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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「……ここを出てからずっと考えていた。貴女が何故生きようとしないのか、どうしてなんの抵抗も無く死を受け入れられるのかを。まだ、私にはまだそれを知る事が出来ない」
「それで、あたしに答えを与えて欲しいのかい?」
 結果だけを知りたいのではないとソルティーは首を振った。
「本当の事を言えば、私自身何を知りたいのか未だに判らない。気持ちの整理は既に出来ていると信じていても、いざとなれば狼狽えて、その時が来るのが恐ろしいと思ってしまう」
「それが人さね。あたしも怖い、恐ろしいよ。でもね、人の死を抱え込んでしまった業は、断ち切れないからね。あんたもそうなんだろ?」
「ああ。だから知りたい、貴女がそうなってしまった理由を。どうして受け入れられる様になれたのか」
 口を挟もうにも会話が重すぎて、恒河沙は何も言えずその場で固まっていた。
 死ぬとか生きるとか、まだ自分の中に実感として湧いてこない“子供”には仕方がない事だが、横にいるソルティーには何よりも身近な話であるのは、躊躇いながらも慎重に言葉を発する感じで判ってしまった。
 ディゾウヌは暫くソルティーの目を見つめ、その瞳に淀みがない事を確かめると、重く閉ざした心の扉を開ける様に、ゆっくりと言葉を繋げ始めた。
「もう、六十年以上も昔の話さね、ここいら一帯まで災禍がやってきてね、復興に十年を費やしたんだよ。その間、国は大荒れだったさね。それは酷たらしい程にね。なんとか当時あった国を元通りにしようと、あたし達は懸命に頑張ったよ。まあ、途中その辛さに負ける者も沢山居たがね」
「リーヴァルの事か?」
 その言葉にディゾウヌは首を振った。
 彼は負けて逃げ出したのではないと。
「あいつの居た地域は、まともじゃ無かったんだよ。言葉に出来ない位に領主が横暴でね、災禍よりも多くの人が亡くなった。災禍に苦しめられるだけならまだしも、その後の苦しみから解放されるには、もう他に手が無かったのさ」
「そう……かも知れないな」
 リグスから逃げ出し、名前も素性も全てを捨てなければならない理由が、そこにあった。
「領主を殺してしまったあいつを、あたし達が逃がした。罪は罪かも知れない。しかし仲間一人に業の全てを背負わせられる程、あん時のあたし達は老いても世界を知りもしなかった」
 そしてリーヴァルは紫翠大陸に渡り、鈴薺と名を変えた。
 罪を背負ったまま、別の罪で死を迎えた。それは業とも言えるかも知れないが、決してそれだけではないのだろう。
「まあ、それから色々な事があって、国の名も変わってしまったけど、あたし達みんなが努力した街造りは成功した。長生きしたのも、今産まれようとしているのも、みんなこの街の下に多くの犠牲になった者達が眠っているのを知っている筈だね」
 その者達を思ってか、ディゾウヌは浮かんできた涙を指で拭う。
「でもなんでかね、それを忘れてしまう者も居るのさね。十年程前からこの街は北と南に別れて、啀み合う様になってしまった。領主取り決めの覇権争いさね。始めは些細な諍いだった筈が、五年も掛けるとそれだけでは済まなくなってしまったんだよ。南側の権力者だったエミュールは、北側の者を何人も殺した。あたしはそれが許せなかった。この街を必死になって、死を賭して造り上げてきた者達に申し訳ないと思ったのさね」
「それで、北側についたのか」
 ソルティーの言葉にディゾウヌは頷き、しかしそれは間違いだったと言った。
「なんで、婆さん当然じゃないか。南側が悪いんだろそんなの」
 恒河沙の熱のこもった言葉にディゾウヌは力無く首を振る。
「あたしもその時はそう思ったさね。北側にはあたしの見知った者も多くて、何より自分自身の力に自惚れていたんだね。北側を有利にする方法は、南側に利益を少なくすれば良いと考えて、あたしはそうした。上手くいったさね。南側は利益を得られなくなり、権力争いは北側の圧勝だった」
「すっげぇ、婆さんの占い凄いんだな」
「こんな力は無い方が良かったんだよ!」
「婆さん……」
 初めてディゾウヌが表した怒りは、そのまま彼女の業の深さを物語っていた。
「総てが終わって、やっと周りを見渡せる様になれば、南側の商人は首を括っていたんだよ。あたしがした事は、エミュールを懲らしめるもんじゃなく、ただ南側の住人を窮地に貶めただけさね。あたしは街を救うつもりでした事と思っていたさね、良い事をしていると思っていたさね。ところが、結局あたしがした事は、エミュールと何も関係のない人を苦しめただけなんだよ。エミュールと同じ事をしただけだったんだよ」
 テーブルの上に乗せられた手は堅く握り合わされ、その上に涙が落ちる。
 人と人との繋がりに足を踏み入れた結果に、ディゾウヌは悔やんでも悔やみきれない気持ちを持ち続けた。
 なまじ力を持ってしまった為に、こんな業を背負ってしまった。
 もしもこの力が無ければ、自分の人生はもっと違っていただろう。人の生き死にに関わらない幸福を掴んでいたかも知れない。
 神から授けられた偉大な力だと周囲は言うが、その神までもを恨む程の苦痛を味わう位なら、いっそ災禍の犠牲となっていた方がマシだとも思う。
「亡くなった者の遺族なのか、貴女を狙っているのは?」
 悔恨の感じられる溜息を吐きだしディゾウヌは首を振る。
「エミュールの息子さね。エミュールがその前の依頼者さね。随分と覇権争いの際に金を注ぎ込んでいたからね、金の亡者の恨みは恐ろしい限りだと思ったよ。そのエミュールもあたしが死ぬ前に死んでしまったがね、その恨みは息子に移った様さね」
「そんなのおかしいじゃないか! 婆さんは、そりゃあ恨み買ってるかも知れないけど、その、エム……なんとかは……ええっと、そう! 自業自得って言うんだろ?」
「それが人と人の繋がりと言うものさね。恨みの大きさは人それぞれだよ」
「でも……、ソルティーも変だと思うだろ?」
「……難しいな。本人でなければ判らない気持ちも多い。エミュールと言う者にしてみれば、金と地位は命よりも重い物だったのかも知れないし、その息子も父親は誰よりも偉大な者だったかも知れない。そう考えれば、仕方のない事かも知れない」
 絶対に同意してくれると思っていたソルティーにそう言われ、恒河沙は肩を落としたが、ソルティー自身も自分の言った事は、事実ではあるが納得できない事だった。
「でも、本当にそれで良いと思っているのですか?」
 ソルティーが一番知りたい事。
 何もかも終わった事として、簡単に死を受け入れられるのか?
「良いとか悪いとかの問題じゃないさね。これはあたしがしでかした事の…」
「罰だと言うのですか? それとも罪滅ぼし? そうじゃない、これ以上此処で生きて、自分のした事を見続けるのに耐えられなくなっただけではないのですか?」
「あんた……」
 声高になるソルティーを見つめるディゾウヌの目が、微かに動揺から揺らぎ始めた。
「本当に納得しているのですか? 恒河沙が言った様に、エミュールは自業自得だ。貴女が殺されたがっているのは、貴女が死に追いやった者達だけの筈だ。今貴女が殺されても、相手に自己満足をさせるだけで、何も解決していないではないですか」