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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 自ら壊れようとしている風にしか見えない姿を見送り、無理にでも引き留めなくてはならない自分を感じてしまう。
 しかし預けられた剣が重すぎるかのように、ハーパーは一歩も踏み出す事は出来なかった。
「矢張り我等では無理なのか」
 すべき事の支えには成れるかも知れないが、心の支えには及ばない。
――姫さえ居てくれれば。
 叶わない事だがそう考えてしまう。
「……ッ…ヒッ…」
「恒河沙」
 我慢していた嗚咽が漏れ始めた恒河沙に気付き、掛けてやれる言葉も見つからないまま、ハーパーはその傍らまで足を近づけた。
「お…俺……ッ…役に…立てない……。ごめ……」
「お主が悪い訳ではない。主も本心からお主達に辞めて欲しいなど考えて居らぬ」
「でも…俺…」
「今はただ気が立って居られるだけ。本来の主は、心優しき方であるのは知って居るだろう」
 その言葉に恒河沙はしゃくり上げながら頷いた。
「それを信じて貰いたい。せめて剣を取り戻すまで、主を信じ、主を護って貰いたい」
 願っているのは自分自身かも知れない。
 剣さえ戻れば、何かしら好転するかも知れないと信じたかった。
「護るっ…たって、俺じゃあ…何も役に立ってない」
「主が争わぬ様、剣を持たぬ様にして貰えれば良い。今の主は前も見えなくなって居る、この状態で争いをしては心が荒むばかり。お主もそう思うであろう」
「……うん…」
「これはお主の仕事として考えて貰っても構わぬ。主を護れ。片時も離れず最後の時まで主が剣を使わぬ様、守り抜いてくれぬか。――今の主ではお主には辛いかも知れぬが、我にはそう言うしか他が無いのだ」
 総てをうち明けられればどれ程楽になれるか。しかし、信じられる話ではないと同時に、真意として彼等を巻き込む事は許されないだろう。
 それでも、泣きやみ、自分を真っ直ぐ見上げる、異形でありながら澄んだ瞳の持ち主に頼り、自分には到底出来ない事を切望する。
「頼めるだろうか?」
 ソルティーが捨ててきた、人としての“らしさ”を持つ恒河沙に期待したい。
「俺、ソルティーに嫌われてない? 俺の所為で、遅れてるし」
 もしそうならハーパーの期待には添えない。
「主はお主を嫌っては居らぬ。あれはただの八つ当たりと言うものだ。主は嫌って居る者を側には置かぬ。ただ……」
「ただ?」
「近しく在り過ぎると、どう接して良いのか判らぬのだ。お主等の様に、友と言う存在を持った事が無い故に」
 寂しい事だと付け加え、ハーパーは目を伏せた。
 親しくなればなる程徒に誰かに甘えを見せ、それが禍になると教えたのはハーパー自身だった。
 今になってはそれが過ちだったと知っても覆す事は、ソルティーの痛手を増やすだけだろう。何より過去は現在の事を想定しての教えではなかった。正しい事を教えたのだと信じている自分が、何を言おうと何の解決にもならない。
 普段なら決して判らないハーパーの表情が悲しみなのだと、恒河沙にも判る。
――友達が居ないって事は、ずっと一人だったのかな。
 考えてみれば、故郷の村や簸蹟に居る間、自分の周りには沢山の友達と呼べる仲間が居た。仕事を始めてからは遊ぶ機会は少なくなったけど、何時も心の中に楽しさがあった。
――居ないのやだな。
「俺みたいのが、ソルティーの友達になれる?」
 須臾はなれないと言ったが、やっぱりなれるならなりたいと思う。
「お主が嫌で無ければ、それを願う」
「ぜんぜん大丈夫! 俺、ソルティーの事好きだし、仕事抜きで役に立ちたい」
 胸を張って宣言する恒河沙の顔には、もう躊躇いは無い。確かにソルティーが見せた冷たさは気になる所ではあるが、嫌いになる気持ちではなかった。
 その自信たっぷりの顔を見て、ハーパーは彼の頭に大きな手を当てた。
 以前までは、よくソルティーがしていた様に。
「ありがとう、そして頼む」
「うん!」
 乗せられた硬質な皮膚に手を合わせ、笑みを零しながら頷く。
「あ、それと、ハーパーも俺の友達な」
 思いがけず勝手に決められた言葉に少し躊躇い、そしてこそばゆい嬉しさを伴いハーパーは笑みを返した。
「勿論だ」


 宿の片隅の廊下から、窓の外を眺めて須臾は溜息をついた。
『あ〜あ、あほらし。傭兵が仕事抜きで行動してどうするんだよ。まったく、彼奴はホントに傭兵に向いてないね。……向いてる仕事なんか、他にないけどさ』





 ヤスンの街は、若干他の街とは趣が違う様にソルティーには見えた。
 街の造りではなく、そこに住む者の雰囲気、何かを警戒する緊張感が常にそこら中に鏤められていた。但し他国の者に対する警戒ではなく、この街に住む者達の対立だった。
 大通りを境にして、北と南にはそれぞれ監視者らしき者も立ち、店の並びも対称的に造られている。
――私には関係無い。
 思索してみるのも気を紛らわす方法ではあるが、他の事を考える余裕は無い。
 つい先刻、自分のしてしまった行動や、吐き捨てた言葉の為に、不快な思いをさせてしまった恒河沙の事が頭を離れない。
 意味もなく街を歩きながら、後悔だけが頭を過ぎる。そしてそんな自分が無性に腹立たしくもあった。
――この街が最後なのか……。
 恒河沙に言った言葉は半分は本当だが、本心から望んではいない。
 人に対する優しさを同じだけ返して欲しいと思うのは、自分の弱さだと信じていた。だが、無償の優しさを望む自分は隠しようがない。
 目の前にある彼等との境界線。それを踏み越えるかどうかを決めるのは、結局は自分自身。だが自分から踏み出そうとはせずに、誰かがその線を払い除けてくれるのを待っている。
 その愚かしさを充分に理解していながら、向こう側に居る彼等を羨むだけなのだ。
――どうしてこんなにも脆い心しか持てないんだ。
 彼等と出会うまでは、ずっと一人で出来ると思っていたのに、それが今では頼りたくなっていた。
 その相手が自分よりも年下だと考えるから、早く離れたいと思い、同時に離れたくないと思う。巻き込みたくないと思ってはいる。しかし、何もかも打ち明け、支えて貰えればと望んでしまう心が確かに存在する。
 弱さと自制が鬩ぎ合っていて、答えを見つけだす前に、自分以外に答えを出して欲しかった。

 それすらも弱さだと知りながら。


 纏まらない問題を抱えながら通りを歩いていると、視界の下に何かとぶつかった感触があった。足を止めてそれが老婆だと判ると、心の伴わない詫びを言ってからまた行き先も決めないまま歩みを再開した。
「ちょっとお待ちよ」
 自分に向けられた言葉だと気付かず、そのまま歩き続けようとすると、今度は腕に付加が掛かる。
「あんただよあんた。耳が聞こえない訳でもないんだろ?」
 皺の寄った顔を更に皺を造り、老婆は掠れた声を張り上げソルティーに笑みを見せた。
 ソルティーは見覚えのない彼女に当惑し、掴まれた腕を振り払う。
 関わり合いになりたくないのと、嫌な予感が背筋に湧く所為からだが、老婆はそれにめげずに今度は腰のベルトに手を伸ばした。
 どうやら無理からでも引き留めたいらしい。
「別にぶつかって骨が折れたから呼んだんじゃないんだよ、あたしはさあ。そんなにこんな年寄りに警戒しなくてもいいじゃないかい」