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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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――ソルティアス様、私、早く大人になりたい。早く、早く……。

 愛とは呼べない、まだ子供の恋心だった。それでも、親の決めた許嫁であっても、心から大事にしたいと思っていた。

――私、大好きです。……え? 誰をですかって? 酷いソルティアス様! 決まってますでしょう? 私がお慕い申し上げていますのは…………。

 そして少女の姿は闇に消えた。
 消える瞬間を見たくない思いで両手で顔を覆っても、悲しみに耐えるだけの心は最早有りはしない。
 嗚咽が喉をつき、体が震える。
「どうして、どうして……」
 残されたのが自分だったのだろう。
 もう誰を憎むのでもなく、残された自分を何よりも憎む。

――私がお慕い申し上げていますのは、ソルティアス様お一人だけ。

 そしてまた新たな幻の声が響いた。
 心はもう充分だと言う。これ以上は見たくないと言う。
 しかし気が付けばソルティーは振り返っていた。凛とした、静かなそして優しい声に導かれるように。

――愛しています、心より、未来永劫ただ貴方様お一人だけを、私は愛し続けています。

「アルス……アルスティーナ……」
 それは今まで見てきた幻とは違っていた。
 記憶の何処を探してもない、ただ真っ直ぐに今の自分を見つめてくるアルスティーナの姿がそこにあった。
 求め続けていた姿に自然と足が前へと進んでも、彼女の幻は消えずに優しい笑みを浮かべ続けた。

――そんな悲しい顔をしないでください。私は笑顔のソルティアス様が好き。

 最後に会ったその日と同じ姿で現れた彼女に手を伸ばすが、その手は彼女の体をすり抜けるだけだった。

――その様に自分を責めないで、私と共に過ごした時間まで否定しないで。私は幸せだったから……。

 求める余りに下ろせなかった手に、触れられない彼女の両手が添えられる。その伝える物の何もない手を、気持ちのままに包み込んだ。
「私は君を護れなかった。約束したのに、君を誰よりも幸せにすると誓ったのに……」
 彼女の成人の儀式を待って結婚する筈だった。
 それが彼女だけではなく、自分の望みでもあった。
 なのに彼女の刻は、今目にしている少女の頃で終わってしまった。それが自分の責任にしか思えない。

――私は充分幸せでした。此処にいるみんなが、ソルティアス様に出会えた事を誇りに思っています。だから、今は私達以上に貴方様を必要としている場所で生きて下さい。

「そんな場所は無い。それに私には君が必要なんだ! だから私を一人にしないでくれ!」
 どんな場所であろうと、例え幻であろうと、必要なのはお互いだけ。
 あの時告げられなかった別れの言葉を口にする彼女に、ソルティーはただただ願った。

――何時までたってもソルティアス様は子供みたいですね。でも、もう無理……。

「アルスティーナ……」
 霞んでいく姿の向こう側に、数え切れない人々の姿が並んでいた。
 顔を知るもの知らぬ者。しかし皆一様に、アルスティーナと同じ穏やかな表情を浮かべソルティーを見つめていた。

――貴方様の心をお守りするには、もう私達では力が足りないから……ごめんなさい。

 アルスティーナの体が徐々に薄れ、遠くの者達も一人ずつ消えていった。ソルティーはそれを無我夢中に止めようとした。
 やっと出会える事が出来た彼女を手放したくない一身で。
「嫌だ、消えないでくれ! また私を一人っきりにするのか?! もうこんな事は嫌だ! アルスティーナ、私も連れていってくれっ!!」

――ソルティアス様、私の大事な方。お心を強く、そして生きようとする人達を護って。

「君を護れなかった私がどうしてそんな事が出来ると言うんだ! 私には何の力もない、無力な人間なんだっ!!」
 少しずつ薄れていくアルスティーナの姿は、何度試みてもソルティーには触れる事すら出来ない。

――ごめんなさい、でも私達に向けて下さった優しい想いを、今度は別の方に差し上げて。そしてもう、過去に囚われないで……。

「アルス? アルスティーナ! 消えないでくれっ!」
 最後の一欠片が消え、ソルティーは一人残された。
 もう悲鳴は聞こえない。辛い幻も現れはしない。
 しかし、余りある孤独が残された。
「誰に向けろと言うんだアルスティーナ……。未来の無い私が、誰を愛すれば良いと言うんだ……。答えてくれ、アルスティーナ」
 引き裂かれそうな心を止める様に、ソルティーは両手を胸に当て跪く。
 過去に囚われない人が、この世に居ると言うのだろうか。過去があるからこそ、自分が今居る事が出来るというのに、それを切り離す事が出来ると誰が言えるのか。
 少なくともソルティーには出来ない事だった。
「一人は…もう嫌だ……」
 闇の中で蹲り、子供の様に泣き崩れた。
「アルスティーナ、みんな……何故私を…一人にするんだ……」

 気が狂いそうになる。
 いや、それでも構わない。
 闇に囚われるのはもう嫌だ。



 誰か、殺してくれ。





 微かに恒河沙の耳に声が聞こえた。
 呟くように“アルスティーナ”と。
「ソルティー?」
 シーツを掴んだままだったソルティーの手が微かに上がり、何かを掴もうとするのが判って、自然とその手を握り返した。
「ソルティー……」
「……一人…は…もう……い…やだ……」
「ソルティー?」
 どんな夢を見ているのか恒河沙には判らない。しかし、それが良い夢で有るはずがないのは判る。
 今ここで彼の為に出来ることがあるなら、握る手に力を込め、その夢が早く終わるように祈ることだけだ。
「一人じゃない。ソルティーにはハーパーが居るだろ、それに俺や須臾も居る。一人じゃない」
 聞こえていないと判ってても、そう言わずには居られなかった。ただ言い続けていれば、何時かは彼の見る夢が良い物へと変わるかも知れないと、そう思って恒河沙はソルティーの耳元でそう言い続けた。
「一人じゃない」
 強く、強く、何度も。



 きっかけが何かは判らないが、気が付けばソルティーは現実の風景を目にしていた。
 それでもまだ現実と悪夢との狭間のような感覚で、暫くはただ天井を見つめるだけだった。
 やっと現実を心身共に実感したのは、手足の先すら動かせない状態を知ってからだ。首を微かに横にするだけが精一杯で、その中で部屋の状況を確認する。
 部屋に見覚えは無いが、造りからしてどこかの宿なのは間違いなく、記憶の届く限りを思い出し、自分が跳躍に耐えきれず倒れた事を思い出した。
 まだ霞む目を凝らせば、部屋の壁に凭れて眠るハーパーを見つけられた。そして視界の片隅に有る髪の毛の持ち主を、視界の中心に持ってくると、若干これこそが夢のような者がそこにいた。
「……こ…が……?」
 恒河沙は椅子に座った状態で、体をベッドに横たわらせ微かな寝息を立てていた。ただし彼の手は、自分の手を握り締めてもいた。
――どれくらい眠っていたんだ?
 ハーパーも恒河沙も、その顔から疲労しているのは判る。一日や二日程度では、こうはならないだろう。
「……だ…れか…起き…てくれ……」
 まともに使われていなかった喉から出る声は、掠れきって小さい。