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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 言い終わるよりも早く、彼女は詰め寄った勢いのまま店の中央まで行くと、食事を終えて飲み物片手に会話を楽しんでいる男達の首根っこを掴み、無理矢理其処を退去させた。
「さあ、坊や達椅子が出来たよ」
 後ろで文句を言う男達を無視し、女性はテーブルの上の汚れ物を手にすると、入り口の三人を大きな声で呼び寄せた。
「やったぁ! ごっはん、ごっはん、ごっはん!」
「坊や……」
「……達ねぇ」
 恒河沙とひとまとめにされたのは少々情けないが、それでも体の要求には逆らえず、既に椅子に座っている恒河沙の元へ二人は笑みを零しながら向かった。
「さて、何にする?」
 汚れ物を厨房に返してから戻ってきた女性は、使い込まれたメニューを差し出したが、三人の注文は決まっていた。
「ここで一番美味しい食べ物!」
「それときつめの酒」
「僕は甘いお酒」
「坊や達ねぇ……」
 女性は呆れた顔をして三人を見返したが、そこでふと一人だけに視線を止めた。これも今まで通りだろう。
「あんた」
 女性のふくよかすぎる顔が、グーーっと恒河沙に近づけられる。
「な、なんだよ……」
 また目のことを言われると身構える恒河沙だったが、彼女は目の前でニカッと笑った。
「ここの食べ物は全部美味しいんだよ。一番なんかありゃしないよ」
「だ…だったら、それ全部!」
 体格だけではなく妙に迫力のある彼女に負けないように、恒河沙も頑張って声を出したが、彼女はフッと鼻で笑って体を元に戻すと、今度はガシガシと彼の頭をなで回した。
「判った! その言葉に二言は無しだよ。腕によりをかけた美味しい物一杯持ってきてやるから、その代わり男らしく絶対に残すんじゃないよ!」
「うん!」
「んふふ、良い子だねぇ。じゃ、一寸待ってな」
 もう一度恒河沙の頭を力一杯撫で回してから、女性はその体で周りを押しのけながら厨房へと消えていった。
「へへ……。誉められた」
 撫でられた頭をさすりながら照れた笑みを浮かべる恒河沙を見て、
――違うんじゃないか?
――そう思う。
 と言う様な目配せを須臾とソルティーは交わした。


 次々と運ばれる料理。恒河沙は女性に言われるまでもない状態で腹の中に入れ、二人はその料理の少しずつ摘んでいる間に腹が膨れた。
「ほんっと、よく食べるねぇ。こりゃあたしの負けかねぇ」
 関心と呆れが入り交じった感想を女性はもらし、周りにいるただの客すらも恒河沙の食べ方に息を飲んでいた。
――……これに慣れてしまったのが怖い。
 ソルティーが目の前で繰り広げられる光景に、何も感じなくなってから随分経つ。以前は見ているだけで胸焼けがするほどだったのに、今では日常の光景でしかないのだ。人の適応能力は素晴らしいと感じてしまう。
「人が増えてきたね」
 周りを見渡しながら須臾が言い、そう言えばとばかりにソルティーも初めて店中に人が溢れているのに気が付いた。
 先程席を明け渡された男達も、まだ壁際に立ったまま居る。
 彼等同様に椅子に座れない者達が、所狭しとテーブルの間にも立っていて、酒や摘みを片手に楽しんでいた。
「ねぇねぇ、もしかして今から何かあるの?」
 何もなければここまでにならないだろうと、須臾が隣のテーブルに座る男に声を掛ける。
「ああ、毎晩此処で踊りがあるんだ」
「へぇ、で、その子綺麗?」
「あったりまえさぁ、だからこれだけの野郎が集まってんだよ。ミルちゃん並の女なんかそうは居ないね」
「へぇぇ、ミルちゃんかぁ」
 勝手にその娘を想像し、邪な笑みを須臾は浮かべた。
「なあソルティー、踊り子だって踊り子。此処に来て良かったね」
「…………良かったな」
 興味の全くない言葉で須臾に返し、まだまだ溢れそうな人の群を見渡した後、ソルティーは持っていた財布を須臾に預けた。
「悪いが先に帰らせて貰う。ハーパーと少し話があるから」
 四人部屋を考えると、暫くは簡単にハーパーと話が出来ない。
 ただでさえ剣を目の前にして二人には聞かれたくない事が多いのだ、少しでも機会があるならそれをしたい。
「ええっ! 踊り子だよ? 踊り子! 今帰ったら勿体ないじゃないか!」
「興味ない」
「あんた……やっぱり変…」
「それはどうもありがとう」
 珍種でも見るような須臾の視線を皮肉な笑みで返し、その場からさっさと逃げる事にした。


『ソルティアス様、今度、街の収穫祭に行きませんか? みんなで踊りましょう。きっと、きーっと楽しいですわ』
 いつも笑みを絶やすことなく自分に話かけていた少女の面影が過ぎる。
――彼女に連れ出されなかったら、私は何も知らなかった。
 街の風景も、其処に生きる人達の顔も、踊る事の楽しみも、何もかも自分から知った事ではなかった。
『もう! こうするんです、こう。……そうですわ、右手は此方、左手はこうです』
――もう、あの差し出された手は無い。


「きゃっ!」
 店の入り口を出ようとした瞬間、誰かがソルティーの体に体当たりをした。
「痛ぁ〜〜」
 跳ね飛ばされた拍子に転んでしまったのか、地面に腰を着いて頭を振っている若い女性に、ソルティーは手を差し伸べた。
「済まない、大丈夫か?」
「ったく、大丈夫じゃないわよ。折角の新しい服が汚れちゃったじゃない」
 その子は差し出される手には気付かず、俯いたまま汚れたスカートの裾を掴み肩を震わせた。
 余程お気に入りの服だったのだろう。おろし立てというなら尚更かも知れない。しかしこのまま地面に座らせていては、汚れは酷くなるばかりだ。
 ソルティーは座ったままの女性の腕を掴んで、多少強引に立ち上がらせた。
「悪かった。服の弁償はさせて貰う」
「そんなんじゃないわよ! それじゃああたしが強請ってる見たいじゃっ……な……」
 不用意な一言だったのか、完全に怒った彼女は失礼な男の手を振り解き、声を荒げて彼を睨み付け、一瞬遅れて顔を真っ赤に染めた。
「済まなかった。悪気があった訳ではないんだ」
 少なくとも彼女は集りの類ではない事は、ソルティーも承知していた。純粋に自分のお気に入りの服が汚されたのを怒っていると。
 しかし「肩がぶつかった」「泥が跳ねた」等の言い掛かりで、他人から僅かでも金をせしめようと考える輩も少なくはない。須臾達が一緒に居る時なら彼等の仕事として対処を任せるが、自分一人の時は大抵はああして金で解決させた。
 あまり良い対処だとは彼自身思ってないが、その方が楽なのだ。
 集ってくる輩の殆どが、渡される金額の多さに腰を低くし、もう二度と近寄ってこない。それでもまだ何かを要求してきてやっと、ソルティーは態度を変える事にしていた。その場合、その後その輩達が無事でいられた事はなかったが。
 彼女がその類でないのなら、素直に謝るだけの方が話が早い。
 ソルティーはそんな世渡り的な考えから、軽く頭を下げる。
「……い、いい。全然気にしてないから。あ、あたしミルナリスって言うの。此処で毎日踊らせて貰ってるんだ…じゃなくて、貰ってるの」
 少し大目の赤毛の髪を二つの三つ編みに纏め、大きな瞳を輝かしてミルナリスは先刻の態度とは程遠い自己紹介をした。
「そう、大丈夫なんだね。それでは、私は行って良いかな?」