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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 須臾はキャスの言葉に引きつった二人を盗み見ながら、下手な言い訳を繰り出すが、恒河沙は先刻よりも怒った声を出す。
「子供で悪かったな」
「まあ、私は否定できない歳だが。十五の子持ちと言うのは少々……」
「ええー、そんなことないわよぉ。二人ともいい男よ。まあ、君は後三年位は育って欲しいけど……あら?」
 幾らか酔いの回った勢いで、薄紫の服の胸元に恒河沙を抱き込み、恥ずかしがってそこから顔を引いた彼の頬を、今度は力任せにキャスは自分の方に向けた。
「君、珍しい目の色してるね」
 彼女が純粋な好奇心から言い、そこに悪意がないのは誰にも感じられた。とは言え、言われた恒河沙にしてみれば一番に触れて欲しくない所である。相手が女性だったからいきなり殴りはしなかったが、彼女の手を荒く振り払い、ギッと強く睨んでいた。
「ああ……ごめんね。気にしてたんだ」
 口説いている最中の女性への恒河沙の態度に、須臾だけは一瞬ひやりとさせられたが、キャスはそれなりに場数を踏んだ女性でもあった。
 叩かれた手の痛みに表情を曇らせる事はなく、逆に見せたのは恒河沙への気遣いだった。
 恒河沙は恒河沙で、すぐに謝られるのは慣れていない所為か、ばつが悪そうに俯いた。
「……別に、こんなの」
「ごめんね、君の所為じゃないもんね。もう言わないからね」
「? ………わぁっ!!」
 不意に唇の端に柔らかい何かが触れた恒河沙は、体が飛び上がる程驚いた。
「あははは、ごめーん、初めてだった?」
 悪びれる事のないキャスの勢いに押されては、何も言い返せそうにない。
 ただ口元に残ったなんだか気持ち悪い感触を手の甲で拭うと、そこには彼女の唇と彩るのと同じ色の紅が付着していた。
「キャス〜〜、どうせならそう言う事は僕にしてよ」
「キスだけして欲しいの?」
「その他の事も」
「う〜ん、好みなんだけど、前から言ってるように年下はちょっとねぇ」
「僕はそんなに子供じゃないよ」
「本当に?」
 楽しげにはぐらかすキャスと、それに食い下がる須臾の会話は次第に熱が籠もり始め、ソルティーは手元のグラスが空になった時点で一瞬険しい顔付きになり、直ぐに店を出る事に決めた。
 自分達の世界に入った二人に声も掛けず、テーブルに少し多めに金を置いてから席を立つ。その後ろには恒河沙もついてきたが、理由は一つしかないので、そこには触れずにこう言った。
「先に宿に戻ってくれ」
「?」
 ソルティーは酒場の入り口で、宿とは違う道に足を向け、恒河沙の疑問を聞く前に歩き出す。
 脇道に入り、人気のない路地に進み、少ししてから後ろを振り返る。
「恒河沙、宿は向こうだろ?」
 隠れながらの尾行だったならまだしも、十歩程の距離で堂々と後ろを歩かれては、早々に突っ込みたくもなる。
「え、あ…、そうだけど……。ほら、仕事だから、依頼人にもしもの事があったら、困るしさあ」
 返されたのは尤もらしい理由だったが、視線が何かに救いを求めるように彷徨っていれば、嫌でも疑いたくもなる。
――どうせ、ハーパーに何か吹き込まれたのだろうな。
「私は大丈夫だよ。それに、私が依頼したのは私の護衛ではない。早く宿に帰って寝なさい」
「でも……、あっ、ど、どうせ今日はもう須臾帰って来ないから、朝まで暇だもん。俺が居たら邪魔? ……ソルティーもお姉ちゃんと一緒に寝るのか?」
「違う」
 そう思われても仕方がない避け方とは言え、はっきりと言われる自分が情けない。
――ハーパーも余計な事をしてくれたものだ。これでは首に縄を付けられた様なものだ。
 ハーパーが神経質になっているのは、元はと言えば自分が原因だ。いくら大丈夫だと言っても、簡単に信じられない状態を見せてしまったのだから。
「じゃ、どこ行くんだ?」
「何処って……、別にいいだろ、宿に帰ってくれ」
「やだ」
「恒河沙……っ」
 聞き分けのない子供を叱りつけようとした瞬間、ソルティーの視界を闇が襲った。
 咄嗟に横にあった壁に手をつき、血の気が引いていく感覚を堪えようとしたが、体は逆に鉛のように重くなり、地面に吸い寄せられていった。
「ソルティーッ!」
 恒河沙は咄嗟に駆けだし、崩れ落ちそうになった体を支えるものの、あまりにも体格差が有りすぎて、一緒になって地面に腰を下ろす結果になってしまった。
「済まない……」
 力の入らない体を恒河沙に預け、溜息混じりに言う。
 自分自身で体調の回復が出来ると同時に、ある程度ならどれ位で自分の体が駄目になるかが判っている。
 今回も店を出る直前にそれが感じられたから、一人になりたかったのだ。公衆の面前で倒れるよりはまだマシだが、ある意味一番見せたくなった相手に見られてしまった。
「何が、私は大丈夫だよ、だ、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃないか。病み上がりに無理するからだよ」
「……そうだな。確かに説得力がないな」
――矢張り、人並みの事をするには、完全に治してからの方が良かったな。
 体を動かした事ではなく、その後の飲食が原因だと判っている。ごく普通の人の最低限の生活が、自分にとっては障害にしかならない現実が忌々しい。
――人間だと言うのに……。
 人間だからこそ、自分が人間だと思いたいからこそ、自分に架せられた事を忘れたかった。
「ハーパー呼んでくるな」
 恒河沙はソルティーを壁に凭れさせると、急いで宿に向かおうとした。だがその彼の腕を掴んで引き留めたのは、まだ息も整わないソルティー自身。
「駄目…だ……」
「じゃあどうするんだよ。ソルティー運べるのなんか、ハーパーしかいないだろ」
 微かに怒りを含んでいたのは、半分は我が儘を言う彼に対してと、もう半分はそんな彼を支えられない自分自身に対してだった
「ハーパーには、何も言わないでくれ。……お願いだ」
「そんな事言ったって」
「もう心配を、掛けたくない。ハーパーには……もう……」
「ソルティー……」
 そんな事を言っている場合じゃないと思う一方で、なんとなく彼の気持ちが判るような気がする。男としての意地もあるが、家族と友人との間のような微妙な者への遠慮がそこにあった。
 自分が須臾に感じているのと同じ気持ちを感じてしまえば、もう強引にハーパーを呼んでくるとは言えなくなった。
「体も、暫くすれば元に……戻るから」
「…本当?」
「ああ、だから、私の事は……」
「ほっとっけなんて言うなよ。そんなこと絶対無理だからな」
 ソルティーの先を読んだ言葉を怒りながら言うと、一度は浮かせた腰を、また地面に戻す。
「治るまで俺も居るから、一人でなんとかしようなんて考えるなよ。俺、何にも出来ないけど、ここにいるくらいは出来るからさ」
 ほんの少しくらいは頼って欲しい。
 何故かは判らないが、ソルティーにだけは仕事ではない場所で、頼られる位の人間になりたかった。
 須臾に言われたように、彼は雇い主で、自分は金で雇われた傭兵でしかない。須臾とも砂綬とも違う、もっと割り切った関係でなければならない。
――だけど……俺……。
 彼の看病をしていた時に願い続けたのは、決して傭兵としてではない、生の自分だったように思う。ただその意味が、未だに理解できないでいるのだが。