小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第二部 覇睦大陸編

INDEX|37ページ/85ページ|

次のページ前のページ
 

「……?」
 ソルティーの手を取ると、自分の頭の上に置く。
「こうされるの、俺、好きだから。直さなくてもいい」
「恒河沙……」
――撫でられるのも好き。名前呼ばれるのも好き。髭のない顔も好き。笑った顔も、怒った時も、好き……。そっか、俺、ソルティーが好きなんだ。
 乗せられた手を掴んで、不思議そうに自分を見るソルティーの顔を見上げ、今までのもやもやが無くなったのを知った。
「恒河沙?」
 名前を呼ばれるのは好きじゃなかった。本当に自分の名前かどうか判らなかったから、須臾に呼ばれても偶に不安が過ぎる事もあった。
――側に居たい。役に立ちたい。ずっと、俺の名前呼んでて欲しい。
 此処にいる自分が消えない様に、呼び続けて欲しい。
「ソルティー、明日服買ってくれよな。先刻ので破けたから」
 だが恒河沙は自分から手を放し、歩き出す。
――ずっとなんて無理だ。俺、雇われてるだけなんだ。仕事が終われば、俺なんていらなくなるんだ。
 ソルティーにとって、自分が傭兵だから傍に置いているだけなのだと思うと、辛くて胸が痛くなる。
「明日お金を渡すよ。須臾と買いに行っておいで」
「ソルティーと行く。絶対、ソルティーと行く!」
 少しでも近くに居たかった。
 近くに居る彼を、全身で感じていたかった。
「……駄目?」
 終わるその日まで、ほんの少しでも長く。
――余程信用を無くしているな。
 しかし、その恒河沙の言葉がソルティーには、自分を一人にさせない為の言葉としか取れない。
「……良いよ。付き添う位なら私にでも出来るけど、須臾の様に服を選んではあげられないよ。それで良いなら」
「ソルティーと行く」
「はいはい、判りました。明日一緒に服を買いに行こう。ついでにお菓子も」
 恒河沙の髪をくしゃくしゃに撫で、自分に求められている勘違いの要求を飲む。
「…うん、ソルティーと行くんだ」
 どう思われようとそれで良かった。
 我が儘と思われても、傍に居られる口実があるなら、それに頼るしか無かった。


「なあ、この前の約束どうするの?」
「約束?」
 宿の部屋の前で別れる時になって恒河沙が言い出した事に、ソルティーは首を傾げる。
「ほら、負けた方が勝った方の言うこと何でも聞くって、約束しただろ」
――あれは約束と言えるのか?
「無しだよ。お前が本気では無かった事だし」
 それ以前に、自分の状態が普通では無かった事の方が気に掛かる。
「でも、俺が負けたのには変わりない。約束は約束だから、なんでもする」
 と言った後で、自分に出来る事の少なさに、慌てて『出来る事だけ』と付け加える。
 言い出した事の責任感を感じているだけなのだろうと、それを反故にする理由を幾らかソルティーは言ったのだが、恒河沙は頑として首を縦に振らなかった。
「……判った」
 最終的にソルティーが折れ、何を自分に言ってくれるのか、と恒河沙は期待してそれを待った。
「それじゃあ……」
 少し考えてから、自分を見上げる恒河沙を見つめる。
――その眼帯を外してくれるか?
 他に何も浮かんで来なかったが、ソルティーはその言葉を言えなかった。
「何?」
「いや、まだ何も考えつかないから、今度思いついたら言うよ。それでは駄目か?」
――多分、見せては貰えないだろう。
 自分の前では外された事のない眼帯の下に、いったい何が隠されているのか予想出来てはいた。
 だから余計に見たいとも思うし、見てはいけないとも思う。
「ええ〜〜。……もう、仕方ないなぁ、絶対だからな、絶対何か考えてよ」
「ああ。考えつかなければ、私の知っている限りの怖い話を聞いて貰うよ」
 冗談で言った言葉に恒河沙は一瞬で蒼白となり、
「そ、それは無し! お願い、それだけは無しにして!」
「こんな所で大声出すな」
「だってぇ〜〜」
「はいはい、判ったから、ちゃんと考えるから」
 とは言え絶大な効力のある理由を手に入れた気にはなっている。
 恒河沙の反応の顕著さが楽しくて、彼には悪いが暫くはこの手ではぐらかす事に決めるほどに。
「さて、そろそろ寝ないとな」
「うん……」
 どうやら余程恐い話攻撃は応えた様である。もしかすると部屋に戻っても、ちゃんと眠れないかも知れない。
――うーん。――あ、そう言えば。
「恒河沙、お前の方はどうだったんだ?」
「何が?」
「医者だよ。記憶の方は戻せそうなのか」
 須臾からは医者通いが終わった事しか聞かされていないが、結果は目の前にあるのは間違いない。
 しかし何かしらの情報なりがもたらされているかも知れない。
「無理だって」
「………」
「前の記憶は無くなっちゃって、もう戻んないんだって」
「……そうか」
 この場合どう言えばいいのか。
 下手な慰めを言えば恒河沙を傷付けてしまうかも知れない。しかし何も言わずにも居られないで悩んでいると、恒河沙が首を傾げながら顔を覗き込んできた。
「ソルティー、嬉しい?」
「えっ? …いや、そうじゃなくて……」
 問われて初めて自分が思いの外安堵している事に驚かされた。
――確かにいきなり恒河沙が変わったら、仕事に差し障りが出るが……。
 しかし間違いなく仕事以外の事で安心している。しかもこの場合、それはあまりにも不謹慎な気持ちだろう。
「ソルティーは前の俺が良いのか?」
「良いも悪いも、私は今のお前しか知らない。私から見れば、昔のお前は他人だ」
 何故かムッとして言ってしまってから後悔して、思わず逸らしていた視線を伺うように向ければ、そこには今までで一番の満面の笑みがあった。
「えへへ、俺も嬉しい。俺もソルティーの知ってる俺が、一番好き」
「え……と……」
「んじゃ、何かすっげぇ眠いから寝るな」
「あ、ああ……」
「んじゃおやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」
 非情に満足げな様子で部屋に入ってしまった恒河沙を呆然と見送り、その夜眠れなかったのはソルティーの方であった。





 ソルティー達がヤスンを出立したのはそれから二日目になる。
 出国の許可証はまだ先の街でしか手に入らない。





 水鏡に映し出された四人の姿を見ながら、ディゾウヌは溜息をそっと漏らした。
「どうなるのかねぇ……」
 覗いてしまったソルティーの意識。
 決意を揺らがさない様に、周りを否定と言う壁で覆った彼の心が悲しくて、その壁が壊れようとしているのが哀れになる。
 人と人の繋がりを結べと示唆した彼自身が、それを結ぶ事が出来ない運命を背負わされているのが辛かった。
「それでも、結ぼうとしているちっちゃいのが居るから大丈夫さね」
 憶測の希望かも知れないが、自分を生かしてくれた者の生涯に幸となる事を祈る。
「……それにしても、良い男さね」
「そうでしょう。顔も良いし、性格は優しいし。まあ少ーし考え方が暗いのが玉に瑕なんだけどね」
 いつの間にか現れた瑞姫にのし掛かられ、思わず水鏡を消しそうになってしまう。
「本当さね。あたしがもう少し若ければ良かったのにねぇ」
 ソルティーの顔を大写しにし、乙女の恥じらいをディゾウヌが見せると、瑞姫は眉を寄せ頬を膨らませた。