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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 彼にしてみれば今だけが大事な訳なのだが、後悔を抱きながら見せつけられる方にしてみれば、更に申し訳ない気持ちが積み重ねられる。
「色々と済まなかったな。酷い事を言った」
 もっと素直な言葉を使えば良いのにと思う。
 恒河沙ならどう言うか、簡単に考えつくのに、自分からはとてもその言葉は生まれてこない。
「呆れただろう? 苛立ちを人に当てるなんて、情けない。ましてやあんな……」
「ソル……」
 見上げると辛そうな表情が見え、胸が締め付けられた。
 なんとか何か言葉にして彼の笑顔を取り戻したいと思っても、あまり良い言葉が浮かんでこなかった。
 だから力一杯首を振り、立ち止まって彼の袖を掴み、ただ誰も悪くないと思いながら見つめ続けた。
「恒河沙……」
 どうしてここまで自分を許してくれるのか。
 自分では決して出来そうもない事を、こともなくしてしまえる、その理由が知りたくなる。
――矢張り、見てみたいな。
 真っ直ぐに自分を見つめる、自分をなんの疑いもなく許してくれる、その瞳の色が知りたいと本気で思う。
 慣れてしまった黒と白の世界で、記憶と想像だけでは補えない現実の色を見たい。見た事のない朱と蒼の目を見てみたかった。
「ソルティー?」
 恒河沙の頬に指が触れ、もう片方の手が背中に廻される。
 身を屈ませ、彼の柔らかな髪に額をつけ、身近に彼の心を置いていたいと願う。
「お前と出会えて良かった」
 恒河沙を見ていると、今の自分に慣れて行く毎に摩耗していった現実感を取り戻せそうな気になれる。人間らしい我が儘も、ただの平坦な道に逆らう強さも、どこかに置き忘れてきた先に通じる期待も、何時か思い出せるかも知れないと信じられた。
 羨ましい、馬鹿馬鹿しいと思っていた事も、認めてしまえば楽になれた。
「ソルティー?」
 突然のソルティーの行動と言葉に、頭の中が真っ白になって、呆然とそれを受け入れていたが、
「何時か、必ずお前の色を見る」
「え……あ……っ」
 近付いてきた顔に思わず目を閉じると、一瞬、瞼に何かが触れる感触がした。
「約束、絶対に見るって言う」

――このままで終わらせたくないから……。

 気配が遠のき、恐る恐る目を開けると、少しだけ子供っぽい笑みを見せるソルティーの顔があった。
「陽が暮れだしたな。話す時間が無くなってしまうから急ごうか」
 何もなかった様にそう言うと、ソルティーは恒河沙に手を差しだし歩き出した。
――な…なん…なんなんだ、今のは……。
 された事が恥ずかしい事だけは何となく理解出来る。
 首から耳の先まで真っ赤にしながら一瞬の行為に呆然とするが、その手はしっかりとソルティーの腕を握って放そうとはしなかった。



 微かに夕暮れの色が差し込む中、その小屋は、誰彼を問わず人を招き入れる為に扉を開けていた。
 先日連れてこられた時には気が付かなかったが、小さく粗末な造りでありながらなんの裂傷もなく、壁に悪戯を受けた形跡も見あたらない事から、この小屋の持ち主が誰にも嫌われていない、むしろ好意を抱かれているのが判る。
「ここ?」
 恒河沙から見ると、とてもソルティーには似つかわしくない怪しい小屋を指さし、一応聞いてみる。
「ああ、占い小屋だそうだ」
「うらない……何それ?」
『占いだよ』
 それなら判ると恒河沙が頷く。
――まだ教える言葉は多そうだな。
 須臾が言葉をほぼ自由に使いだしてからは、ソルティーが恒河沙に言葉を教える機会はかなり減っていた。だからといって完璧だと言える程では無いのも確かだ。
 しかしどういう訳か、彼の言葉は明らかに紫翠の言葉よりも流暢だったが。
「居るか?」
 開けられた扉をくぐり、その中に居る筈のディゾウヌに声を掛ける。
 定位置なのかディゾウヌはテーブルの向こうの椅子に腰掛け、入ってきた見覚えのある男に顔を向けた。
「なんさね? ああ、この間の……」
 そこまで言って名前を聞いていない事を思い出す。
「ソルティーだ」
「うわ、本当に婆さん」
 想像していたよりも遙かに年上だし、婦人と呼ぶよりも絶対に“婆さん”の方が似合っている者を前にして、恒河沙は素直に言葉に出してしまった。
「なんさね、このちっちゃいのは」
 ディゾウヌはいきなりの暴言に、如何にも気分を害したと言わんばかりに恒河沙を睨んだ。
「ちっちゃいっ?!」
「あたしが婆さんなら、あんたはちっちゃいので充分さね。それともちびっころの方が良いかねぇ。言っとくけど、あたしが若かった頃は、あんたよりはでかかったね。返上したければ、もう少し身の丈延ばしてから来な」
 立ち上がったディゾウヌは確かに恒河沙と同じ位の身長で、彼女の言葉が正しい事は想像できた。
「上等だ。俺は成長の真ん中ってやつだからな、明日にでも婆さんなんか見下ろしまくってやるよ!」
 初対面であるにも、歳の差があるにも、一応男女であるにも関わらず、二人はある種の息の合った罵りあいを始めてしまった。
「ほう、それはそれは、あたしが死ぬ前に拝みたいもんだね。出来なかったら、あんたずっとちっちゃいまんまさね。ああ楽しみだねぇ、楽しみだ」
「ああ楽しみにしとけ。俺は何でも食べるし、体動かすのだって大好きなんだからな。いつかソルティーみたいに、でっかくなるんだ」
「はぁ〜〜? そのお兄さんみたいにかい? そりゃ無謀って言うもんさね。もしそうなってみなよ、またこの世に無駄な物が増えるだけさね」
「なんだとぉ〜〜〜!!」
 何処かで見た様な光景を他人事の様に眺め、それが以前恒河沙がリーヴァルとした口喧嘩だと思いだし、思わずソルティーは吹き出す。しかも同じ言葉がきっかけなのだから、恒河沙の進歩の無さに笑いが止められない。
「ソルティ〜〜、なんかこの婆さん腹立つ〜〜」
 暫く根気よくディゾウヌに言い返していたが、矢張り最後には前回同様に彼女の高笑いに追われた恒河沙は、彼女を指さしながらソルティーに加勢を求めに逃げ帰ってきた。
「その辺で止めておけ、彼女は鈴薺の知り合いだ。とてもお前が勝てる相手ではない」
「げぇ〜あの爺さんのかよ……よく似てるよ。知り合いなんかじゃなくて、兄弟の間違いなんじゃないか」
 それなら負けても仕方ないと恒河沙は渋々負けを認め、その言葉につられて頷きそうになるを流石に堪えた。
 その後から、改めてソルティーはディゾウヌの前に立つ。
「恒河沙、彼女が私の捜している剣の情報をくれたディゾウヌだ。この子は恒河沙」
 二人の間に立ち、一応紹介はしたのだが、
「宜しくちっちゃいの」
「此方こそ婆さん」
 あまり意味は無かった。



 店終いの札を入口に掛けてから小屋の扉を閉めたディゾウヌが、ゆっくりと自分の椅子に腰掛ける。
 その姿は普段通りでもあり、懐かしむようでもあった。
「それにしてもどうしたんだい、何か別に失せ物でも出来たのかい?」
「いや、ただ貴女の話が聞きたくて」
 客用の椅子は一つしかない。そこにソルティーが座り、その傍らに恒河沙が立ったまま話は始まった。
「そうかい、良いさね、あたしは何を話せば良いのかね?」
 ディゾウヌはそうは言ったが、薄緑色の瞳に疑問は浮かんでいない。