刻の流狼第二部 覇睦大陸編
「なら、何の用だ」
「これだから若いもんはせっかちだと言われるんだよ。まあいいさね、あんたリーヴァルを知っているね? あたしはそれが知りたいんだよ」
思いもよらない名前を聞かされ、流石に無視を続ける事も出来なくなった。
イヴァーヴを出て直ぐに在った養護施設に宝玉を預けてから、自分と鈴薺を結ぶ点が今では存在しないはずが、老婆はソルティーの動揺が肯定だと知り、納得した風に何度も頷いて、もう一度笑みを見せた。
うっすらと涙を滲ませ、喜びと悲しみを一度に表し、
「そうかい、リーヴァルは死に場所を見付けたのかい。良かった良かった」
たった今見聞きしたように語り、やっとその手をソルティーから離す。
――梨杏と同じ力か。
能力者はそう数は居ないが、偶然が無いわけではないだろう。もっともこの場合は、鈴薺の知り合いだった事の方が、より確率の低い偶然だったかも知れないが。
「あんたには感謝するよ。本当にありがとう」
「……どういう事なんだ」
「ああ、いきなりで悪い事しちまったね。あたしはディゾウヌ、この街で占術なんぞをしている者さね。ちょっとあんたとぶつかった時に、懐かしい感じがしたんでね、ついつい呼び止めてしまったよ」
「リーヴァルとはどういう関係なんだ」
ふとした疑問を口に出した事を直ぐに後悔するが、ディゾウヌはその言葉を待ってましたと言う様に話出した。
「リーヴァルはあたしの、昔の仕事仲間だったんだよ。占いではないんだがね。色々行き違いが在ったから仕方がないし、行方知れずとなってから何十年とたってしまったけど、今まで忘れた事はなかったね。それがどうだい、こんな形であいつの最後が判るなんて、神さまも粋な事をしてくれるね、あんたもそう思わないかい?」
「……良かったな、ではこれで失礼する」
まだまだ話を続けそうな雰囲気に逃げる様に立ち去ろうとするが、矢張り彼女がそれを許さなかった。
「あんたに礼をしたい」
高齢者とは思えない力強さでソルティーの腕を鷲掴み、彼の気を和ます様に笑い掛ける。
「結構だ」
「これも何かの縁だとは思わないのかい?」
「思わない」
「強情な男だねぇ。年寄りの礼は死んででも受けろって言葉聞いた事はないのかい?」
「無い」
「そりゃそうさね、あたしが今造ったんだからね」
悪気以前の問題の言葉に目眩がしそうだった。
ソルティーの困り切っている素振りに笑う彼女が、リーヴァルと血縁者ではないのかとも思うほど、その笑みが重なって見える。
「これでもリグスで一二を争う程の占者の礼だよ、受けて損は無いと思うがね」
「そう思うなら、この手を放して貰えればそれを礼だと受け取ろう」
「そう来るかい、しぶといねぇ。でもね、あたしにはあんたに沢山礼をしなくちゃならないからね、まだまだ残ってるんだよ。あんた捜し物が見つからないんだろ? それをあたしが占ってやろうじゃないか」
そこまで聞いて、彼女の手を今度は思いっきり引き剥がした。
接触透視。触れる事で様々な事が伝わる力は、大抵は表層の事しか伝わない。梨杏は言葉として表層に出なければ判らない者や、感覚として微かに触れられる程度の力だったが、ディゾウヌの力は遙かに強かった。
梨杏の言葉を借りれば、ディゾウヌは心の壁さえも通り越してしまう力を持ち、警戒心を持ってしまうのは仕方のない事だ。
「何を見た」
何処まで覗かれた。
「上っ面だけさね。そんな怖い顔をしなくても、見えたのは捜し物が在る事だけだったよ。それが何かも判らない程、あんたの壁は強固な壁さ。心配しなくても良いよ、誰にもその壁は突き破る事は出来ないね」
「………」
「あたしはあんたの力になれる。こんな年寄り一人、あんたなら何時でも殺せるだろ? だったらその前にあたしに、その捜し物を捜させては貰えないかね。これも一つの道だよ」
それを最後の言葉としてディゾウヌはソルティーの返事を待った。
ソルティーは彼女を見下ろしながら、彼女の言葉を何度か心の中で繰り返す。受けるも受けないもそれは道だと言われると、こんな道端の選択が酷く重々しいものへと変化を見せた。
「どうして私の捜し物に拘るのか知りたい」
多分見えたのは他にも在るはずだ。
自分の中に在るモノは多すぎて、ディゾウヌが気にする事が一つに絞られる意味が気になる。
「あたしは占者だよ、人様の繋がりまで土足で踏み荒らせる立場じゃないね。あたしに出来るのは物を捜す事だけさね」
「そうか」
自分の蟠りを覗かれたのを知っても、それ程怒りがこみ上げては来ないのは、自分を見つめる目に色々な経験が見え隠れした所為かもしない。
それはまさしくリーヴァルと同じだった。
「判った、調べて貰う」
「そうかい、それじゃあ今からあたしの小屋に来るかい? 用があるんなら、場所だけでも教えて行くけど。……ああ、それじゃあ逃げられてしまうね、あんたの宿を聞く事にするよ」
「いや、暇だ」
「じゃあ着いておいで。なに、直ぐ其処だから」
ディゾウヌは外見からは想像できないしっかりとした足取りで、先刻向かおうとしていた方向へと進みだし、ソルティーは微かに残った嫌な予感を背にしながら彼女の後に従った。
案内された場所は、言葉通り近くの路地を通り抜けた暗がりに建てられた、今にも崩壊しそうな木造の小屋だった。
「確かに占い小屋だな」
幾つかの怪しげな小道具と、外からの灯りを一切通さない小部屋に招かれたソルティーは、周りを見渡しながら呆れた声を出す。
「必要はないんだがね、はったりは必要なのさね。こういった物を置いてた方が客は安心するんだよ。まあそんな事は良いから、其処に座っておくれ」
小さなテーブルを挟んで向かい合って座ると、ディゾウヌは両手をその上に置き、
「手を出してくれないかい。なに、あんたの中を覗きはしない。捜し物を考えてくれさえすればいい」
言われるままその痩せ細った手にソルティーは手を重ね、剣の事だけを頭に思い浮かべる。
初めてそれを手にしたのは、まだ小さな子供の頃だった筈だ。父の目を盗み、力の象徴に見えたそれを手にし、その重さに胸を高鳴らせた。
――その後、見つかって叱られ、三日間地下牢に放り込まれたな。
消せない思い出の中、父との記憶は少ない。だからこそ剣の持つ意味よりも、少ない思い出を繋ぎ合わせる事の出来る物を取り戻したかった。
「……もう良いよ。あんたには大切な剣なんだね」
「ああ…」
「さあ、此処からはあたしの仕事だね。少しだけ待ってておくれ」
手を放し、懐から掌大の石を取り出し、それを両手で包み込み目を閉ざす。
「リーヴァルの子供達は元気なのかい?」
「判らない。香遠という名の孫は会ったが、途中で別れた」
「そうかい、元気だと良いねぇ。親の業を子供や孫が背負ってはいけないさね」
「……そうだな」
次の回帰間に、擣巓の事は何らかの形で伝わるのだろう。しかし、リーヴァルを始めとする、聖聚理教の者達の事まで詳しく伝わるとは思えない。
作品名:刻の流狼第二部 覇睦大陸編 作家名:へぐい