には必ず王が街に出て演説をする話には興味を示し、ミルナリスは得意げにその事を事細かく説明した。
――そうなれば王城内の警備は手薄か。
 千載一遇の機会だと確信する。
「ああ、もうこんな時間!」
 空を見上げ、朱陽が随分と傾いているのに気が付き、ミルナリスは立ち上がるとスカートに付いていた土埃を払い落としながら、
「ごめん、あたし今から衣装合わせなんだ。ああん、もう、折角グルーナ様とお話出来たのにぃ〜。本当はもう少し居たいけど、仕立屋の小母さん待たせると怖いからなぁ」
 舌打ちして街を見下ろし肩を震わせる演技は、迫真に迫っていた。
「でも、お話できただけでも今日は良しとするか! じゃぁ、あたし先に帰るね」
「送ろうか?」
 この間の事を心配する恒河沙にミルナリスは笑って首を振る。
「良いって、大丈夫だと思うし、恒ちゃんの気持ちだけもらっとくね。じゃぁね!」
 両手を大きく振りながら彼女は坂を駆け下りていった。
 その姿はあっという間に見えなくなって、その後静かな声が恒河沙の耳に届いた。
「何が大丈夫なんだ?」
 問われて初めて恒河沙は自分の失言に気が付いた。
 あの事は隠し通すと須臾と約束していたのに、すっかり忘れていた。それでもミルナリスを心配した気持ちは偽りようはなく、せめて小声で言えば良かったと後になってから考えた。
「恒河沙」
 このまま駆け足で逃げ出したい気持ちではあるが、実現可能な選択肢でないことだけはハッキリしている。
 呼ばれてからなんとか後ろを振り返るが、首がギシギシと軋んだ音を出しそうな動きにしかならず、一生懸命作り笑いを浮かべようと試みたものの、顔面の筋肉が痙攣しそうになっただけだ。
「なっ、なん、なんでもない、よ」
「恒河沙」
 さっきよりもっと静かに名前を呼ばれ、引きつった笑顔がそのまま凍り付いた。
「怒らないから、何があったのか言いなさい」
 ソルティーは煙草の煙を空に吐き捨て、恒河沙に笑みを浮かべて問いかけるが、目は全然笑っていない。
 それが余計に恐さを倍増させ、恒河沙の嘘は長続きしなかった。
「ごめんなさい! ミルナリスが王さんの呼び出しが嫌だって言うから、俺と須臾が店に来てた兵を、……その、やっつけた、です」
「それをどうして黙ってた?」
「……俺達が追われたら、ソルティーに迷惑掛けるから。でも、そいつら、今も閉じこめてるから、ばれないと思って」
 とても今のソルティーを真っ直ぐに見つめ返すなんて出来なくて、地面を見下ろして指先で土を掘り返しつつ、怒鳴られるのをビクビクしながら待った。
「助けて後悔したのか?」
「してない。だってあいつら、おばちゃん殺そうとしたし、店壊そうとしたし」
 顔を上げ誇りを持ってそう語る恒河沙に、ソルティーは近づき彼の前にしゃがみ込む。
「なら、隠して欲しくなかったな。お前の雇い主は、自分の雇った者の責任も負えない者なのか?」
「ごめん……なさい」
「そうじゃない。謝って欲しい訳じゃないよ。ただ、こういう事を話て貰えなかったのが、少し雇い主として情けないと思っているだけだよ。恒河沙は悪くなかったんだろ? だったらそう言って欲しかった」
「ごめんなさい」
 また俯いてしまった恒河沙に息をつき、次の言葉を考える。
 だが少し考えてから止めて、彼の頭を撫でるだけにした。
――こうしていられるのもあと少しか。
 穏やかな時間が過ぎるのは早過ぎて、もうすぐこの手の下の温もりが消えてしまうと思うと、やるせなさだけが残る。
――あと五日だけか、そう思うと欲が出てくるな。
 恒河沙の事で知りたかった事は山ほどある。