小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第二部 覇睦大陸編

INDEX|50ページ/85ページ|

次のページ前のページ
 

 まるで山賊並だ。下っ端にしても全く教育が施されていない兵士を見れば、この国が如何に力のみに支配されているかが判る。
「そう言うのは殺せる相手に言う物だよ」
 須臾は酷薄な笑みを浮かべ、少し離れた場所に向かって小さく頷いてみせた。
 店の外壁の窓の下は、店内からの明かりで影になっている。そこに隠れるように屈んでいた恒河沙は、須臾の合図で低い体勢で兵の後ろ走り寄る。
「貴様ぁぁあっっ!!」
 剣を振り上げて須臾に突進する兵は、後ろからの衝撃にもんどり打って地面に這った。
 彼の背中を蹴り飛ばした恒河沙は、地面に着地すると同時にその横の兵の膝にも蹴りを入れ、体勢を崩した彼等を須臾が一撃ずつ銜えて気絶させた。
 あっけなく二人を気絶させ、残りも直ぐに同じ羽目になった。
「強ぇぇ」
 誰彼とも無くそんな言葉が漏れ聞こえ、須臾はそれに応えるかの様に手を振る。
 その後ろで恒河沙は浮かない顔をしていた。
「須臾、これって後で怒られないかな?」
 勿論自分達の雇い主を指しての言葉である。
 恒河沙でさえも気付く程、ソルティーはこの街での行動を慎重に行っていた。それなのにこんな事をしてしまっては、足を引っ張る所の話ではないかも知れない。
 そんな疑問をぶつけてみると、どうやら本当にやばいらしいと、振り返った青ざめた須臾の表情が物語っていた。
「……ば、ばれなければ、大丈夫でしょう」
 気絶している兵さえ何とかなればだが。
 これ程質の悪い兵なのだ、気が付けば必ず自分達を捜し出す。しかし殺してしまえば、疑いは店の者達へと掛けられるだろう。
 どちらを選んでも良い結果になるとは思えなかった。
「ばれない?」
 しかしいくら須臾であっても、念を押されると余計な焦りを煽られる。
「こ、殺しておこうか。証拠隠滅」
「俺もそうした方が良いと思う」
 生きた証人が居るよりも、死人に口なしである方が、僅かでもマシだろう。
 店の客には恐ろしい会話を小声で交わしていると、二人にミルナリスとドーリが近付いてきた。
「坊や達凄いねぇ。驚いたよ、正直」
「ありがとう助けてくれて!」
「い、いや、別に大した事じゃ無いんだけどね」
「なぁ、此奴等どうするんだ? 邪魔なら殺すけど」
 この恒河沙の躊躇いのない言葉に、その場に居た全員が凍り付いた。そして直ぐに、ドーリが恒河沙の前に立ち、彼の頭を手加減抜きに思いっきり殴った。
「なんてこと言うんだい! 子供が殺すとかそんな物騒な言葉を使うんじゃないよっ!」
「う……痛い……。でも、此奴等おばちゃん殺そうとしたじゃないか。殺そうとした奴殺しても良いだろ」
 叩かれた頭をさすりながら、自分よりも少し背の高い女将に疑問の目を向けると、もう一度同じ場所を殴られた。
「だから使うんだじゃないって言ってんだろっ。此奴等はどうしようもない連中だけど、悪いのはこの国の王さんだ。だから此奴等殺してもなんにもならないんだよ。坊やの手も汚れるだけだよ」
「でも俺、傭兵だから、なんでもない」
「親が悲しむよ。坊や達に助けられて言う言葉じゃないけど、子供が仕事でも血で汚れるのは、悲しい事なんだよ」
 それが極々当たり前の様に語ってくるドーリに、恒河沙は俯いて表情を歪めた。
「俺、居ないから。居たかどうかなんてのも覚えてないし」
 欲しいと思った事もなければ、羨ましいと思った事もない。ただ自分には居ないのだとそう思っていた。
 だからそれを盾に言われても、何も考えつかない。
「坊や……、ならあたしが悲しい。坊やの手が血で汚れたら、あたしは本当に悲しいと思うよ」
 恒河沙の困惑を取り違えたドーリは、彼を抱きしめてその頭に頬ずりをした。
 先の見えない苦しみは、人の心を荒廃させてしまう。自分が生き残る為に、他人を犠牲にしても平気になっていく。この国はそんな堕ちる所まで堕ちてしまった場所であり、あの兵士達も弱さに付け入られた犠牲者でしかない。
 そんな愚かさを見続けてきたドーリには、人の死に何も感じていない恒河沙の言葉が、辛い現実と重なったのだ。
「おばちゃん……」
 ドーリの行動がなんなのか理解出来なかったが、優しさが布越しに伝わってきて、直ぐには振り解けなかった。
――でも、俺、傭兵だから。ソルティーを護る為に人を殺すかも知れないんだよ。ごめんなおばちゃん。
 抱きしめられた温もりが気持ちよくても、それに包まれている訳にはいかない。まだ人を殺した事が無くても、その時になれば躊躇わずに出来るだろう。
 優しく暖かな場所は確かに休まる場所かも知れない。けれど其処に留まる気には恒河沙はなれなかった。

 たった一人の為に。



「さて、これで良い。当分しらを切り通すから、坊や達も安心しな」
 兵達を厳重に縛り上げ、店の厨房奥の部屋に放り込んでから、ドーリは須臾と恒河沙の背を豪快に叩いた。
 荒れた国から逃げ出す者は多く、甘い蜜にのみ集められた兵士であっても例外ではない。疑われることはまず間違いないだろうが、その事実が幾らかの時を稼がせてくれるだろう。
「もう夜も遅くなってきたけど、これからみんなで明け方まで騒ぐつもりだよ。坊や達も一緒にどうだい? 勿論坊や達はあたしの奢りだ」
「参加します。ただより美味い酒は無いからね」
「俺、帰る。須臾だけ楽しんだら良いよ」
「恒河沙?」
 須臾の呼びかけも聞こえないふりをして、恒河沙は店の入り口に向かった。
「んじゃ、おばちゃんお休み」
「ああお休み」
 恒河沙は手を振って見送るドーリに笑顔で応えると、宿の方へ駆けだした。


 宿の部屋に戻ると、部屋の明かりは既に消え、ソルティーもハーパーも各々の場所で眠っている様子だった。
 足音を立てないように自分のベッドに向かい、靴を脱ぎ二枚着ているシャツの一枚を脱ぎ捨ててから、徐に“隣のベッド”にそろそろと潜り込む。
「……恒河沙」
 まだ眠っていなかったのか、溜息混じりのソルティーの声に身を固くする。
「須臾は?」
 呆れ顔と溜息を混ぜながらソルティーが体を少し起こしても、恒河沙はばつの悪そうな表情で固まったままだ。
 しかも彼の相棒は、帰ってくる様子がない。
「みんなと朝まで騒ぐって」
「そうか」
 恒河沙が寝る場所をソルティーは体をずらして作ると、彼の肩まで上掛けを被せる。
「怒らないの?」
 聖聚理教の神殿での事は、後々叱られた。
 叱られた理由は嘘をついた事だったが、それから今まで須臾が夜に帰ってこなくても、出来る限り我慢していた。
 しかしソルティーからすればその我慢の方法が問題であり、同室だと知らないふりも出来はしない。
「横で朝まで起きられていた方が、余程怒る対象だ」
「ソルティ……」
 仕方ないと言わんばかりの言い方であっても、許してくれるのが無条件で嬉しい。
 但しこれもソルティーからすれば恒河沙が問題ではなく、あくまでも須臾に関係する問題なだけだ。彼の面倒を見るのは須臾の義務であって、それを約束したのも彼自身なのだから。
「ソルティー、お祭り一緒に見に行こう。楽しいってみんな言ってた」
「暇が有ればな。話は明日聞くから、早く寝なさい」
「うん。お休みなさい」
「お休み」