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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「あ〜あ、やっぱりグルーナ様とあたしなんかじゃ、身分違いなのかな。高貴な人との熱い熱ーい愛の物語なんて、あたしには無理だったのかなぁ」
 いつも真っ向勝負な彼女らしくない言葉と溜息に二人は顔を見合わせ、恒河沙は首を傾がせ、須臾は複雑な笑みを浮かべた。
「それこそミルちゃんらしくないなぁ。それに、ソルティーが高貴な人なんて思いこみだよ。まあ金持ちなのは金持ちだけど」
 須臾達の考える高貴な方々と言うのは、鼻持ちならない、自分達を明らかに下に見ている者の事だ。もっと言えば、金に煩くて、自分からは何もしない、頭の悪い奴等である。
 ソルティーが良い身分の家に生まれたのは間違いなさそうだが、それなりに苦労してきた感じがする。
――役職持ちの中流貴族くらいかな? 家督のない次男で、近衛に配属ってのが良い感じに当て嵌まるんだけどなぁ。それか領主の妾腹でってのも似合うな。
 消しきれない国紋に、曰く付きの剣や身の証の無い事が、かなり想像を駆り立てる材料ではある。立場として詮索できない以上に、知らない方が面白いのだ。
「そうだと良いんだけど……ああ、でも、高貴な方が良いしぃ。んん〜〜、でもあの人、本当にかなり高い身分だよ。それは確か。この世界広と言っても、“私”なんて言葉使うの上の人達だけだよ。そんじょそこらの役人だって、あんなに綺麗に発音しない。もちろんあたし達下の者は、俺とか、僕とか、儂とか。食事の仕方にしても、きっちり作法受けてる感じ」
「そうかなぁ?」
「それに竜族なんて高貴以上だよ。あたしもあんなに近くで見たのは初めて」
 その言葉には二人とも驚いた。
「えっ? ミルちゃん竜族見たことあるの?」
 須臾の言葉に、逆にミルナリスが驚かされる。
「そんなの当たり前でしょ。二三年に一回は、何処かで飛んでるの見るよ。シスルには居ないの?」
「うん。初めてハーパー見た時はドキドキだった」
「どうりで、ハーパー見てもそんなに驚かない筈だよ。そうかぁ、此処には沢山竜族が居るんだ」
 言われてみればリグスに来てから、ハーパーは一度も人目を憚って姿を変える事は無かった。
 周囲の視線も驚きはすれども、異質な物を見る目ではない。思い返せばそれは、単純に大きな物を見たとか、久しぶりに見た事に驚いているだけだったのだろう。
「簡単には会えないけどね。でも大昔には、竜族の治める国があったって言われてる位だし、飛んでるのは見慣れてるからなぁ」
 その光景を想像して二人は胸を躍らせる。
 ハーパーが飛ぶ姿をこれまで二人は見た事が無かった。いつも居なくなってからソルティーに「飛んでいった」と聞かされるだけで、何度肩を落としたか判らない。
――乗せて欲しいなぁ。
 今の所肩にも乗せて貰えないのに、今度頼んでみようと恒河沙は考えた。
「ねぇ、いつまで此処にいるの?」
「さあ? ……まだもう少しは此処に居ると思うけど」
 雇い主と女性の間で揺れた須臾だが、やはりどうしても女性の味方になってしまう。
「じゃぁさあ、お願いがあるんだ。毎年街の祭りで、大きな舞台で踊ってるんだ。それをグルーナ様に見せたいから、その日は必ず連れ出してきて欲しいんだ」
 両手を二人に併せて拝みながら頭を下げる。
「それ位なら……。恒河沙が頼めばソルティーは行くんじゃない?」
 横目で須臾に見られ恒河沙は言葉を失う。
 彼女の踊りを見るのは好きだけど、ソルティーに見せるのはどうしてか嫌だ。
 大きなお祭りを見るのもこれが初めてで、本当は二人で見に行くと勝手に決めていたりもした。彼女の望みを叶えさせると自分の楽しみが減るし、自分の方を優先させるのも、なんだか悪いような気がする。
 須臾とはまた別の板挟みに、恒河沙はだんだんと気分が重くなってきて、本当にテーブルに額が引っ付きそうになっていった。
「恒河沙?」
 見るからに考え込んでしまった恒河沙に須臾が手を伸ばそうとした時、
「あんた達が来る店じゃないんだよ! とっととお帰りっ!」
 そんなドーリの声が店に響き渡った。
 ドーリはこの店で最初に出会った体格の良い女性で、この店の女将だ。その彼女が店の入口で外に向かって立ち塞がるように立ち、数人の常連客が彼女の後ろを固め、外に居る数人の男達を威嚇していた。
「貴様達には用など無い。ミルナリスはまだ此処に居るのだろう、早く連れてこいと言っている」
「居るけど出せないねぇ。あの娘はあんな馬鹿者には勿体ないんだよっ! 判ったらさっさと帰りな!」
「貴様ぁ、王に対して無礼なっ!」
 男達は同じ鎧に身を固め、腰に備えた剣に手を掛けている。
 今にもそれを抜き出しそうな相手を、ドーリと客はそこら中の椅子や調理器具を片手に一歩も退かずに睨み付けていた。
「あちゃぁ〜〜」
 そう呟き片手を額に当てながら、ミルナリスは椅子から立ち上がると、その危険な場へ進んでいった。
「あんたは来るな」
 近付いてくるミルナリスに一人が声を掛けたが、彼女は首を振ってその中心へと人を押しのけてドーリの横に立った。
「あたしは行かないって言ってるでしょ。あたしの踊りが見たければ、腰抜けの体を引きずって街に来な」
「貴様の言い分など聞くわけにはいかん。たった一度、王の御前で貴様の舞を披露すれば良いのだ。我等に従え」
 兵はミルナリスの腕を無理に掴もうとしたが、その腕をドーリが包丁の峰でぶっ叩いた。
「はっ、何が一度っきりだ。そう言われて連れて行かれた子が、何人戻ってこないと思ってるんだいっ! イディスもウェルンも……オビーナもっ!! ――ミルナリスは連れて行かせないよ、この娘はこの店の一部なんだよっ!」
 ミルナリスの体を自分の体を使って兵から隠し、女将は包丁の刃を向けて怒鳴った。
 その眼差しの鋭さや、言葉に込められた憎しみが、彼女達の苦しみを表していた。
「それならこの店を壊すだけだ。貴様もこれ以上邪魔をするなら、死ぬ事になるぞ」
 兵は剣を抜きドーリに突きつけるが、彼女が怯むことはなく、逆に自ら一歩足を踏み出す。
「やれるもんならやってみやがれってんだ! あんた等の好きにさせる位なら、死んだ方がましってもんさっ!!」
「この店は俺達の店だ! お前等なんかに好きにさせられるか!」
「王がなんだって言うんだっ! 女一人口説くのに自分一人で何にも出来ないのが王様だなんて、笑わせるんじゃないわよっ!」
「言わせておけばぁっ!」
 完全に怒りに身を震わせた兵の一人が女将に向けて剣を振り下ろす。
 それを寸でで止めたのは、窓から外へ出ていた須臾の手だった。
「本当、女一人口説くのにこんな人数じゃあ、嫌われても仕方がないよね」
 須臾は薄笑いを浮かべながら、掴んだ兵の腕を更に持ち上げてみる。
「あ……ああっ……!」
 兵の腕が軋み、顔に苦痛が浮かび上がり、激痛に耐えきれず剣を手放す。
「貴様、その手を放せっ」
「はい」
「ぎひっ!」
 素直に放した男の腕は多分二度と使い物にはならないだろう。
 神経を切断され、肩までの骨にひびを入れた兵は、腕を抱え込みながら地面に転げ回る。
 明らかな敵の出現に、兵達は殺気立った。
「貴様ぁ!」
「殺してやる」
 残りの兵四人が須臾に向け剣を構え、口々にその怒りを表した。