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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「あら、女が愛しい男と会うのに、野暮な理由なんて必要じゃないわ。ただあなたの側に居たいだけ。それより二人で何を話てたの? あたしも仲間に入れてよ」
「君には関係のない話だ」
「やだぁ、ミルナリスって呼んで。ミルでも良いけど。ううん、名前なんか関係ないわ、あたしグルーナ様の為なら、なんにでもなる。なんにでもなれるわ」
 何処からそんな自信が産まれるのか。出会ったばかりで、お互いに名前位しか知りはしない。
 それなのにミルナリスの真剣な言葉は、相手の心の中に突き刺さる。
「あなたの友達にも、恋人にも、母親にでもなる事が出来る。だから教えて、あたしは何になればいい?」
 ソルティーの肩を掴み、真っ直ぐに彼を見つめながら、ミルナリスは言葉を大きくしていった。
 しかし彼の心は、簡単に揺り動かされる事は無かった。
「そんな見せ掛けはいらない」
 触れた手の感触さえも煩わしそうに、彼女の手を払い除ける。
「見せ掛けなんかじゃない! あたしは本気だよ。本気でグルーナ様が好きだから、あなたの必要な人になりたいだけっ!」
「必要な者など私には居ない」
 その言葉に傷付いた表情を浮かべたのは恒河沙。
――必要じゃない? ………………俺も?
 耳に何も聞こえてこなくなる。
「それならあたしを必要と思って! 今あなたの側に居ない婚約者なんて、あなたの役になんかたたないじゃない! 今、あなたの側に居るのはあたしなの、今、あなたを一番愛しているのはあたしなの!」
 勢いで立ち上がったミルナリスはソルティーを見下ろしながら、胸に手を当てて必死に語りかける。
 まるで壊れない壁に拳を叩き付けるように、彼女の叫びは鋭くソルティーの心を傷付けていた。
「あたしを見なさいよ! どうしてあたしを見てくれないのっ! あたしの何処に不満があるの? 全部変えて見せる、あなたを放っておく様な人にならない! あなたを一人になんか絶対にさせないから、あたしを見て!」
「黙れっ」
 テーブルに拳を振り下ろし、初めてソルティーはミルナリスを見た。
「何を思い違いしているかは知らないが、私は彼女を愛している。君がどう私を想っているのか、私には全く関係の無い話だ。そして、君に彼女を侮辱する権利はない」
「グルーナ様……」
 怒りを露わにした視線に、ミルナリスは涙を滲ました。その彼女の顔を見ない様にソルティーはまた顔を逸らし、慰めの言葉を無理矢理飲み込んだ。
――言ってどうなる、彼女を期待させるだけの言葉にしかならないのに。私には彼女の気持ちを受ける資格など無い。これで良い。これで……。
 そう信じたソルティーは彼女から店を出るのを待ったが、彼女は立ち止まったまま動く気配もない。
 それどころか涙はあっという間に消え去り、
「それでも、諦めない! いつか必ず、あたしの良さをグルーナ様に教えてあげる!」
 決意も新たにソルティーを指さした。
「恒河沙、帰るぞ」
 あまりのミルナリスの強さに目眩を感じながら席を立つ。
「えっ? あ、うん」
 考え込んでいる間にいつの間にかソルティーは立っていて、一層疲れた顔をしていた。
 慌てて言われるままにその後ろに続いたが、
「ああん、待ってよグルーナ様ぁ」
 ミルナリスがその後ろを追い掛けてきた。
 よく判らないが、なんだか凄いことになりそうだと、なんとなく感じた恒河沙だった。


episode.12 fin