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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 ディゾウヌははっと顔を上げ、狼狽えながらニューグラルの手をもう一度掴もうとした。
「小母さん達だけが僕に優しかったのに……、僕は何を考えてたんだろ……」
 後ろに下がりながら微笑みを浮かべディゾウヌの伸ばした手を避け、そのまま一気に壁を伝って建物の屋根へと飛び上がり姿を消した。
 慌てて恒河沙はその後追う。
「およしっ、ニューグラルッ!」
 ディゾウヌの必死の叫びもニューグラルには届かなかった。
「どうして、命を粗末にするのさね……。生きていれば……それだけでも……」
 力無く地面に座り込み、項垂れたまま嗚咽を漏らし始める。
「彼はどうしたんだ」
「……エミュール邸に…恐らく……」
 ニューグラルの手を握り締めた時に伝わった思いは、ディゾウヌでさえも形に出来ない程に折り重なっていた。しかし最後だけ、たった一言だけの“さよなら”は、心の奥底へと染み渡る程に澄んでいた。
――依頼人を殺して自分も死ぬつもりか。
 多分そうする事がニューグラルには一番の解決方法だったのだろう。
 そうする事によって、これからディゾウヌが命を狙われる事も無ければ、自分が暗殺者を続ける事もない最善の方法。
「馬鹿だよ……本当に馬鹿だよ……」
 しかしその方法は、ディゾウヌにとって最悪な方法だった。


「駄目だ、見つからない。どこに行ったんだよ、逃げ足だけは早……」
 ニューグラルを追っていた恒河沙が戻り、地面に座り込んだままのディゾウヌに驚いたが、何も言うなと首を振るソルティーに頷いて静かに近付く。
「どうしたの?」
「今はこのままに……。もう二度と誰も彼女を狙わないから」
 どういう事か首を捻るが、それ以上ソルティーは何も語らず、ディゾウヌの落胆ぶりを見ると何も聞けなくなった。



 ディゾウヌが溜息を吐き出しながら立ち上がったのは、路地からでも見えていた蒼陽が、建物の影に身を隠してからだった。
 泣き疲れ焦燥しきった彼女を小屋まで連れ、椅子に座らせてからも、彼女が落ち着いて口を開くまでには暫く掛かった。
「あんた達には世話になってしまったね。礼をするどころか、面倒な事に巻き込んでしまって……」
「いや、私の方が余計な事をしてしまった」
 まさかこういう結果になるとは想像していなかっただけに、ソルティーも落胆を隠せない。
「そんな事はないさね。決めたのはあの子自身、最後の最後に自分自身で決めた事さね。それを否定したらあの子が可哀想さね。それに、切れていたあの子との繋がりを、最後になってだけど、取り戻す事が出来たんさね、それは喜ばしい事と思いたいさね」
 ニューグラルの為にも後悔しないようにディゾウヌは言うが、心の中は深い悲しみに占められていた。
 慰める言葉も励ます言葉も必要とはせず、ありのままを見つめ、ありのままの感情をニューグラルの行動に送る。
「あたしは本当に死ねなくなってしまったね。あの子の分まで、この街を大切にしなくてはならなくなったからね」
「婆さん……」
 泣き続けた目はまだ赤く腫れていたが、表情は穏やかさを取り戻しつつあった。話をする事で、多少なりとも彼女の気は休まってきたのだろう。
「さあ、湿っぽい話は終わりさね。あたしはここでもう一踏ん張りしなくちゃなんないし、あんた達は頑張って剣を手に入れる事さね」
「ああ」
「あったり前だ!」
 ディゾウヌの元気に併せ二人はしっかりと頷く。
 その姿にディゾウヌも何度か頷くと嬉しそうに微笑んだ。
「それでは私達はこれで……」
「そうさね、夜更かしは体に良くないさね。特に、ちっちゃい子供には必要さね」
「……誰の事だ、婆さん」
「おや? どうしたんだいちっちゃいの、急に怒ってしまって」
 すごむ恒河沙に惚けたふりでそっぽを向き、口元にだけ悪戯笑いを浮かべる。
「本っ当に嫌な婆さんだなあっ」
「どうしたんだろうねぇ、近頃急に耳が遠くなって。……やっぱり、歳かねぇ」
 いつの間にかまた恒河沙とディゾウヌの言い合いになり、少しの間続いたが、結局最後にはディゾウヌの高笑いで幕を下ろした。
 負けて悔しがる恒河沙を引きずり、ろくな挨拶もなく二人は小屋を出る羽目になってしまったが、それを後悔するつもりはなかった。
 ディゾウヌ流の別れの言葉だと判っていたから。



 帰りの道は偶に人とすれ違うだけで、街灯の灯りだけが賑やかに見えた。明日になれば、きっとこの街は一気に騒がしくなるだろう。
 その前の、ほんの一時の静けさを感じながら、二人は夜道をゆっくりと歩いた。
「なんか、ソルティーと居ると色々あるな」
 奔霞でやって来た仕事ではなく、ソルティーからの仕事には必ず考えさせられる事が含まれているような気がする。
 仕事をこなすではなく、人に関わると言う事だ。
 壊せない壁ではなく、絡まり合った糸の様な仕事だと思う。
「どうやら私は巻き込まれ方らしい」
 今回は自ら進んで関わった訳だが、恒河沙達と出会う前も、そう言う節が感じられていた。
 幕巌と出会わなくても、時間と金銭を掛ければここに辿り着く事も出来た筈だが、何故か都合の良い悪いは別としても、何かしら事情を抱えた者と出会ってしまう。
「……嫌か、そう言う仕事ばかりでは?」
「ぜんぜん。ほら、俺達の昔の仕事って、見張りとか、警護とか、決められた事しかさせて貰えなかったから、ソルティーと居る方が楽しい。仕事が少ないのは退屈だけど、知らなかった事とか、俺、多いから、色々知れて楽しい」
 その素直な感想にソルティーはほっとする。
「良かった、嫌われたらどうしようかと思ったよ」
「嫌いなんかじゃない! 絶対嫌いにならないっ。俺、ソルティーの事好きだからっ」
「食事の制限が無いからとか?」
「そ、そんなんじゃない」
 戸惑う当たりにそれも含まれているのが知れる。
 立ち止まって腹を立てる恒河沙の頭に何時も通り手を置き、宥めると同時に歩みを求める。
「ごめん、それとありがとう」
 好きだと言われた事より、絶対と言われた事の方が嬉しかった。
 子供だからそう言いきれる。
 子供だから、その言葉が嘘ではないと信じられる。
――何時までそう言ってくれるだろうか。
 子供心に疑問に抱くのは浅はかかも知れないが、彼の心変わりを知る時が怖くて、知らず知らずの内に否定の言葉を考え出す。
「ソルティーって子供の頃、いつもハーパーに頭撫でられただろ」
 頭に乗せられたままの手がソルティーの雰囲気から、それをするのが無意識だと思って、関連のある人物と繋がった。
「……ああ」
 どうしてと言う前に、自分の手が、未だに恒河沙の頭の上に乗せられているのにやっと気が付いた。
 今度はソルティーが立ち止まり、恒河沙から放した手をまじまじと見つめる。
――そう言う時期もあったな。
 大きすぎるハーパーの手は、子供心に安心の象徴だった。
 自分が感じていた事を知らず知らずに恒河沙にしていたのは、彼を安心させたかったからなのか、それともそうする事によって自分が安心できたからなのか。
「済まない、癖が移っていた」
 自分がそれをされていたのは十歳までだったのを思い出し、幼い者に対する幼稚な事だと謝る。
「これからは気をつける」
「いい、気をつけなくてもいい」