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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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「そうか。……いや、そうだな、お前が居てくれた方が、安心できるな」
「うん、そうだろ?」
 何を言っても見逃してはもらえないだろうと観念して言えば、今度は嬉しそうな声で返された。
 素直すぎる程素直で、真っ直ぐで。自分には真似できない所が、羨ましくもあり心地良くも感じる。
 そんな気持ちで微かに微笑みを見せてから、ソルティーは恒河沙から手を離し、自然な感じで地面へと指先を触れさせた。
 少しずつ、指の先へ今自分を苦しめている流れを集め、吐き出す様に地面へ送り込む。多くならないように、恒河沙に気付かれないように細心の注意を払い、剣を使わない唯一の回復手段を繰り返す。
「なあ、やっぱソルティーは強かったんだな」
 恒河沙はふと武器屋の一件を思い出し、無言でいるには少々辛いこの状態に話題を提出する。
「私は何もしていないだろ」
「やったじゃん、こうズバァーーって。普通あれだけの本数を一気に切れないよ」
 恒河沙はソルティーがやって見せたように、上段の構えから両手を振り下ろしてみせる。その顔つきは、まるで自分の事のように自慢げだ。
「あれ位の技は、コツさえ覚えれば、練習次第で幾らでも出来るようになるさ。実戦向きじゃない。それに二人の方が戦う事においては上だろう」
 恒河沙の戦い方は、ある程度予想していた通りであるし、須臾に関しては戦い慣れしているのは判った。
 こうまで正反対の戦い方をする二人を客観的に見た感想は、歳や外見だけでは人を判断できない事だ。
「須臾が体術使いとは思わなかったが」
「あれ術じゃないよ。“気”って言ってた。それに本当は須臾、槍使い。滅多に使わないけど」
「気……? 珍しい技だな。恒河沙のその剣にしろ、気にしろ、珍しい傭兵を私は雇ったのだな」
「珍しいかな? 俺達の村じゃあ、あれ使える奴結構居たし。俺のこれは、父親の形見らしいから使ってるだけだし」
 そう言って鞘のない鉄板の様な大剣を叩けば、ガンと鈍い音が響いた。
「重くはないのか?」
「俺には軽い。まっ、誰もまともに構えられた奴居ないけど、今度持ってみる?」
「ああ」
 恒河沙が振り回している分には、長剣よりも軽そうに見えたが、自分を支える事も出来なかった彼に、そんな力はないだろう。
 自分の剣同様に何かしらの仕掛けがあるのか、それを確かめたくなる。
「体が戻ったら、一度手合わせしてみるか?」
「本当に戻ったらな」
 この事で当分は信用を得られない慎重な言葉に頷き、ソルティーは壁に手を当てながらゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか帰れそうだ。済まなかったな、迷惑ばかり掛けて」
「そんなこと思ってない。だけど、本当に大丈夫なのか? また無理してるんじゃ」
「もう大丈夫だ、と言っても信用はして貰えないな。少なくとも宿までは自力で帰れそうだ。ちゃんと部屋で元に戻すよ」
「うーん」
 じっくりと確認するように見上げたソルティーの顔は、確かに顔色は随分と良くなっていた。
 それに彼の言うように、此処に居続けるよりは宿に戻った方が良いのは明らかだ。
「んじゃ、腕」
「え?」
 立ち上がった恒河沙はソルティーの腕を掴むと、自分の肩に回させた。どうやら肩を貸しながら歩くつもりらしい。
 もっとも身長差から言えば、恒河沙がソルティーに肩を貸す事に何の意味もなかったが、彼の腕は宿に帰るまでずっと肩の上に置かれていた。





 二人の姿が宿の中に消えるのを、静かに見つめる一対の瞳があった。
 蒼陽の浮かぶ遙か上空から街を見下ろす瞳は、夜目にもはっきりとした金色を保ち、縦に長い特徴的な虹彩。
 長い黒髪を薄桃色のリボンで結び、周りを吹き抜ける風の影響も感じさせない。
「どうしてあの方がいらっしゃるのかしら? 私、何もお知らせを受けておりませんわ。どうしましょ、このまま見なかった事にする? ――なんて訳にはいきませんわよね」
 おっとりした口調で、口元に自分の手を運び暫く考え込む。
「少し様子を見た方が宜しいですわね」
 他には誰も居ない、勿論足場となる物すらない場所で、独り言で結論を出し、一度後ろを振り向き、そしてまた振り返る。
「でも、ご一緒のお方はどちらの方なのでしょう? 人間、の様な気はしますけど……」
 そう呟き、その答えを思いつく事なく、その姿は空中に産まれた波紋の中へと消えていった。





 武器屋の一件から四日間、ソルティーを除いた三人は、気ままな日を過ごす事となった。
 ただし剣の探索が進まない限り先へは進めず、やる事と言えば須臾は女性を口説き歩き、恒河沙は食べ歩き、ハーパーは瞑想に明け暮れる位である。
 ソルティーだけが、一人地図を片手に思索を繰り返していた。

――矢張り無いか……。当たり前だな。
 今年に入って描き直されたリグスの地図は、彼が記憶していた物とは随分と形を変えていた。
 大陸の最北西を指でなぞり、その先に続く道を思索するものの、あまり芳しい状況でない事は、彼の表情から見て取れる。
 指が辿った道程は、あまりにも遠い。もしも紫翠大陸の乎那芽で予定通りに跳躍が行えていれば、リグスの北中部まで進めていた。今更愚痴を言っても仕方が無いが、広大なリグスを現在の真反対側へと行かなくてはならない事を考えると、距離と掛かる月日に頭が痛くなる。
「ハーパー、北への道は本当に無理なのか?」
「間違いなかろう。今年で既に十二年目となるが、沈静する様子も見られぬ。元々の国土を考慮すれば、この戦まだ数年の時が必要」
「そうか……」
 リグス北部の大半を占める大国プランネイジは、現在内乱の真っ直中にある。
 他国からの侵略が、この大陸での主な戦のきっかけで、国内の争いは極めて珍しい。その原因は、十数年前に起きた大規模な風壁の災禍だった。プランネイジ内の風壁に面している大部分が、自力復興が望めないほどの壊滅的な打撃を受け、五年以上も不作が続き、餓死者が大量に出た。
 きっかけとしては極当たり前の、些細な事だと言えるだろう。
 王都から遠く離れた村、町で起きた噂。『王や領主だけが食料を独り占めしている』と、噂は瞬く間に広がり、各地で領主との小さな小競り合いが始まった。
 小さな小競り合いは何時しか大火となり、国中に戦の火を広げ、今では領地争いとまで移り進んでいた。未だその戦火は各地で燃え続け、街道の封鎖は数え切れない程であり、行ってみなければ現状は掴めず、その現状その物が不安定だ。
「此処を通り抜けられれば早いのだが」
「無理であろうな。それに、ローダーの事もある、北への道は考慮するだけ無駄であろう」
 ハーパーの言う通り、現在北へ行く者の大半が戦に関係のある者達だけだ。
 しかも情報などの点から見れば、確実な身分を証明する物を所持していなければ、プランネイジに足を踏み入れる事さえも不可能だろう。
「しかし、このまま西へ進路を取るなら、小国の乱立地帯に進むことになる。一国通り抜けるだけに、いったいどれだけの時間が掛かるかと思う」
 国によって査定が違う越境の許可証を取得しなければ、国を出る事も出来ない。
 特に紫翠とリグスでは、随分とその内容が違うのだ。